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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
96/105

第39話 器

 今は彼らに時間を稼いでもらうしか無い。

 ユナは「急がず急げ」と己に言い聞かせながら司教座聖堂の廊下を急ぐ。


「この警報は……?」

「多分、スピアーズが依頼したヴィオラ公爵達だと思うわ」


 ユナの後を必死で追いかけながら問いかけるララに、ユナが返した。

 この警報は司教座聖堂の立ち入ってはならない区画に侵入者があった場合に鳴らされるもの。ヴィオラ公爵達が見つかってしまったのか、もしくはあの男を仕留めたかのどちらかだ。

 そのどちらにしても、司教座聖堂は厳戒態勢に入るはず。騎士たちに不審がられないよう、可能な限りゆっくりと急がないと。

 できるだけ騎士に会わぬよう祈りつつ、ユナはそう思った。


「ユナ、さっき言ってた『テテレスタイ』はどうやって発現させるんだい」

「時間が必要よ。発現には順を追った魔術構文を紡ぐ必要があるわ」

「こ、この中でやるの?」


 ユナの言葉にリンは目を丸くした。

 警報が鳴り響き、パルパスの騎士たちが警戒し、さらには死の宣教師アポストロフが追ってくるこの状況で。

 

「そうよ、リン。時間は無いわ」  


 時間が無い。再度ユナの口から発せられたその言葉にララは何か引っかかった。

 先ほどからお母さんは再三「時間が無い」と言ってる。始めはそれが、お母さんの言うテトラの復活までのカウントダウンだと思っていたけれど、何か違う気がする。


「お母さん、時間がないってーー」


 ララがユナに問いかけたその時だった。


「ユナ様?」

「……ッ!」


 廊下の角から不意に現れたのは、白い甲冑を着た騎士たち。

 やはり出くわしてしまった。

 余計な時間を取りたくないと思ったユナは即座に動く。


「その連中は一体……」


 ユナの背後のララ達を指さし、騎士がそう言葉を漏らした次の瞬間、バチンという甲高い衝撃音が騎士から発せられ、その騎士は地面に昏倒した。

 そして、倒れた騎士の背後から現れたのはーーさきほどまで目の前に居た、ユナだ。


「あ、あれッ?」


 思わずララは困惑した表情を浮かべた。

 一体何が起きたのか、ララにも、そしてその場に居た全員にも理解できなかった。


「な、何だ今の! ユナの奴が消えたぞ!?」

「……魔術ね」


 驚嘆の声を漏らすトトと対象的に、リンは何かを知っているような口調でそうつぶやいた。

 

死の宣教師アポストロフはその身体に永久魔術エターナルマゲイア聖騎士の遺産パラディンスレイヴを持つと聞くわ。今のはそのどちらかでしょう」

「……そうよ」


 そう言ってユナは死の宣教師アポストロフのトレードマークといえる黒いローブの腕をまくり、か細い腕に刻まれた永久魔術エターナルマゲイアを露わにした。


「私の身体に刻まれているのは「時空魔術」の永久魔術エターナルマゲイア。その力で私は時を止めることが出来る。だけど……」

 

 と、一瞬ユナの表情が陰ったのようにララには見えた。

 何処かさみしげで張り詰めているような表情。

 ララの視線に気がついたユナは、視線を伏せローブの袖を戻しながら言葉を紡ぐ。


「時空魔術の媒体になるのは、命。……私に残された時間はあまりないの」

 

***


「痛てェな。この野郎」


 爆発とともに立ち上った炎にくすぶる右足を払いながら、グルードが尖った視線をスピアーズに送った。


「ボスが逃げたじゃねェか。どうしてくれンだコラ」


 ラプチャーフロア、それも炎を絡めた俺のラプチャーフロアを食らって無傷だとは。

 グルードの姿を見て、思わずスピアーズは引きつった笑みを浮かべてしまう。


「安心しろ。俺達が相手をしてやる」

「お前らで俺の相手? 笑わせる」


 グルード。二つ名は「幻術士」。その名を知らない死の宣教師アポストロフは居ない。

 奴の身体に刻まれた永久魔術エターナルマゲイアは相手の目を晦ます技に長けた「幻術」だ。暗殺の任務も多い死の宣教師アポストロフにうってつけの魔術といえるだろう。

 だが、奴の恐ろしさはそこではない。神の気まぐれか、その身に与えた天賦の才。あらゆるものを破壊し、そしてあらゆるものから身を守る、鋼鉄の筋肉。生まれながら筋肉の成長を妨げるミオスタチンのレベルが極度に低く、その身体は意図せずとも凶悪な兵器と化していた、と聞く。


「私達も同じ死の宣教師アポストロフですよォ? 一瞬の油断が命取りになりまァす」

「相手の心を読む『心眼』のロンドに、全てを焼き尽くす炎を自在に操る『陽炎』のスピアーズ。……確かに油断するとヤられるな」


 そう言ってグルードは傍らにあったユナのデスクにてをかけ、机の端を握るとその腕に力を込めた。

 まるで紙細工のように、その指が机にめり込むと、ミシミシとその机が断末魔を叫び始める。


「ンじゃあよ、最初ッからマジでいくぜ」

「……ッ!」


 スピアーズの目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。

 グルードは軽々と机を片手で持ち上げると、そのまま大きく振りかぶり、スピアーズに向け投げ放つーー

  

「……滅茶苦茶な奴だ」


 だが、スピアーズは冷静だった。

 こちらに向かってくる机に向けスピアーズは炎の塊を二発放つ。一発目は机の軌道を止め、二発目がその身体を破壊する。

 的確に放たれたスピアーズの炎球にその机は難なく四散した。


「無茶苦茶にしてやンぜ」


 冷たい声がスピアーズの耳に届く。

 四散した机が燃え上がり、黒煙と粉塵が巻き起こった最中、その破壊された机の向こうから現れたのは、己の射程範囲内に「獲物スピアーズ」を捉えたグルードの姿だった。


「ちぃッ!」


 距離を置こうと咄嗟にバックステップで躱そうとするものの、グルードの右拳が一瞬早くスピアーズの身体を捕らえる。

 電撃のようなしびれる衝撃がスピアーズの脇腹から背中への貫き、乾いた嫌な音が鳴り響いた。


「ぐぁッ!!」


 折れた。肋骨を持って行かれた。

 くの字に折り曲がり、その衝撃で吹き飛ばされたスピアーズはそのままユナの部屋の壁面に激突し崩れ落ちる。


「スピアーズッ!」

「……来いよ」


 くるりと身を翻し、グルードがロンドに視線を移す。

 この男の危険性は知っている。ならば狙うのは、急所となる首、もしくはその筋肉の鎧の隙間。

 

 タン、とロンドは一歩大きく踏み込み全身のバネを使い、力を足から腰、そして腕から剣へと伝達させる。力まず脱力し、その力を刃に載せる。


「フン」


 避けるまでもない、とグルードは右の拳を握りしめ振り上げるとロンドの剣に向け振り下ろす。そのスピードと握力で鋼鉄の塊と化した鉄槌がロンドの剣を叩き折るーー


「甘いですよォ」


 だが、それを「読んだ」ロンドは剣の軌道を逸らす。

 くるりと剣を捻り、瞬時に右斬り上げから左の袈裟斬りへと移行する。

 狙うはがら空きの首元。


「甘ェのはお前だよ」

「……な」


 ロンドの脳裏に次のグルードのビジョンが浮かぶ。

 グルードが放つのは、左のアッパー。

 ーーだが、それが判っていてもロンドに避けることは出来なかった。


 的確にロンドの顎を捉えたグルードの拳はそのまま、ロンドの身体をふわりと中空へと浮かび上がらせる。


「判っててもよ、反応出来なかったら一緒だろ?」

「ぐっ……」


 速い。速すぎる。攻撃が読めても避ける事が出来ない。

 その拳で脳を揺さぶられ、膝から力が抜けたロンドは着地することが出来ず、その場に崩れ落ちた。

 

「おい、スピアーズ。さっきお前何か言ってたよなぁ? なんだっけ? 『俺達が相手をしてやる』だったか?」


 グルードが勝ち誇った笑みを浮かべ、スピアーズを見下ろす。

 

「だったらもっと気合入れろや、コラ」

「……仕方ない」


 脇腹を抑えながらスピアーズがゆっくりと立ち上がった。

 口の中に血の味がする。折れた骨が内蔵を傷つけていなければ良いが。


「俺も最初から全力で行くぞ」


 スピアーズの表情が、暗殺者の表情へと変わる。

 教会に仇なす者たちを闇へ葬ってきた、死神の目。

 そして、彼の身体が赤く光放ち始める。


「クク、流石はスピアーズ。それでこそ殺しがいがあるっつーもんだぜ」

 

 先ほどは先手を撃たれたが、次はそうは行かない。

 赤くそして神々しい光を纏いながら、スピアーズは地面を蹴りあげた。


***


「時間が無いって、やっぱりその事だったんだね」


 ララが小さくつぶやいた。

 

「……私の身体は時空魔術によって何とか保たれている。媒体が無くなってしまえば命と共にこの魔術も消える」


 どちらにしても、死ぬ。

 ユナはそう言った。


「クルセイダー達からの逃避行は並大抵のものじゃなかったってワケね」

「そうよ、リン。私がここヴァルフォーレに辿り着いた時には瀕死の身体だった」


 貴女達を守るために、とはユナは言わなかった。

 だがそれがリンの心を逆なでする。


「私達のせいじゃないって言いたげね」

「貴女達が重く思う必要は無いわ。それが私がやるべき事であって、そうしたかったのだから」


 それが母というものでしょう。

 言葉にはしなかったが、ユナはそう言っていた。

 

 その言葉にララの心がチクリと疼く。

 なにか判らないけれど、忘れている何かが心の奥、お腹辺りをジンジンとノックしている。

 この感じ、何度か経験していたような気がする。暖かくて、心がキュッとなる感じ。


「行きましょう。……ララの記憶も戻さないと。時間はあまり無いわ」

 

 でも、それまでは逝けない。

 ララの顔を見ながらユナは小さく笑みを浮かべた。


「……奇遇だなぁ、僕にもあまり時間はないんですよね」


 と、辺りに響く不気味な声。


「……誰ッ!?」


 ユナが辺りを警戒する。

 ユナだけではない、リンもララもカミラも、そしてトトやアポロ、ルフも辺りを見回す。

 誰もが感じていた。

 その声の主に、恐怖を。


「……つか、この声」


 トトがふとそう思ったその時だ。


「うッ!」

「あは、やっと捕まえましたよ。ボス」


 突如背後から回された腕に首元を締めあげられ、ユナが苦悶の表情を浮かべる。


「お前は……」

「おまっ……ハサウェイ!」


 トトが叫ぶ。

 闇の中から浮かび上がったのは、ハサウェイだった。


 あの停留所で見た男。

 何かを感じたララがぎゅっと拳を握りしめる。


「どうして貴方がここに……」

「どうしてって……決まってるじゃないですか……貴女の中に眠る、最初の魔女オリジンの力を手に入れる為ですよ」

「……ッ!?」


 この男。ヴァイスではなく、まさかこの男がテトラの復活を。

 時空魔術を使い、時を止めようと魔術を発現しようとしたユナだったが、すかさずハサウェイが動く。


「無駄ですよ、ボス。このまま『器』になって頂きます!」

「……ぎッ!」


 地面から染み出してきた黒い塵がユナの足元から下半身、そして上半身へと登ってくる。

 寒いとも暑いとも判らない、しびれたよな感覚が身体を支配していく。


「ララ……リン……にげ……」

「お母さんッ!」


 塵がその表情をも覆い尽くすその瞬間、ユナが我が子へ逃げるよう必死の思いで言葉をひねり出した。

 最初の魔女オリジンの力が。魔女としてジーナの身体を手に入れたテトラが復活してしまう。


「必要だったのは、最初の魔女オリジンの血族。……フフ、フフフッ……さぁ、僕の新しい『身体』として復活したその姿を見せて下さい、最初の魔女オリジン!」

  

 暗黒の塵が色落ち、次第にその姿が変貌していく。


「ハハハァァァアァァァァ……」


 笑いとも、吐息とも取れる不気味な声がユナから放たれる。

 その姿はもう、ユナではない。

 伝説の魔女が、ララ達の目の前に立っていた。

 身も凍る絶望と共に。

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