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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第36話 兄と妹

「それはどういう事だい? どうしてヴァイス司教が、最初の魔女オリジンの事を?」

 

 辺りを支配していた静寂を切り裂く様にカミラの声が放たれた。

 そもそも最初の魔女オリジンが魔術を作った魔術構文師クラフターだということは、人々の口から口におとぎ話とした伝わってきた。だが、誰も封印された彼女の憎しみの事実は知らないはず。

 そして、彼女が如何に強大な力を持っていたかも。

 

 カミラの言葉にユナはじっくりと言葉を選んでいるようにララには見えた。

 そして、それが全ての「答え」なのだとも。


 ユナは部屋に一つ設けられた窓からヴァルフォーレの街並みを見下ろしながら、言葉を紡いだ。

 

「……それが貴女達を助ける『条件』としてヴァイスに提示されたからよ」


 条件。私達を助ける条件? 

 リンの脳裏に、語らう森でカミラが話した言葉が浮かんだ。

 ーーアンタ達の母親が奴らの目から逃れる為に二人を『隠した』のさ


 お母さんは、クルセイダーから私達を守るために、ヴァイスの条件を飲んだ。それがーー


「それが、最初の魔女オリジンの力、というわけね」

「そうよ、リン。貴女達をクルセイダーから守るために、私はヴァイスに協力し、最初の魔女オリジンの力を教会の為に使うという条件の元、二人の身分を偽り、第三者の協力者に保護してもらった」


 それがバージェスの村のあの老婆であり、私のかけがえのない家族だった人だったというわけね。私を匿う事を了承しなかったら、死ぬこともなかったのに。

 ユナの話を聞いて、リンは行き場の無い憤りを感じてしまった。


 お母さんも苦渋の決断だったはず。誰も悪くない。それは判っているけれど……悔しい。


「……だが、それがヴァイスに最初の魔女オリジンの強大な力が実際にあるという確信を与えてしまった」

「スピアーズの言うとおりよ。今回の計画の『最後のカード』としてヴァイスはそれを計画している」


 ヴァルフォーレに着く前に人々の噂で聞いた。

 モーリスでのパルパス、ゴート、協会が手を組んだという話から、事態は動き、協会が制裁措置を取りやめたと。

 協会の力を借り、キンダーハイムを攻め落とすという計画が、ヴァイスが描いた絵だとすれば、それは頓挫したことになる。

 すでに「最後のカード」を出す可能性は高い。

 リンはそう思った。


「ちょっと待ちなよ」

「……何、カミラ」

「幾つか聞きたいことがあるんだけどさ」


 良いかい、と部屋に置かれた小さな椅子に腰掛け、カミラが続ける。


「まず、アンタが言うとおり、ヴァイスが最初の魔女オリジンの力を利用しようとしているのなら……奴がやろうとしていことは『ジーナの復活』って事かい?」


 ララとリンにはカミラの質問の意図がよく判らなかった。

 お母さんは「最初の魔女オリジンの力を教会の為に使うことを条件に」と言っていた。とすると、ヴァイスが利用しようとしているのは、お母さんの力と言うことじゃないのだろうか。


「利用しようとしているのはお母さんの力ではなくて?」

「違うわララ。私やカミラ、そして貴女達の中に在る最初の魔女オリジンの力は限定的で、世界のパワーバランスを崩す程の力は無いわ」

「だったら、奴は……」

「それも違うの。カミラ」


 カミラの言葉をユナが遮る。


「復活させようとしているのは、ジーナじゃないの」

「ジーナじゃない?」

「そう。復活させようとしているのは……最初の魔女オリジンを殺し、その力を得た『最初のクルセイダー』、オーウェンの妹のテトラよ」


***


 一度死した命を蘇らせることは、いかなる魔術を持っても不可能だ。たとえその身体を不格好な腐死体ゾンビで蘇らせたとしても「心」と「記憶」が無いからだ。

 それは最初の魔女オリジンとて例外ではなかった。

 だが「それ」を前提に生有るうちから手を打っておけば……それは可能だった。


「最初から説明する必要があるわね」


 ユナが静かに自分のデスクに置かれた椅子に腰掛けた。背もたれに身を任せ、放たれた椅子の軋み音がまるで開演の合図のように、静かにユナは真実を語りはじめる。


「あの祠、最初の魔女オリジンの歴史が刻まれたあの場所にも書かれていなかった真実。親から子へ、何かに残す事無く、その記憶にのみ刻まれてきた事実よ」

「フン、アタシも知らない事実ってわけかい」


 カミラが皮肉を込めてつぶやいた。

 

「そう。矛の力を持った子にのみ伝えられてきた。でも、貴女には私が知らない別の真実を伝えられているはずだけど、カミラ」

「知らないね」


 訝しげな表情を浮かべるカミラにユナは一瞥し、続ける。


「……話を戻そう。あの祠に書かれていた歴史、あれは真実でもあり、嘘でもある。最初の魔女オリジンジーナを愛したオーウェンが彼の妹であるテトラに殺されてしまった事、それは事実よ」


 「魔女狩り」で犠牲になったと記されていたオーウェンという青年。その妹が兄を奪われた嫉妬からジーナと、そしてオーウェンを殺めてしまった。

 祠には確かにそう刻まれていた。


「でも、事実はほんの少し違う。兄を愛してしまっていたテトラは兄を奪ったジーナに嫉妬し、こう考えたの『兄がこちらを向いてくれないのであれば、ジーナになれば兄と結ばれる』と」

「ジーナに……なる?」

「生命付与魔術書って知ってるわよね?」


 生命付与魔術書。

 命無き物に生命を与える上級魔術書だ。その危険性から大協約で禁止されている魔術書。


「生命付与魔術書はまだ解明されていない部分が多い魔術書で、特定の条件が揃った時に『己の心と記憶』を対象物に移管することが出来るらしいわ」

 

 ユナのその言葉に、ララはアルフの事が脳裏に浮かんだ。

 確か、アルフさんも今の身体に移るときに、その生命付与魔術書を使ったと言っていた。

 偶然発動した奇跡だとアルフさんもユーリアさんも言っていたが、それは意図して発現出来るものなのか。


「……それでテトラはジーナの身体に自分の意思を移そうと?」

「ジーナを殺し、その身体を人形として蘇らせ、そこに自分の心を移す。そう計画したらしいわ。計画通りに事は進み、オーウェンの妹だと言うことに油断したジーナは殺められ、その身体に移転することは出来た。だけど彼女の計画は失敗した。……愛する兄を殺めてしまったからよ」


 事故ではない、とユナは言う。

 オーウェンには判ったのだ、と。


「オーウェンには判った。愛したジーナは死に、その身体の中にテトラがいた事に。そして過ちを犯してしまった妹を兄は許すことができなかった」


 それがジーナが変貌し「魔女」になったと言われていた真実ーー

 

「ジーナの身体を手に入れたテトラは正真正銘『魔女』だったらしいわ。兄を含む人間達は殺され、街々は廃墟と化し、大地は炎に包まれた。テトラは悲しみと絶望に暮れ、その中でもう一つの計画を実行に移したの。禁呪によって、死んだ兄オーウェンの精神をクルセイダーの子に、己の精神をジーナの子に移しーー未来で結ばれよう、と」


 ユナの言葉にリンもララも、カミラさえも言葉を失っていた。

 ただ、彼女の言葉を飲み込む。それしか出来ないでいた。

 

「そうして、テトラは転移した後、その身体は自身が組織したクルセイダーのメンバーによって破壊された。遠い未来、兄と再会することを夢に見ながら」

「……と言うことは」

 

 小さくカミラが口をはさむ。


「アタシらの誰かの中に……そのテトラの精神が憑依しているってことかい?」

「そうなるわ。誰の中にあるのか、それは私にも判らないけれど」

「止める手段は?」


 リンが問いかけた。

 それを止める、とお母さんは言っていた。ヴァイスによってテトラの復活を阻止するために。


「魔術をこの世から無くすの。そうすればテトラは復活できないわ」

「魔術を……無くす?」

「そうよ、ララ。貴女も使った『テテレスタイ』。あの力をより強力な形で」

「でも……」


 ユナの言葉にララの表情に陰りが見えた。

 ララ達が母の元に向かった理由でもある、それ。

 ララの記憶が失われた。

 ラインライツでララが見せた「盾の力」であるテテレスタイの記憶も全てなくなっているのだ。


「……ララ、貴女の記憶が失われてしまったことはスピアーズに聞いたわ。御免なさい。私が貴女の中に残した残留意思が貴女の心を崩してしまうことになるなんて」

「アタシ達がここに来た理由がそれさ。ララの記憶を戻す方法はあるのかい?」 


 カミラの言葉にユナは傍らに置かれた魔術書を手にした。

 タイトルが記載されていない魔術書だ。


「『時空魔術書』対象の時を戻す事ができるこの魔術書を使えば可能なはず」

「なるほどね。アンタが昔のままの姿だったのに驚いたがそんなカラクリだったのかい」


 アタシにも使ってほしいね、とカミラが冗談交じりで言う。

 だが、ユナの表情は硬いままだ。

 その表情から、まだ何かあるとリンとララは感じていた。

 それが何なのかララが問いかけようとしたその時。


「……いけませんね、ボス」

「ッ!」


 ユナの部屋に突如聞き慣れない声が響いた。スピアーズの声ではない。

 

「司教様に弓引くとは、いくら貴女でも許されることではありませんよ」

「……スピアーズ!」


 ユナがバックステップで距離を置くと、窓際のカーテンを顎で指した。その声に呼応し、すぐさまスピアーズが指先から細い炎の矢を放つと、その矢はカーテンを貫き、そこに穴を穿つーーはずだった。


「えっ」


 スピアーズの炎の矢がカーテンに触れたと同時にかき消えてしまった。炎が消える、という表現ではなく、瞬間的にこの部屋から消え失せてしまった。


「……グルードか」

「フン」


 ふわりと揺れたカーテンの裏から、いったいどんなトリックを使ったのか判らないが長身の男が一人現れた。

 黒いローブを着た長身の男。ドレッドヘアーの肌黒い男だ。

 その鋭い視線と、その姿から彼もまた死の宣教師アポストロフだということが判る。


「この事は司教様に報告させてもらいますよ。ボス」

「チッ!」


 逃がさん、とスピアーズがユナのデスクを飛び越え、グルードと呼ばれたその死の宣教師アポストロフに飛びかかる。

 デスクを蹴り上げたその力を利用し、強烈な回し蹴りを放つ。

 がーー


「遅いぞ、スピアーズ」


 その強烈な蹴りをいとも簡単に掌で受け、いなす。


「ぐッ!」


 相手の力を利用し、倍のダメージを与える。

 右手でスピアーズの蹴りを受け、左手で相手の軸を回転させる。

 バランスを崩したスピアーズはくるくると回転しながら、ユナのデスクに弾き飛ばされてしまった。 

 

「……なんてこと……全員、逃げるわよッ!」


 ユナが叫ぶ。

 ばれてしまった。警戒していたにも関わらず、知られてはならない男に。

 ロンドが言っていた通りに、先に「処理」するべきだったか。


「逃がしませんよ、ボス」


 じり、とグルードが詰め寄ったその時、辺りにけたたましい警報音が鳴り響いた。

 

 

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