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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第35話 真実

 巡礼者達の流れから逸れ、路地を進み、幾つか角を曲がった先に現れたのは教会の裏口だった。あまり使われていないからだろうか、降り積もった雪の上に足あとは無く、その雪のせいでそれが扉だという事も言われなければ判らない程のものだった。


「入って下さいィ」


 雪をかき分け、ロンドが軋む扉を開き、ララ達を招く。

 罠……というわけではなさそうだ。殺すのであればあの場所で、もしくは路地裏に入った時に出来たはず。

 警戒の視線を送るアルフに気がついたロンドが肩をすくめ続ける。


「貴方達に危害を加えるつもりはありませェん。少なくとも、今のところは」

「どういう意味?」


 何処か含みのある言葉を放つロンドにユーリアが問う。

 今は、ということは今後場合によっては危害を加えるという事だろうか。この扉をくぐるべきじゃないのかも。

 

「あの方に会えば、全てわかりますよォ」


 あの方。彼ら死の宣教師アポストロフのリーダーでありーーララの母でもある「ユナ」という女性。その人か。

 ロンドのその言葉に、ヘスがララの目を見て一つ頷いた。


「行きましょう、アルフさん、ユーリアさん」


 お母さんに会えば全てが判る。そして全てが終わる。

 アルフとユーリアにそう言ったララだったが、心のそこから言葉では表しようがない恐怖がひたひたと忍び寄ってくる気配を感じた。

 私はどうなるんだろう。あの森からここまで私が体験して来た出来事、想い出。その全ては無くなってしまうのだろうか。優しくしてくれた皆の事も、友達になったトト君やアポロちゃん、ルフ君、そして、ヘス君の事も。


 ララは後ろに立つスピアーズにちらりと視線を送った。

 彼の変わらない視線が後押ししているように思える。

 

 ララは薄暗い裏口から、母の待つ教会の中へ足を踏み入れた。


***


「どういう事だよ!?」 

「言った通りの事だ。ララとトトはボスの所へ行き、お前たちは別の場所で待つ」

 

 憤るヘスにスピアーズが冷静に返す。

 教会に入り幾許か進んだ先、小さな部屋に案内されたララ達に告げられたのが先ほどの言葉だった。


「ララと離れねぇぞッ! 知ってんだろオッサン!」


 思わずヘスがスピアーズに掴みかかった。だが、そのヘスの手はスピアーズの襟どころかその身体にすら触れることは叶わない。

 スピアーズはヘスの踏み出した足を払うと、頭を掴み、簡単に地面に押さえつける。


「痛てッ! このッ! 離せッ!」

「静かにしろ、ヘス君。お前があがいた所でどうにも出来ん」


 ヘスを助けようとしたアルフ達もまた、騎士達に押さえられてしまう。

 今はどうしようもない。大人しくスピアーズさん達に従うしか無い。

 そう思ったララが静かに続けた。


「……私、行きます」

「ララ!」

「大丈夫、今は言うとおりにして」


 そう言って、ララはヘスに笑顔を見せる。


「安心しろ、ヘス。ララになんかあったら、俺が許さねぇから!」


 ララの言葉に呼応するように、トトがララの肩に止まり大きく翼を広げそう言い放つ。

 だが、ヘスは何も声をだすことが出来なかった。

 ここに来てまたララと離れ離れになるなんて。


「手を離す。もう暴れるんじゃない」


 スピアーズが静かに言う。

 そのままの体勢で、無言の返事がヘスから返されると、スピアーズはゆっくりとヘスから手を離した。

 ヘスはもう抵抗しなかった。今はララを信じるしか無い。信じて待つしか無い。

 

「……ロンド、ヘス君達を例の部屋に案内しろ。私はララをボスの元へ案内する」

「わかりましたァ」


 小さなその部屋からララとスピアーズの姿が見えなくなるその瞬間まで、ヘスはその姿を見つめていた。

 その視線に気がついたララはもう一度笑顔で小さく頷いた。


***


 ララが案内されたのはヘス達と別れた小さな部屋から少し歩いた場所にある黒い扉の前だった。エスコートするように扉のノブに回したスピアーズの手がピタリと止まる。


「……ララ、安心しろ。皆無事だ」

「えっ?」


 思いもしなかった言葉をかけられたララはきょとんとした表情を浮かべる。

 皆無事? 皆とは、モーリスではぐれてしまった皆の事だろうか。


 どういうことか聞きたかったララをよそに、小さく笑みを浮かべたスピアーズはノブを回すと、黒い扉を開いた。

 

「……ッ! ララ?」


 その部屋にはすでに先客が居た。見慣れた二人の女性。それに一羽のカラスと狼の姿も。


「リンさん! カミラさん!」

「クソカラスに犬っころ!」


 ララとトトが同時に叫んだ。

 そこに居たのはモーリスではぐれたリンとカミラ、アポロとルフの姿だった。

 思いもしない再開に思わずララは駆け出し、リンの身体に飛びついた。


「無事だったんですね! 皆さん!」

「ちょ、ちょっとララ……」


 飛びつかれたリンが目を白黒させる。まさかここまで喜ばれるとは。

 記憶が無くなる前のララよりも……素直で可愛いじゃないの。

 ついそんな事を思ってしまったリンは思わず顔を赤面してしまった。


「アンタも無事だったんだね、ララ」

「ええ、なんとか……」


 と、笑顔でカミラに言葉を返したララだったが、窓際に立つ女性の姿が目に止まり、その笑顔は静かに消えていった。

 長い黒髪に雪の様に白く透き通った肌。そして慈愛に満ちたその目がララの記憶をくすぐる。


「お母……さん?」

「やっと会えたわね、ララ」


 いつか見た優しく安らげる笑顔をその女性、ユナが浮かべた。

 お母さんだ。直感でララはそう確信した。


「トトも久しぶりね」

「ケッ、お前なンか知らねーつの」


 そう言葉を吐き捨てるトトに、ユナは困ったように肩をすくめる。

 

「皆、ゆっくり話したい所なんだけど、時間があまりないの。……スピアーズ」


 そういってユナはスピアーズの名を呼んだ。

 扉の前で待機していたのか、スピアーズは悪びれた表情を浮かべ部屋の中へと姿を現した。


「すまなかった」


 パタンと閉められた部屋にスピアーズの声が響く。

 彼の姿に、リンが怒りとも喜びとも言える複雑な表情を浮かべたのがララの目に映った。


「スピアーズさん……?」

「説明する。俺はお前たちを裏切ったわけじゃない。あの村、フォルスタで俺はボスの使いに次の指令を貰った。ララ達を追手達から守り、ボスの元に連れて行け、という指令だ」

「あの森で貴女を呼んだのは私よ、ララ。だけど、貴女一人でヴァルフォーレに向かわせるのは危険すぎる。魔術師協会、特にクルセーダーのメンバーでもあるランドルマンから貴女を守る必要があった」


 スピアーズに補足するようにユナが続ける。

 確かに、あの村でスピアーズさんが居なかったら追手達に捕まっていたかもしれない。


「まさかモーリスでバラバラになるとは思わなかったが」

「フン、そのくらい予想してなさいよねッ!」


 腕を組んだリンがスピアーズに吐いて捨てるように言う。

 おもわず距離を置きたくなるほど、リンは不機嫌という言葉が具現化したようなふてくされた表情と空気を放っている。


「……リン、すまないと謝っただろう」

「謝って済む問題ですか! 私はてっきり貴方に裏切られたかと」


 リンが小さく身を震わせ、拳を握りしめる。

 これは、ひょっとしてグーでいっちゃうのじゃないか。

 ララの心についそんな心配が過る。


「俺が本当に裏切ったと思ったか」

「思ったに決まってるじゃないの! 馬鹿ッ!」

「……騙すなら味方からと言うだろう。お前達を危険に晒すわけにはいかない。捕虜として連れてきたほうが何かと安全だったと言うわけだ。……だが、すまん、リン」


 リンの目を見つめながら謝るスピアーズについ、リンはその目をそむけてしまった。

 裏切ったわけではないと知った時、怒りと共に安堵した気持ちが沸き上がってきたのを知られたくなかったからだ。


「フン!」


 知らない、と頬を膨らますそんなリンに肩をすくめながら、スピアーズが続ける。


「ララ、他の皆は一緒だ。先にヴァルフォーレに連行されたヴィオラ公爵と同じ部屋に居る。ヘス達が到着した時を見て行動するよう伝えている」


 依頼。その言葉を聞いてララは首を傾げた。

 お母さんが私をこの街に呼んだ理由、そしてスピアーズが皆に伝えた依頼。一体何の事なのだろう。

 そんなララを諭すように、ゆっくりとユナがぽつりとつぶやいた。


「暗殺。……ヴァイス司教の暗殺よ」

「……ッ!」

  

 ララは息を飲んだ。

 たしかお母さんとスピアーズさんは、聖パルパス教会の暗殺者集団、死の宣教師アポストロフのメンバーだったはず。なのに、彼らが最高権力者であるヴァイス司教を暗殺する計画を?

 すでにその話を聞いていたのか、リンとカミラはその言葉に驚いた表情を見せること無くユナを見つめている。


「ララ、貴女を呼んだのは紛れも無く私。来るべきこの時の為に、貴女をここへ呼んだの」

「この時?」


 ララはチクリと心の中で何かが疼いた気がした。

 あの時、うつろな目で虚空を見つめているもう一人のララの姿が脳裏に浮かぶ。


「因果が重なりつつある。ヴァイス司教はこの国を手中に収めるために、魔術師協会の力のみならず、最初の魔女オリジンの力すら利用しようとしている。それを止めるのよ。私達の力で」


 それがこの地に呼び寄せた理由。

 そう言うユナの顔は引きつり、それがどれだけ難しい事なのかを物語っているようだった。

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