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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第30話 大切な人

 時空魔術書。その名前をユーリア達から聞いたヘスは、暗いトンネルからやっと抜け出せた様な感覚がした。

 流れていった時を戻す事ができる上級魔術書。そんなものがあったなんてもちろん知らなかったが、それを使えばララの記憶が戻せるかもしれない。


「だけど、奪い返されちゃったけどね」

「う……」


 何か言いかけたヘスの言葉を遮るように、ユーリアが肩を落としながらつぶやいた。

 あの死の宣教師アポストロフに奪われてしまった魔術書。多分、今頃ヴァルフォーレに着いている位だろうか。仲間とはぐれて、この子達も八方ふさがりの状態だろうけど、こっちも同じ状況だ。

 そう思ったユーリアはさらに深く肩を落とす。


「あの、ユーリアさん」

「……あン?」


 小さく声をかけたのはララだ。


「私達、ヴァルフォーレを目指しているんです」

「あぁ、なんかそんな事言ってたね。さっき」

「それで提案なのですが……」


 ララはちらりとヘスの顔を見た。

 モーリスの街に戻るのは危険だということは皆判っているはず。だとしたら、私達だけで。

 

「私達と一緒にヴァルフォーレに行っていただけませんか?」

「……あ~、やっぱそう来るよね」


 だよねー、と半ば観念したかのような表情をうかべながらユーリアが言う。

 ヴァルフォーレに戻る。その選択肢が無いわけじゃない。アルフの記憶を戻すカギになるあの魔術書は奪い返されてしまったが、今の所、あれ以外に策があるわけじゃない。

 だが、あまりにも危険すぎる。最初は運良く盗む事ができたけど、次はそうは行かないだろう。

 ユーリアが考えていることが判ったのか、アルフが視線をユーリアに送った。


「……どーするよ、アルフ」

「そうですね……」


 じっと自分を見つめるヘスとララを交互に見ながらアルフは熟考した。

 ユーリアを危険な目に合わせることはできない。だけど、ヘス君には助けてもらった恩がある。あの時、ヘス君がランドルマンを斬りつけ無ければ、僕かユーリアのどちらかが……いや両方が命を落としていた。

 

「行きましょう、ユーリア」

「……! アルフさん!」


 アルフの言葉に、ララの顔にぱっと笑顔の花が咲いた。

 正直なことを言えば、協力してくれないだろう。ララはそう思っていた。聞けば二人はヴァルフォーレから逃げてきたと言っていた。そこにまた戻るなんで自殺行為だ。

 ヘスは心強く、一緒にいて安心できるが、やはりヴァルフォーレに行くとなると心配事も多くなる。

 アルフのその言葉は素直に嬉しかった。


「二人をほったらかしには出来ませんよ」

「ンまぁ、そーだよねぇ……」

「それに、彼らの仲間もヴァルフォーレに向かっている可能性もあります。向こうで合流することができれば、あの魔術書をさらに奪い返す可能性はぐっと高くなりますよ」


 それはそうだが、ユーリアがひとつ返事出来なかったのは別にあった。

 あの死の宣教師アポストロフだ。噂には聞いていたが、まるで地の果てまで追ってくるような執念のあの化け物とヴァルフォーレでまた対峙することになるだろう。

 ユーリアの中に芽生えたシンプルな「恐怖」が彼女の返事を塞き止めていた。


「ユーリア」


 アルフが静かにユーリアの名を呼び、彼女の肩に手をあてがう。

 ユーリアの考えていることは全部わかる。

 アルフの表情がそう語っているようにユーリアには思えた。


「必ず守ります」

「……はいはい、判ったよ」


 ユーリアが笑みをこぼしながら、肩をすくめた。

 どうなるか判んないけど、やるだけやろうじゃないか。


 そう心の中で自分に言い聞かせたユーリアはゆっくりと立ち上がり、改めてララに手を差し伸べた。


「改めて宜しくな。ララ」

「は、はい。よろしくお願いします!」


 手を握ったララをそのまま立ち上がらせ、ユーリアはララに笑顔を送る。

 目指すはヴァルフォーレ。

 私達の終着点。

 小さく笑顔を返すララを見て、ユーリアはそう思った。


***


 馬車が揺れる度に、両手をつなげている錠のひんやりとした感触が両手を伝い、脳を刺激する。

 ヴェルドへ向かうぴりぴりとした空気に支配された駅馬車の中、ガーランドは静かにその時を待っていた。


「……まさかお前とヴェルドに向かうことになるとは思っても居なかったぞ」

「フン。それはこちらのセリフだ」


 ガーランドの言葉に静かに返したのは、隣に座るランドルマンだ。

 

「約束を忘れるなよ」


 ガーランドを見ること無く、ランドルマンが小さくこぼす。

 ガーランドをジンの元に連れて行く事と引き換えに、失脚したジンの後を自分が継ぐ。それがガーランドと交わした取引だ。


「個人的な興味本位で聞くが、なぜそこまで権力にこだわる」


 ガーランドがランドルマンの顔を覗きこむように見やり、つぶやいた。以前の知るランドルマンは権力とは程遠く、任務に忠実で冷徹な男だった。

 無慈悲に違反者を処理していく、殺戮機械。そのランドルマンのやり方に異を唱える者は、母体である魔術師協会内にも多数あった。


「お前に教える必要はない」


 ランドルマンが変わらない表情で吐き捨てた。

 今はお互い利害関係により協力することになっているが、ランドルマンが放つ空気の中には隠すことが出来ない「敵意」が存在している。ガーランドはそう感じた。


 魔術師協会と協会魔術院の関係。

 使う側と使われる側の関係にあった二つの組織に以前から確執があったのは職員であれば誰でも知っていた事だった。そしてそれは、例の「禁呪騒動」で一気に爆発した。

 大協約違反者に対して「平和的措置による解決」を謳っていた「穏健派」と「軍事的措置による解決」を謳っていた「強硬派」の派閥争い。

 協会を否応なしに離れる事になり、顛末を強硬派であるランドルマンから聞かされたのは皮肉だが、実権を握ったのは「強硬派」らしい。立場が逆転してしまった協会内は想像するに、大混乱に陥っているだろう。

 ーーそしてその混乱の中、権力争いに敗れた「穏健派」は、付け入る隙を伺っているはず。


「そう言うな、ランドルマン。先は長い。それに今は協力関係にあるんだからよ」

「フン、協力関係、だと?」


 そう言うとランドルマンはガーランドを睨みつけた。


「お互いがお互いを利用しているだけだ。協力というのは、お互いを理解した上で力を合わせる事だ。違うか?」

「まぁ、そう言う解釈もあるわな」

「……俺は誰も信用しない」


 ランドルマンが冷たくそう言い放つ。何処か説得力があるその一言。

 

「だからお前は権力にすがりつくのか」

「……独りで出来ることには制限がある。その制限を無くすには権力が居るのだ。それが理由だ。満足したか?」


 満足したならば、その口を噤め。ランドルマンがそう続ける。

 ガーランドは何処かひっかかっていた。制限を無くす。何のために制限を無くす必要がある。

 独りであれば、何も問題は無いはず。

 そう考えたガーランドだったが、その脳裏にふと、まるで点と点が結ばれるように一つの結論が浮かび上がってきた。


「……家族?」


 その言葉を聞いて、ランドルマンの頬がぴくりと動いた。

 確かランドルマンには妻と幼い息子が居るはず。しかもその息子はーー


「お前……」

「くだらん戯言をほざくのをやめろ。ガーランド。お前の質問には答えた。それ以上何も言うつもりは無い」

 

 明らかな殺意を従えながら、ランドルマンが静かに吠えた。


 ランドルマンのその反応を見て、ガーランドは確信した。

 ーーランドルマンは息子を、不治の重病に苦しむ我が子を助けるために権力を欲している。

 

「その仏頂面から想像できねぇ、ずいぶん優しい父親だな」


 茶化すようにつぶやいたガーランドの言葉に、ランドルマンは何も返さない。

 押し殺す様な沈黙が馬車内を支配しているだけだ。


「ま、ジンの失脚が成功したら、お前も俺も万々歳だから安心しろ」

 

 背もたれに身を任せながらガーランドがそう呟く。

 だが、正直な所、ガーランドはなやんでいた。


 拘束を装い、ジンの元に言ったとして、どうやって奴を失脚させるか。それが重要なファクターだった。

 シンプルなのは実力行使を持って、奴を斃す事。だが、奴は上級の魔術構文師クラフターであり、魔術解読師マニピュラーだ。仲間が居ない以上、それは最後の手段として考えて居たほうが良いだろう。

 となれば、やはりやるべきは、正攻法である、「奴の企みの暴露」だ。パルパスとゴートとのつながりを暴露し、奴を合法的に失脚へと追い込む。


「ランドルマン、もう一つ頼みたいことがある」


 この計画を成功させるために大事な事。それをランドルマンに委ねるのは危険だが、そうも言ってられない。それに失敗すれば、ランドルマンが権力を握る事も無くなる。

 この猟犬は今だけは従順に動くはず。

 そう信じてガーランドはランドルマンに一つの依頼を出した。

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