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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第29話 計画

 ヴィオラをスケープゴートとするロポスの目論見は見事に的中することになった。


「ハイムには調査団の受け入れの用意がある」


 発表されたヨハネの声明はパルパスら連合軍の足を止めるに十分な効果を発揮した。魔術師協会の調査団受け入れにより、協会は強制措置を一時中断し、各戦線への魔術書の供給をストップ。破竹の勢いで進撃を行っていたパルパス、ゴートの勢いは停滞し、激しい戦いを繰り返していた前線は戦線維持のための小競り合いへと縮小していた。


「予定しておりました渡河作戦は失敗に終わり、主力部隊はラインライツへと後退し、立て直しを図っております」


 聖パルパス教会総本山居城、ゴシック調のレリーフで飾られたインテリアが厳かな雰囲気を醸し出している一室。轟々と吹雪が窓を叩く音に囃し立てられるように、ヴァイス司教の前に立つ白い甲冑を身にまとった騎士がそう報告した。

 

「それで」


 ヴァイスが冷ややかに答える。その表情から、お前はそれだけを言いに来たのか、と怒りにも似た感情が見え隠れしているのが騎士にも判った。

 その空気に、同じくヴァイスの背後に立ち、騎士の報告を聞いていたユナもちらりとヴァイスに視線を送る。


 ヨハネの声明が出される前に、以前はゴートの拠点であり、ハイムにとっても重要拠点であったラインライツを落とすことが出来たのは幸いだった。側面の河川を下れば、ハイムの拠点であり、シュタイン王国の首都であるキンダーハイムまでいつでも兵を送ることが出来る。

 協会の援助が一時ストップし、魔術の使用が出来なくなったとは言え、ハイム軍に手痛い被害を与えているのは事実だ。即時体制を立て直し、河川を下りキンダーハイムへ攻め入る。

 そう考えた騎士が、ヴァイスの前に開かれた地図に指を落とした。


「協会の援助が無くなったとはいえ、すでに我が軍とゴートで、ハイム軍の主力を東西に分断しております。ゴート軍に戦線の維持を任せつつ、体制を立て直した上で、突貫力のある我が軍の騎士団二個師団を使い河川を一気に南下。キンダーハイムを包囲し、殲滅します」

「……フム」


 何処か不満気な表情を浮かべながら、ヴァイスが椅子の背にもたれ腕を組んだ。

 今出来うる中で最善かつ最良な作戦は、それのみのはず。

 何かヴァイスの気に触ってしまう事を言ってしまったのかと騎士の表情が固くなった。


「ハイム軍は手負いとは言え、侮れぬ連中だ」

「はい、それは私も承知しております」

「ヨハネの声明は驚かされたが……予想の範疇だった」

「……と、仰いますと?」


 あの声明で連合軍の計画は頓挫した。それは紛れもない事実のはず。

 ヴァイスの言葉に騎士は困惑した表情を見せた。


「声明にあった、ヴィオラ公爵はすでに我軍の手に落ちている。先日の報告で、じきヴァルフォーレへその身柄が到着するだろう。そうして、新たにこちらから声明を出すのだ。『ヨハネの声明は全くの嘘だ』とな」

「……成る程」


 その声明があれば、協会は再度軍事的強制措置を再開することが出来るだろう。そうなれば、キンダーハイムの包囲網はより強固になる。


「ラインライツの軍に待機の命令を出せ。ヴィオラ公爵が到着後、声明を出し、協会の動きとともにキンダーハイムへの進軍を再開する」

「了解しました」


 ヴァイスの言葉に騎士は一礼し、颯爽と部屋を後にした。

 開けられた扉から入り込んだ冷たい外気が温かい部屋の空気を裂き、身を引き締める。

 油断は出来ない。

 ヴァイスは穏やかな表情をみせながらも、そう考えていた。


「ユナ」

「はい」


 ヴァイスが言葉を発することを予測していたかのように、背後に立つユナが返事を即座に返した。


死の宣教師アポストロフ達が動ける準備をしておけ。ヴィオラ公爵の命はハイム軍上層部らにとって『あってはならないもの』のはず。血眼でその命を狙う輩が現れるはずだ」

「……了解しました」

 

 そう言って小さく頷くユナにヴァイスはほくそ笑んだ。

 今回の事だけではない。聞く所によるとヴィオラ公爵は亡き王の血を引いているという。その存在が疎ましく思っている連中はハイム王室にごまんといるだろう。「それ」を利用させてもらうためにも、ヴィオラ公爵に死んでもらっては困る。

 

「今ヴァルフォーレに居る死の宣教師アポストロフは?」

「私を入れて四名です」

「十分な数だ。抜かるなよ、下がって良い」


 そう言ってヴァイスは椅子から立ち上がると、奥に設けられた小さな礼拝堂へと姿を消していった。日課である三女神への礼拝だろう。

 その姿を目で追いかけながら一礼したユナがゆっくりと部屋を後にする。

 だが、彼女もまた、ヴァイスと同じように、穏やかな表情を見せながらも心境穏やかではなかった。


「ボス……」


 ヴァイスの私室を出てからすぐに、柱の影に立った男にユナは呼び止められた。窓から差し込む明かりに照らされたのは青白い病人の様な風貌の男ーーロンドだ。

 だがユナはロンドの姿を確認しながら、足を止めること無く、廊下に甲高い足音を響かせながら歩を進める。


「魔術書を奪い返しましたァ」


 任務完了です、と言うロンドの右手には、ユーリア達から奪い返した魔術書が握られている。

 だが、ユナは視線を送るものの、硬い表情のまま目の前を通り過ぎて行く。


「……?? 何かあったんですかァ?」

「付いてきて」


 只ならぬ空気に、異変を感じたロンドだったが、言われるがままにユナの後をひたひたとついていく。そのままユナが向かったのは、この居城の中に設けられた自室だった。


「計画の変更が必要になったわ」


 そう静かにユナが言葉を発したのは、自室内だった。

 他に聞かれてはまずい。

 ユナの表情がそう語っている。


「……どのように変更をォ?」


 ユナが言う「計画」の全貌を知っているような口調でロンドが言葉を返す。

 ユナの計画。配下である死の宣教師アポストロフの中でもごく一部の者しか知り得ない極秘の計画ーー


「まさか、死の宣教師アポストロフ全員をヴァルフォーレにとどまらせるなんて」

「なんと」

「それに、プライド高いヨハネが簡単に折れるなんて思いもしなかったわ」

 

 その黒い艷やかなロングヘアをかきあげながらユナが吐き捨てる。


「ボスのご息女様はまだ到着して居ないのですかァ?」

「報告ではもう少しで到着するはずだけど、ヴァイスの息がかかった死の宣教師アポストロフが居たままだと何かと動きづらいわ」

「……最悪処理しますかァ?」


 ロンドの言葉にユナの頬がぴくりと引きつった。


 死の宣教師アポストロフのリーダーであるユナだったが、その中身は一枚岩とはいっていなかった。

 そもそも死の宣教師アポストロフは聖パルパス教会の神父、というのが表の顔であり、その忠誠は教会とヴァイス司教にある。

 ユナの存在を疎ましく思う死の宣教師アポストロフも中には存在し、リーダーであるユナの指令を優先する死の宣教師アポストロフと、ヴァイスの指令を優先する死の宣教師アポストロフが存在しているのは紛れもない事実だった。


「それは最後の手段よ。今はヴァイスの息がかかった残りの二人の動きを注視して」

「判りましたァ……」


 そう言ってロンドは奪い返した魔術書をテーブルの上に置くと、くるりと踵を返し、ユナの部屋を後にする。

 重要な魔術書。

 テーブルに置かれたそれを見て、ユナはひとつため息をついた。


「ララ……早く来て。もう時間が無い」


 静かに何かに縋るような物悲しい声を発するユナの目は、死の宣教師アポストロフのそれではなく、一人の「母」になっていた。

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