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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第27話 スケープゴート

 モーリスがパルパスの手に落ちた翌朝、そのニュースはシュタイン王国を嵐の様に駆け抜けた。


「ハイム陣営、内戦において大協約違反の嫌疑。さらに魔術師協会調査団の受け入れを拒否したハイム陣営に対し軍事的強制措置」


 ゴートに続き、ハイムが大協約違反かーー

 そのニュースを聞き、激震が走ったのはハイム軍内の上層部だった。正に寝耳に水。ヨハネ皇子以下、王室でさえも知り得なかった事実にハイム陣営内の誰もが困惑していた。


「一体どうなっておるのだッ!」


 ハイム軍西方方面軍集団の駐屯地。その地に足止めされる事になったヨハネ皇子は苛立ちを見せていた。

 ヨハネ皇子がテーブルに拳を打ち付けると、ヨハネの幼き頃からの守役であり参謀でもある男、ロポスが硬い表情のまま、深いため息を漏らす。

 

「嵌められた、としか言いようがありませんな」

「なぜ協会が我々を貶める必要がある」


 ロポスの言葉にヨハネが続けた。

 魔術師協会は大協約の順守を取り締まる非営利団体であり中立の立場であるはず。シュタイン王国の継承者争いに首を突っ込む理由など無い。

 

「パルパスの策略でしょうな」

「パルパス、だと? まさか、アンナの仕業か!? ……いや」


 継承者争いの一角を担うあの小娘ならやりかねない、とヨハネは思ったがすぐさあその考えを飲み込んだ。理由は簡単だ。まだ幼いアンナに魔術師協会とのコネクションは無い。

 とすれば……


「……ヴァイス司教でしょう」


 ロポスが激昂するヨハネを落ち着かせるかのごとく、静かに答える。

 聖パルパス教会の最高権力者であるヴァイス司教。

 密偵の報告から、魔術師協会の下部組織とのつながりが示唆されていた。あの男が裏で絵を描いているのか。死の宣教師アポストロフとか言う連中に使わせるチンケな魔術書でも仕入れているのかと軽視していたのが裏目に出るとは。

 だが、ヨハネには何処か納得出来なかった。

 協会の腰が嫌に軽いからだ。

 

「ヴァイスの企みだとしても、それだけで魔術師協会が動く訳が無い。こちらとて……」

 

 ハイムもまた、協会内に息のかかった者を忍び込ませている。

 組織内に抵抗勢力があればここまで簡単に物事が進むはずはない。それに、手遅れになる前に情報がこちらに来ているはずだ。


「どうやら協会内で動きがあったようです」

「動き?」

「協会魔術院の息がかかった『強硬派』が協会内の派閥争いを制した、と」

「……ッ! 馬鹿な!」


 ロポスの言葉にヨハネが再度テーブルを殴りつけた。

 そのようなことが起きないように高い金を出して、協会内に密偵を忍ばせているのではないか。そのすべてが無駄だったということか。

 すべてが後手に回ってしまっている。

 苛立ちとともにどうしようもない焦りがヨハネを支配していく。

 

「殿下、まだ遅くはありません。最悪の状況から脱するために『手』を打てば……」

 

 ロポスが静かに語りかけた。 

 魔術師協会の強制措置、いわゆる「裁定」が始まってから、優勢に動いていた各前線の敵対勢力が息を吹き返し、前線は混乱をきたしている。ゴートの拠点付近まで来ていた西方方面軍は押し返され、北部の重要拠点であるモーリスもパルパスの手に落ちた。

 このまま行けば、喉元キンダーハイムまで切り込まれるのは時間の問題かも知れない。

 手を打たねば。そんな事は判っている。

 ロポスの言葉にヨハネは椅子にうなだれるように座り込み、頭を抱えた。


「……策はあるのか」

「一つ御座います」

「言ってみろ」


 ヨハネの声に、ロポスは言葉を選ぶように間を置いた後、ポツリとつぶやく。


「ヴィオラ公爵をスケープゴートにするのです」

「……ヴィオラ?」


 ヨハネの頬がぴくりと動く。

 

「軍内で魔術の使用が事実であったことを公表し、謝罪と共にヴィオラ公爵の独断によるものだったとするのです」

「ヴィオラをトカゲの尻尾の如く切り落とす、と?」 


 ヨハネの言葉にロポスが小さく頷く。


「その公表にどれほどの効力があるかは判りません。ですが、ヴィオラ公爵を差し出すと共に、調査団を受け入れる用意があると公式に声明を出せば、少なくとも協会の大義名分は一時的に無くなります」


 ロポスの言葉にヨハネが唸る。

 そもそも調査団の派遣を受け入れを示唆する書面など協会からは届いていない。だが、言いがかりだと高々と言ったところで火に油を注ぐ事になってしまうだろう。それはハイムが被支配階級であるクロムウェル人共に忌み嫌われているからだ。ここぞとばかりに奴らは付け入るはず。


 ヴァイスもそれを考えた上での策略なのだ。

 だからこそ、逆に謝罪し、受け入れる為の用意をしたと公表する。ハイム人のプライドが謝罪する事を許さないと高をくくっている奴らの裏を掻く策だ。

 ーーしかし、懸念すべき事もある。


「ヴィオラがいらぬ事を言いふらす可能性があるぞ」


 ヴィオラはモーリスにて行方不明だと報告を受けているが、死体を確認したわけじゃない。もし生きていて「自分は知らない」と言い出せば、それを理由に協会は軍事的強制措置を続けるだろう。


「殿下はすでに『駒』を動かしておいでではありませんか」

「駒……テベスか」


 テベス率いる白鷹騎兵師団。ヨハネから発せられたその名前にロポスが頷く。


「テベスを動かしていたのは幸運でした」

「……貴様、なぜテベスの事を知っておる」


 ヨハネが斬りつけるような尖った視線でロポスを睨む。

 誰も知らないはずの真実。

 ヴィオラの血族と、それを消し去るための私の策略。

 ーーモーリス攻略の混乱に乗じて、ヴィオラの抹殺を命令した事を。


「殿下に仕えてもう長いですから。私に知り得ない事など御座いません」


 只の将校であれば、その事実を知った時点で消されてしまうだろう。

 だが、殿下は私の智力を必要とされている。

 必要とされている以上、ただその智力を殿下の為に行使する。それが私の役目だ。


 表情を崩さずそう言い放ったロポスにヨハネは笑みを浮かべた。


「……フッ、お前には頭が上がらんな、ロポス」

「光栄でございます」

「だが、ロポス、テベスだけでは安心できぬぞ」


 最もな意見です。

 ヨハネの言葉にロポスは小さく頷いた。


「安心ください。手なづけた手負いの狼を一匹、野に放っております」

「手負いの狼?」

「はい。一人で我が軍の『一個小隊にも匹敵する』と噂されている狼でございます」

「……ほう」


 成る程、とヨハネが笑みを浮かべる。

 手負いの狼。

 それが何者なのか、ヨハネにも心当たりがあるようだ。


「あの者が居れば、万が一の失敗などありません」

「フム……であれば、すぐにでも声明を出さねばな」


 ロポスの言葉を飲み込んだヨハネがゆっくりと立ち上がった。

 その表情に先ほどの焦りは無く、余裕に満ちた笑みを携えている。


「直ぐに」


 そう言ってロポスは一礼すると、足早にテントを後にした。

 

***


 ララは独りだった。

 薄暗く冷たい大理石で囲まれた部屋にぽつんと、地面に打ち付けられた杭のように佇んでいた。

 何も無い空間。その得体のしれない空間が、次第にララの心に恐怖を植え付けていく。


「……ッ!」


 ヘスの名を、トトの名を呼ぼうと喉を震わせるが、声にならずただ喉が振動している感覚だけがララの身体に伝わっていく。

 怖い。早くここを出たい。

 居てもたっても居られなくなったララが薄暗い中、手探りで出口を探しだした。


「怖いでしょ?」


 突如薄暗い闇の中からかけられた声に、ララは身をすくませる。

 何か心がくすぐられるような、ざわつきを覚える声だ。


「本当の貴女は真実を受け止める事ができなくて、自分の中に閉じこもっちゃったの」


 本当の私? ヘス君が言っていた、私の事?

 声に出せず、心の中でララがそう「声」に問いかける。

 

「そう。この旅は閉じこもった本当の貴女を呼び起こす為の旅なの」


 知ってる。ヴァルフォーレという場所にいるお母さんに会うって言っていた。

 私を呼び続けていた、お母さん。

 そういえば最近その声は聞こえなくなった。


「でも、貴女は恐れている。そうでしょ?」

「……!」


 心を見据えた「声」の主の一言に、ララは息を飲んだ。

 記憶を取り戻したい。それが皆の願いなのであれば、そうしたい。

 でも、本当のことを言えばーー怖い。

 記憶が戻ったのならば、私はどうなるの? 私のこの記憶、願い、恐怖。それはどうなるの? 私が私である印が無くなってしまう。

 それが怖くて仕方がない。


「私も、本当の貴女が目覚めちゃうと何かと不都合なの。だから、貴女のままで居て欲しいんだけどな」


 声に少しぬくもりが生まれた気がした。それが声の主の本当の願いの様な気がする。

 でも、貴女は誰? どうして私のままでいて欲しいの?

 

 だが、ララの心での問いかけに、もう声の主の返事は返ってこなかった。ただ冷たい沈黙だけが、部屋を支配している。

 背筋にぞくりと冷たいものを感じたララが、部屋の壁を手探りで弄り、再度出口を探し始める。次第に部屋の空気が冷たくなっていくのがはっきりと判る。

 吐く息が白く濁り、壁を這わせる指先が痛みを発する。


 と、小さい扉のノブが指先にかかった。ララは無心でそのノブを両手で掴むと、力を込めて押し込んだ。

 バリバリという氷が割れる音とともに、重い扉がゆっくりと動き出す。

 何処か懐かしい扉だとララは思った。


「……あッ」


 詰まっていた耳が通ったと感じると同時に自分の声が鼓膜を揺らすと、開いた扉の向こうから、眩しい光が差し込んできた。

 薄暗かった部屋に差し込むまばゆい光ーー

 ふと振り向いたララの目に映ったのは、部屋の端でうずくまっている、もう一人のララの姿。


 うつろな目で虚空を見つめているもう一人のララ

 一緒に来て、と思わず手を伸ばしそう伝えようとしたララだったが、まばゆい光の中にもう一人の自分ララの姿がかき消えていく。

 光が部屋を飲みつくし、自分の足を、手を飲み始めたその時、ララは理解した。


 ーーあれが、真実を受け止める事が出来なかった、本当の私だ。

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