第26話 進むべき道を信じて
ガーランドが廃教会に到着したのは、空に赤みが差し始めた頃だった。
門衛詰め所を出てすぐに至近距離に着弾した炎の球の爆風に巻き込まれ、しばらく気を失ってしまっていたらしい。すぐさまスピアーズ達の元へ急いだが、その姿は無く、巡回するパルパスの兵士達の間を縫い、至る所を探したがついにその姿を見つけることは出来なかった。
しかし、姿がないということはある意味では幸運、というべきなのだろうか。
途中、巡回しているパルパスの兵士に軽く「尋問」したが、指揮官を捕らえたという情報以外、スピアーズ達に関する情報は特に無かった。スピアーズ達は無事で何処かに避難したということだろう。
廃教会でララ達と合流して、スピアーズ捜索に移る。それが今、考えうる内で一番得策だ。
バクーが言っていた、町外れにある廃教会。瓦礫の間を縫い、路地裏を抜けてしばらく歩いた先にそれはあった。
ここも同じく、炎の球の被害にあったのかいくつも大きな穴が地面に穿たれ、未だチリチリと残り火がくすぶっている。
ララ達は中に居るのだろうか。だが、辺りに人の気配は無い。
廃教会が一望できる場所に身を潜めながら、ガーランドが辺りを伺う。
「ここでのんびり見ていても仕方が無い、か」
陽が完全に登り切るまでそう時間は無いだろう。登ってしまえば動きづらくなる。
そう考えたガーランドは静かに廃教会に向け、足を進めた。
ガーランドが異変に気がついたのは、潜んでいた場所から出てすぐだった。
明らかに他とは違う、幾つもの争った跡。その一つ、細く長い、まるで地面を大きな剣で切りつけたかの様な跡を見てガーランドは息を飲んだ。
これは、チタデルで見た、ヘスの小僧が持っていたあの短剣の跡に似ている。
嫌な予感がしたガーランドが走りだす。
無事で居てくれ、そう願いながら。
だが、ガーランドのその願いは無残にも叶わなかった。
廃教会に炎の球が直撃したらしく、天井は崩れ落ち、廃教会内に踏み入る余地は無い状況だった。
「嬢ちゃん!! 小僧ッ!!」
声を荒げ、ララとヘスを呼ぶが、返事は無い。
声を立てれば、パルパスの兵士に見つかるかもしれない。そう思いながらもガーランドは声を上げずには居られなかった。
この下にララ達が。そう考えれば考えるほど、冷静で居ることは不可能だった。
「……クソッ!」
だが、一人ではどうしようもない。スピアーズでも居なければ、この瓦礫の下を捜索することは不可能だ。
ガーランドは無力感に苛まれながら、廃教会に背を向けるしか無かった。
いつも後手に回ってしまう。やはりあの時、ララ達と共に行動すべきだった。
苛立ちと後悔がガーランドを支配仕掛けたその時だった。
さらに明るくなった空の下、地面に突っ伏すようにうなだれている人影があった。
見覚えのある姿。スキンヘッドに、血が着いた白いシャツーーまさか、ランドルマンか。
ガーランドは、警戒を怠ること無く、じりじりとその人影との距離を縮める。
やはりランドルマンだ。しかしどういうことだ。何故奴がここにいてーー何故これほどまでの怪我を。
「……ランドルマン」
静かにガーランドが問いかけると、その言葉に反応するように、ランドルマンの身体がひとつ、ぴくりと動く。
ひどい怪我だ。近くで見ればみるほど、それがよく分かる。
魔術師協会の白いシャツは、赤く染まり、赤いシャツに白いまだら模様がついていると錯覚してしまうほどだ。
今もなお、ランドルマンの顔からは赤い雫が滴り落ち続けている。
「……ガーランド、か」
「何があった」
ランドルマンであれば、ララ達の事を知っているかもしれない。あの廃教会の中に居たのか、それとも他の場所へ向かったのか。
「クク……滑稽だ」
「誰にやられた。パルパスか」
「あの小僧、クルセイダーの血を……引いていたとは」
「……!」
小さく肩を震わせながらランドルマンが言う。
まさか、ヘスがランドルマンを……?
「ヘス達は何処だ」
「……ガキ共は逃げた」
ガーランドの問いにランドルマンは小さくつぶやき、ゆらりと立ち上がった。
ヘス達は逃げた。その言葉にガーランドは安堵したが、ランドルマンのその姿につい表情が固まってしまう。
ここまでやられたランドルマンは見たことが無い。
魔術院の中でも指折りの「暴力」を持つと言われているランドルマン。目の前の男はその言葉が霞むほどの姿だ。
「お前を待っていた……ガーランド」
俯いていた顔を上げ、血に濡れた目をガーランドへ投げつける。だが、その目に以前の力は無い。どれほどの力で殴りつけられたのだろうか。馬車にでも跳ねられたのかと思わんばかりに腫れ上がった顔。視線は虚ろで、正に気力で意識を保っていると言っていい姿だ。
「やめておけ。敗者に手をかけるのは趣味じゃない」
「……計画は、進行中だ。お前を殺せば……」
ゆらゆらとランドルマンがガーランドに歩み寄る。その足取りには力なく、今にも崩れ落ちそうな勢いだ。
「計画……この惨状はお前ら魔術院が関係しているのか?」
傀儡兵に、あの炎の球。あれほどの魔術をパルパスが用意出来たとは思えない。やはり裏で手引していたのは……魔術院か。
ガーランドがランドルマンに斬りつけるような怒りが篭った視線を送る。
「もう……もう遅い……すべては計画通り始まり……止めることは出来ない」
ランドルマンが力なく、ガーランドのシャツの襟を掴む。
「もう止めることが出来ねぇんなら、詳しく教えろ」
「……ジンとヴァイスは昔から通じていた。今回の作戦を実行するために……ブランを泳がし、協会を二分させた。目論見通り、協会は二分し……ジンが裏で糸引く『強硬派』が協会の実権を握った」
ランドルマンの言葉に、ガーランドは眉を潜めた。
成る程、すべてはこのためか。あの禁呪騒動も、ギュンターを廃人に追いこんだ事もすべて。パルパスと共にハイムを滅ぼし、この国の実権を握る。そういう事か。
と、ガーランドがランドルマンの腕を捻り、その手をシャツから離す。まるで赤子の手をあやすように簡単にシャツから引き剥がされたランドルマンは、ずるりと地面にへたり込んだ。
「クッ……お前を……殺す……」
「俺を殺してどうする」
へたり込んだまま睨みつけるランドルマンにガーランドが静かにささやいた。
「ジンの目的は、パルパスとの協力体勢の元、新しいシュタイン王国で今以上の権力を握ること。そんな所だろう。そしてその計画は問題無く進みつつあるなら……何故お前は俺にこだわる」
「……最後に勝つのは……俺だ。ジンじゃ無い。その為に、お前の首を……奴に……」
そう言うランドルマンの目は、半ば憎しみにも似た感情が伺える目だった。権力者に対する羨慕と己の野望がにじみ出た嫉視。
ヘスにやられた事が彼の自尊心を失わせ、そうさせているのか、それともこれがランドルマンの本当の姿なのか。
冷徹な魔術院のエリートエージェントでも、燃え盛る様な怒りを纏ったクルセイダーの姿でもない、ランドルマンのその姿にガーランドは哀れみすら感じてしまった。
「取引しようぜ。ランドルマン」
「……?」
ガーランドは屈み込み、ランドルマンの顔を覗きこむ。
血に飢えた狼ではなく、欲に縋る狼であれば、手懐ける事は可能だ。
「俺はこれからヴェルドへ向かう。お前の策略で出された大協約違反を覆し、俺達の身の潔白を主張するつもりだったが、辞めだ。……ジンを失脚させる」
「失脚……だと?」
「ジンを失脚させれば、そのくだらん企みは失敗し、さらに、ジン一派であるお前が俺達にかけた大協約違反も無効になるだろ」
だが、ガーランドのその言葉にランドルマンが弱々しく笑みを浮かべる。
「ククッ……失脚、だと? 俺にジンを失脚させることに協力しろ、と?」
「そうだ」
「俺に何の得がある」
もっともな疑問だ。甘い蜜がなければ忠実な猟犬は裏切らない。そんなことはガーランドには百も承知だった。
「まず、お前の傷を治そう。さらに、お前にジンの後を継がせてやる」
ジンのポジションーー協会魔術院のトップ。
「……お前にそれが出来るのか」
普段であれば意にも返さなかったであろう提案にランドルマンの心が動いた。
「……俺の身柄をお前にやる」
「何だと?」
「俺の身柄を拘束し、ジンの元へ連れて行け。後は……俺が終わらせる」
ガーランドは静かに言った。
命にかけて、ララ達への償いをすると心に決めた。その覚悟はできている。
「……自ら死を選ぶつもりか」
「タダじゃ死なねぇ。嬢ちゃん達を助け、この国をゴミどもから救う。ジンを失脚させた後、後を継いだお前の言葉でパルパスとの共闘体勢を崩し、お前は救国の英雄にでもなればいい」
ガーランドの言葉は悪い話じゃない。上手く行けばジンの権力をまるごと受け継いだ上に、内戦を終わらせた英雄として讃えられる可能性も高い。
悪い話では無い。
「……いいだろう、ガーランド」
狼は餌に食いついた。
ランドルマンが囁いた返答に、ガーランドが小さくほくそ笑む。
俺に出来る事を全うする。スピアーズには非情だと思われるかもしれんが、それはララ達を探すことではなく、暴走している魔術院を止める事だ。俺にしか出来ない事。
ガーランドは立ち上がると、ベストを脱ぎ、瓦礫にそれを掛ける。そしておもむろにサテンの裏生地にランドルマンの血でメッセージを書き綴った。
ーーララとヘスを探せ。彼らは生きている。目的地を目指せ。
チラリと東の空に陽の光が見えた。
パルパスの兵士達だろうか、遠くで甲冑がすり合う音が聞こえる。
グズグズしていられない。
ガーランドはランドルマンに肩を貸し、その身を起こすと、ゆっくりと歩み始めた。
スピアーズ達がこの廃教会を訪れ、メッセージを発見すると信じて。