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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第25話 心の変化

 ラッツが目を覚ましたのは、古びたベッドの上だった。

 すえたカビの臭いと壁の隙間から差し込む陽の光。ラッツはしばらく自分の身に何が起きたのか判らないまま、ぼんやりと天井を見上げていた。

 確かナチと一緒に、バクーさん達を助けるために追いかけて、それでーー


「うっ……」


 ラッツの額からピリ、と痛みが走った。手で触れると、丁寧に包帯が巻かれているのが判る。

 そうだ、すぐにパルパスの騎士達に囲まれてしまった。でもこうしてベッドの上にいて、手当をされているということは助かったということだろうか。


「あ、気がついた」

「えっ?」


 ベッドのヘッドボードにちょこんと止まっていたアポロがラッツの顔を覗きこむようにしてつぶやいた後、バサリと飛び立つ。

 今のは、白いカラス? しかも、トト君と同じように人語を話すカラスだ。

 アポロがくぐった、扉があったと思わしき木枠を見つめたまま、困惑した表情でラッツが固まった。


「ええと……」


 どうしよう。手足に枷が着けられていない事から、パルパスに捕まっているわけじゃなさそうだ。

 後を追いかけようと、ラッツが身をゆっくりと起こしたその時、バタバタと慌てるように誰かが駆け込んできた。


「ラッツ!!」

「えっ……あ……! ナチ!」


 駆け込んできたのはナチだ。甲冑を脱ぎ、亜麻色のリネンチュニックと黒のレギンスに着替えている。

 ナチも無事だった。

 その事にラッツも胸を撫で下ろした。


「ラッツ、よかった!」


 ベッドの傍らに滑りこむようにナチが駆け寄る。今まで見たこともないような嬉しそうな表情を見せるナチに、ラッツは思わず俯いてしまった。

 ナチのその嬉しそうな姿が原因じゃない。助かってよかった。不意にそう口に出しそうになってしまったからだ。

 

「……ラッツが考えてる事、判るよ?」

「えっ?」


 ラッツの表情に何かに気がついたナチがベッドに腰掛けながら、続ける。


「軍人としてあそこで忠義を尽くし、戦い、散るべきだったんじゃないかって思ってるっしょ?」


 ラッツは何も返せなかった。

 ラッツもナチも一人の騎兵で軍人だ。死を覚悟して上官を助けに行ったものの、敗れ、生きながらえてしまったのは事実。嬉しくも有り、しかしそれ以上に歯がゆく、そして情けない気持ちがラッツを襲った。 


「でもね、ラッツ。私はそうは思わない」

「……!? どういう意味?」

「ン……と、上手く言えないんだけどね。……私達の目的は『死ぬこと』じゃないでしょ?」


 ナチの言葉にラッツは息を飲んだ。


「私達の目的は、ヴィオラ閣下とバクーさんを助ける事……でしょ?」

「う、うん」

「だったらさ、助かってもう一度二人を助けるために戦えるんだから、喜ばなきゃ損でしょ?」


 違う? とナチが肩をすくめる。

 確かにナチの言うとおりだ。恥とか歯がゆいとかいう感情は、自分に向けた物であって、ヴィオラ閣下やバクーさんに向けたものじゃない。

 もう一度二人を助けるために戦える。その言葉で心の奥底からふつふつと力が湧いてくるような気がした。


「そうだね、ナチ。でもすごくナチらしい合理的な考え方」

「……それって、褒めてんの? 喧嘩売ってんの?」

「ほ、褒めてるんだよ!」


 ジトリと鋭さをましたナチの目をなだめるようにラッツが慌てて続けた。

 機嫌を損ねて殴られでもしたら、多分、助からない。

 それだけはやめてと祈りつつも思わず身構えてしまったラッツだったが、何も起こらなかった。ちらりとナチの姿を薄目で確認するが、腕を組んでそっぽを向いたまま何か言いたげにしているだけだ。


「あ、あれ?」

「……何よ」

「いや、いつもみたいにツッコミがくるのかと……」

「何よそれ。人を暴力女みたいに」


 いや、仰るとおりでしょ。とラッツは言いかけたが必死にその言葉を飲み込んだ。

 何かがおかしい。さっきの嬉しそうな表情と言い、なんかこう、しおらしいというか。


「ど、どうしたのさ、ナチ」

「い、いやさ、その。なんだ。あの時、ラッツが私を突き飛ばしてさ……」

「あ……」


 槍斧ハルバートの可動範囲を広げる為に、おもわずナチを突き飛ばしてしまった。それも渾身の力で。普通だったら怒られるどころの話ではない。だけど、あの時は非常時だったし、助かったわけだし、しっかりと謝ったら許してくれる……かな。

 この後の仕打ちを想像して思わず青ざめてしまうラッツをよそに、ナチが続ける。


「えっと……その、ありがとな。助けてくれて」

「……はい?」


 これは一体どういうことなのだろうか。ナチが素直にお礼を言うなんて。以前、演習の中隊同士の模擬戦でナチの小隊の危機を救った時は「支援にくるタイミングが遅い」だの「もう少し早かったら損害は軽微で済んだ」だのといった憎まれ口を叩かれた。

 なのにどうだ、今目の前に居るナチは……まるでウブな町娘の如く恥じらいを見せながらお礼を言っている。

 ラッツはまだ夢の中に居るのではないか、と自分の頬を抓ってみるが、当然のごとく痛かった。


「……ちょっと、何か言いなさいよ」

「え、あう、うん。いや、とんでもない」


 ナチの意外な反応は本当のようだ。

 可愛い所があるじゃないか。

 そんなナチを見て、ついラッツは笑みを零してしまう。


「何笑ってんだ」

「あ、いや、御免」


 フン、とナチはそっぽを向くが、聞こえるか聞こえないか程の小さな声で続ける。


「……ちょっとカッコ良かったぞ」

「……はい?」


 聞き間違えか、それとも夢なのか。

 ラッツは自分の頬を抓ってみるが、当然のごとく痛かった。

 

***


 ラッツが目覚める少し前ーー

 スピアーズ達とナチはパルパスの騎士達から逃れ、モーリスから少し離れた場所に身を潜めていた。

 モーリス内は広く、廃屋など幾つでもある為、ガーランド達と合流するためにもとどまるべきとリンは主張したが、まずは重症だったラッツの手当を優先するために離れたほうが得策だとスピアーズが判断したからだ。

 

「よくこんな廃屋を見つけられたモンだ」


 リビングとして使われていたであろう、ひときわ大きい空間に腰掛けたカミラがルフをあやしながら、そう漏らした。

 辺りには疲労の色を見せるリンとスピアーズ、そしてナチの姿もある。

 疲れて居たのはリンとスピアーズだけではなかった。モーリスに到着したのは昨晩。休む暇なく結果的にこの廃屋に逃げ込む事になり、全員が疲労困憊と言った状態だった。


「モーリスに到着する前に幾つかいざというときのために確認しておいた」 

「成る程。流石だね」  

「それよりも……」


 スピアーズが視線をナチに送る。

 情報を得たい。スピアーズはそう考えているようだった。


「……助けていただき、ありがとう御座います」


 誰かは判らないけど、私とラッツを助けてくれたことは事実だ。

 スピアーズの視線に気がついたナチが丁寧に言葉を選び、頭を垂れた。 


「私はキンダーハイム装甲騎兵団に所属しておりますナチ、それにあの騎兵はラッツと言います」


 ナチの言葉にそれぞれが己の名前を返答した。

 危険はなさそうだ。ナチだけではなく、スピアーズ達もそう感じた。


「キンダーハイム……ハイム軍のエリート騎士団ですか」

「ですが、今や頭を失った烏合の衆に過ぎませんが」

「頭を失った? 詳しくお聞かせ願えませんか?」


 こくりとナチがスピアーズに頷き、続ける。


「モーリスには一個大隊が駐留していました。師団長ヴィオラ閣下とともにです」

「ヴィオラ公爵、ですか」


 噂に聞いたことはある。キンダーハイムを率いているのは有能な女性騎士だと。戦場を鷹の様に舞う姿から着けられた字名は『黒鷹』だという。


「最初は一匹の傀儡兵キメラでした。突如現れた巨大な傀儡兵キメラに街は混乱し、そして続けて現れたあの炎の球と大量の傀儡兵キメラ……」

「やはりか」


 スピアーズが眉をひそめる。やはりパルパスは魔術をこの内戦で使った。それも堂々と。


「同時にモーリスに入ったパルパスによって、大隊は壊滅しました。そして、ヴィオラ閣下と私達の上官が捕らわれてしまって……」


 悔しそうな表情を浮かべ、ナチが俯く。


「私達はとある目的でヴァルフォーレに向かっていた途中でした。この騒動に巻き込まれたのは不運としか言い様がないですが」

「ヴァルフォーレ?」


 ヴァルフォーレという言葉にぴくりと反応したナチに、スピアーズが頷く。


「そうです。一緒に来た仲間ともはぐれてしまいました。ラッツさんが目覚めたら、私達はモーリスに戻るつもりです」

「……スピアーズさん、無理を承知でお願いがあります」


 ナチが丁寧に座り直し、硬い表情のまま続ける。


「ヴィオラ閣下達はきっとヴァルフォーレに連れて行かれたのだと思います。モーリスより北にパルパスの拠点は本拠地であるヴァルフォーレしか無いためです」


 話の内容がすでにつかめたスピアーズがチラリとカミラに視線を送る。

 彼女もまた、わかったとでも言わんばかりにスピアーズに視線を送り、肩を落とした。


「閣下を救い出す為にお力をお借りいただけませんでしょうか」


 この通りです、とナチは頭を下げる。

 そうなるのではないかと、助けだした時から薄々感じていた。

 女性の頼みだ。目的のない旅であれば助力するのもやぶさかではない。だが、今は違う。少しでも早くガーランド達と合流しなければならない。


「困りましたね」


 どうするか、とスピアーズがリンに返答を求めるように視線を移す。


「……簡単じゃない。そんな事」

「ほう?」


 リンの意外な返答にスピアーズが目を丸くした。「私達の知ったことじゃない」と突き返すと思っていた。


「ナチさん、私達はモーリスの街ではぐれた仲間を探します。その後で良ければ共にヴァルフォーレに行きましょう。私達も急ぎヴァルフォーレに向かいたいので、その道中に追いつけるかもしれません」


 それでいかが? とリンが全員の顔を順に見る。

 確かにそれであれば何も問題はない、か。だが、あの時、ナチとラッツを助けた時と同じく、リンは意外な返答をする。どういう心の変化なのだろうか。

 スピアーズは思わず笑みを零してしまった。


「どうかしまして?」

「ククッ、いや、なんでもない」


 手で制したスピアーズの言葉に間髪入れず、ナチが続ける。


「それで構いません。有難うございます」


 もう一度ナチが頭を下げたが、表情は曇ったままだ。

 原因は、あのラッツという騎兵だろうか。カミラとリンが手当を行ったが、額の傷がかなり深いらしく、どうなるかわからないと言っていた。当然ながら命を落としてしまえば、天に召した命を助け出す手段など魔術を使っても不可能だ。

 

「今はただ祈りましょう。ラッツさんが助かる事を」


 スピアーズの言葉にナチは小さく頷く。

 だが、ナチの心配はすぐに無に帰した。


「目が覚めたよ!」


 その言葉にナチは思わずスピアーズの顔を見る。

 自分がパルパスの神父だということをナチに教えるのは得策ではないと思ったスピアーズは、祝福の言葉を飲み込み、ただ小さく肩をすくめただけだった。

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