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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第23話 想い

 殿を歩くパルパスの銃士が近づく影に気がついたのは、彼の槍斧ハルバートが目前まで迫った時だった。

 ハイム騎兵特有の雄叫びを上げず、音もなく現れたラッツが、薄暗い闇に紛れ槍斧ハルバートの切っ先を銃士の喉元に突き刺す。


「ウッ……ク……」


 ハイムの残党兵だ。

 薄れる意識の中で銃士は声を立てようともがくが、すでにそれはかなわなかった。

 喉元を抑えながら崩れる銃士に姿に、ラッツは恐怖で膝が笑ってしまいそうになったが必死で押さえ込む。

 恐れるな。躊躇なく、慈悲なくただ斃すのみ。


 銃士から槍斧ハルバートを抜き取る間に、ナチがラッツの脇をすり抜ける。

 松明を持った騎士の側にバクーの姿が見えた。距離にして十メートルほど。パルパスの銃士、それに甲冑を着た騎士の姿も見える。

 数では明らかに劣っている、が、奴らはまだこちらに気づいていない。

 勝機はこちらにある。

 ナチの後を追い、ラッツが走る。


 ラッツとナチは一陣の風のように切り抜けた。

 次の銃士の脇腹をナチがかっ斬り、隣の銃士の足を切り落とす。斬撃を放つ事でスピードがおちてしまったナチを乗り越え、次の銃士達にラッツが槍斧ハルバートをなぎ払うーー

 

「敵襲ッ!」


 ラッツが薙ぎ払った槍斧ハルバートで二人の銃士が倒れた次の瞬間、騎士の声が闇に轟いた。

 流石に気が付かれたか。だが、補足されたわけじゃない。それにスピードに乗っている。このまま押し通る。

 すぐにでも雄叫びを上げてしまいたい気持ちを押さえつけ、無言のままラッツとナチはさらに駆け抜けた。

 

「小勢の残党兵ッ!」


 盾と剣を構えた騎士が二名立ちふさがった。だが、見当違いの方向に剣を向けている。

 大丈夫、行ける。

 ラッツは己のそう言い聞かせた。狙うのは、甲冑の隙間ーー


「……フッ!」


 丹田に力を込め、息を吐くと同時に槍斧ハルバートを突き出す。狙いすまされたラッツの槍斧ハルバートは丁度甲冑の胸部と腕部の

隙間に滑り込み、騎士の肉を切り裂いた。

 

「がぁッ!」

「!? 小癪なッ!」


 痛みに悶え、一人の騎士が崩れるが、もう一人に補足された。崩れる騎士の向こう、剣を振りかぶり距離を詰めてくるのが見える。

 熟練兵ではない。槍斧ハルバートを持った騎兵相手に無謀にも袈裟斬りを放ってくるなど、愚の骨頂だ。

 ラッツは突き刺した槍斧ハルバートを抜き取るとスピードを落とさず、もう一人の騎士に槍斧ハルバートを向けた。

 その狙いは同じ甲冑の隙間ではなく、足。乱戦で隙間を狙うなど不可能だ。

 くるりと槍斧ハルバートをひねり、柄の部分で騎士の足を払うーー

 予想だにしなかった方向から受けた一撃に重心が傾き、騎士は大きくバランスを崩してしまう。


「うおッ!」

「……ハァッ!」


 ラッツの背中からナチが飛び出し、大きく振りかぶった剣に体重を乗せ、バランスを崩した騎士に叩きこむ。

 「斬る」や「突く」ではなく、体重が乗ったナチの剣は騎士の兜を文字通り、叩き潰した。

 

「もう少しだ、ナチ。このまま行くよ」

「了解ッ!」


 剣で叩き潰した兜から鮮血がほとばしり、騎士が膝から崩れ落ちる。

 まさに息の合ったコンビネーション。お互いがお互いを補い合う、理想的な立ち回り。

 

 ーーだが、その理想的なコンビネーションは無慈悲な力の前に脆くも崩れ去る事になった。


「……ッ!」


 目前のバクーの後ろ姿に注視してしまっていたラッツの右側面、薄暗い闇の中から光の筋がラッツを襲う。

 それが、パルパスの騎士が愛用する槍、パイクだと気がついたのはその光が自分の兜を貫いた時だった。


「クッ!」


 次の瞬間、ラッツの兜が鮮血を携えながら宙を舞う。


「ラッツ!」

「……大丈夫!」


 槍斧ハルバートで闇の中から突き出されたパイクを払いのけ、ラッツがナチを手で制する。

 額からだらだらと生暖かい物が滴っていることがラッツに判る。

 無意識で頭を捻ったお陰で串刺しにされることは免れた。

 だが、傷は深い。


「大人しく隠れておればよかったものの」


 闇の中から現れたのは純白の甲冑を身にまとった騎士。女神をかたどったレリーフが松明の火に揺れる。

 明らかな手練。パイクを構えるその姿を見てラッツは瞬時にそう判断した。


「ヴィオラ閣下を返して頂く」

「無理だ」

「……!」


 背後のナチが息を飲んだのがラッツの耳に届く。

 ナチの目前に見えるのは、数名の騎士。囲まれた。足も止まり、地の利もすべて無に帰した。

 万事休す、か。


「……ラッツッ!!」


 騎士たちの奥、バクーがこちらに向かい叫んでいる姿が見えた。ラッツ達の姿を見て、猛然と暴れるバクー。

 すいません、バクーさん。ここで終わりのようです。だけどーーー


「ハイムの騎兵は諦めないッ!」


 ナチと背中を合わせ、ラッツが叫ぶ。

 

「ごめんね、ナチ」

「フン。アンタが謝る必要なんて無いよ。……でも最後までアンタと一緒だなんてホント最悪」

「……そう言わないでさ、ヴァルハラで待ってるよ」


 ラッツとナチがチラリと視線を交差させた。

 死んだ騎兵達の魂が集まるとされる安息の地、ヴァルハラ。忠義深い騎兵達が行き着く終着点。その場所をパルパスの騎士達の向こうに感じたラッツとナチは、覚悟を決め、地面を蹴りあげた。


 パルパスの騎士達の剣が放つ幾つもの煌きが二人の瞳に映りこむ。


 ーー母さんと父さんは元気だろうか。

 剣の煌きに導かれるように、ラッツの脳裏にふと故郷に残した母の顔が浮かんだその時、渦を巻く突風がゴウとラッツとナチの傍らを駆け抜けた。

 

***


 どうするべきかスピアーズは迷っていた。

 ルフの鼻の導くまま来てみれば、ガーランドの姿は無く、居たのは無謀にもパルパスの一団に斬り込もうとしている二人の騎兵達。


「あれ、まずくない?」


 スピアーズの影に隠れたリンがぽつりとつぶやいた。

 

「ガーランドは居ないみたいだけど、このままだと死んじゃうんじゃない? あれ」

「間違いなく、だね」


 冷静にカミラがリンに言葉を返した。

 誰の目からも明らかな自殺行為だ。蛮勇とでも言うのだろうか、二人だけであの一団に戦いを挑もうなどと。

 スピアーズが二人の騎兵の後ろ姿を見つめながら、どこか苛立ちにも似た感情を覚える。


「助けないの?」

「迷っている」


 小さくささやくルフにスピアーズは正直に答えた。

 迷っている。そうだ、俺は助けるべきかどうか迷っている。


「ひょっとして、助ける理由探してたりしてないでしょうね? ハイム軍だからどうとか」

「……いや、そこではなく」


 リンがスピアーズの顔を覗きこむ様に呟く。

 それは無い事もないが、理由など後づけでどうにでもなるだろう。迷っている所はそこではなくーー


「俺は一人じゃない。女性を引き連れて燃え盛る炎の中に立ち入る訳にはいかないだろう」


 一人ならどうにかなるかもしれない。だが、お守りをしながらパルパスの騎士達の中から全員無事に逃げ出すのは流石に骨が折れる。

 だが、そんなことを思っていたスピアーズをよそに、リンは呆れた表情を浮かべた。


「貴方ねぇ」

「何だ」

「そんな事で悩んでるなら、さっさと助けるわよ」

「……何?」


 懐から魔術書を取り出しながらリンがあっけらかんと言う。

 意外な一言だ。迷っているなら、さっさと先に行きましょう。そう言うとばかり思っていた。 


「アタシもリンも自分の身体くらい、自分で守ってみせるさ。アタシもアンタと同じように、無駄に命を散らすのを黙って見過ごすのは性に合わないんでね」


 カミラもリンに続く。

 ああ、そういえば二人とも魔術構文師クラフターであり、魔術解読師マニピュラーだった。それも高位の、だ。

 すっかり二人を「守るべき弱き者」とばかり思っていたスピアーズは、自分が滑稽に思えて来てしまった。


「でも貴方少し見直したわ」

「……?」

「いざとなったら私達のことは見捨てて、逃げるとばかり思ってた」

「まさか。ガーランドならともかく、レディ達を見捨てる事はしない」

 

 スピアーズが笑みを零しながら肩をすくめる。

 リンはスピアーズの事が少し理解できた気がした。

 この人は敵であるハイムの兵士を助ける事を意にも介していない。散らす必要の無い命は誰でも助けてしまうし、それに理由は要らない。

 多分、私達がゴートやハイムの軍人だったとしても、きっとこうして横で守ってくれる気がする。全くの想像だけど。

 この軽口は、照れを隠すため? いや、きっとどっちも本心。この人の辞書に照れるという文字は無い。


 だが、リンは思わず照れているスピアーズを想像してしまった。王子様キャラで照れているスピアーズ。リンは思わずくつくつと肩を揺らしながら笑い始めてしまう。

 そういう姿も、悪くない。


「……何か可笑しいか?」

「ふふふっ、いいえ、何も。行きましょう」

「助けるなら急ごうか。向こうも動き出したみたいだよ」


 カミラが前方を指さす。

 槍斧ハルバートを構え、走りだした騎兵の姿がスピアーズの目にも映った。 

「ああ、行くぞ」


 スピアーズが動き出す。

 パルパスの別の騎士達に気づかれる前に一気にかたをつける。

 そう考えたスピアーズの両手がぼんやりと光り輝いたその瞬間、彼らを先導するように、強烈な突風が前方のパルパスの騎士達に向かい放たれた。

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