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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第17話 防ぎようのない絶望

 後に「モーリス戦役」と呼ばれる、シュタイン王国の覇権をめぐる内戦において一つのターニングポイントになったこの事件。ある騎兵の手記の一節には「悪魔達が空から舞い降りた」と書かれるほど、それは無慈悲で、一方的な虐殺であった。

 だが、それは幾つもの策略と陰謀の元に産まれた、まさにこの国の縮図とも言える悲劇だった。


「今の爆発は何だ」


 バクーが落ち着いた声でラッツに問う。いかなる状況であれ、上官が慌てる事があってはならない。上官の動揺は部下に、そして隊全体に行き渡ってしまう。だが、そんなバクーをあざ笑うかのように、門衛の詰め所に居たままでも判る、外の混乱がバクーの耳に届く。

 

「判りません! ただあの方角は……弾薬集積所かと」

 

 表情から血の気を失ったラッツが答える。


「砲兵隊が狙われたか」 

「少佐、大隊本部に戻りましょう」


 そう提言したのはナチだ。

 パルパスがここに来るまでにはまだ時間があるはず。隊の状況を確認した上で、先手を打って出て退路を確保するのが最善か。最も避けなければならないのは、包囲殲滅ーーヴィオラ閣下だけは脱出してもらわねば。


「ララ殿、お主らは街の中に避難するのだ。こうなっては外に逃げる方が危険だ」

「わ、わかりました」


 ララがガーランドとヘスの顔を交互に見る。

 外にはスピアーズ達が待機したままだ。彼らの元に戻り、もう一度街中にーー


「スピアーズの元へは俺が行く。嬢ちゃんとヘス君は避難しろ」

「で、でも、何処に……」

「街外れにパルパスの廃教会がある。この街に安全な所はもう無いが、避難するならそこが良い」

 

 兜をかぶりながら、バクーが言う。

 その言葉を聞いた、ヘスとララが視線をあわせ、無言で頷いた。 


「ガーランドのオッサン、廃教会だからな!」

「ああ、しっかり嬢ちゃんを守ってやれ」


 これまでできなかった分をしっかりな。ガーランドが笑みを浮かべた。

 運良く例の疼きはまだ無い。ガーランドのオッサンが皆を連れてくるまで位なら大丈夫だ。


「……任せろ!」

「フッ、良い返事だ」


 ヘスが決意に満ちた目でガーランドに返す。絶対守ってやる。その表情にガーランドは何処か安堵した。


「行きましょう!」


 そう言ってラッツが詰め所の扉を開いた。

 それまで閉ざされていた外の混乱した空気が一気に詰め所に流れ込んでくる。

 地獄はもう、始まっていた。


***


「あまり驚かないんだね」

「想定の範囲内だ」


 運び屋スマグラーの放った言葉に全く動じていないランドルマンが答える。

 いわば「答え合わせ」のようなものだ。そしてその答えは合っていた。


「面白くないなぁ。……さぁ、話したんだから開放してよ」

「……フン」


 聞き出すべきものは聞き出した。もうこいつに用は無い。

 ーー俺がその事実を知っているということをジンに伝えられるのは避けるべきか。

 そう思ったランドルマンは、左腕で運び屋スマグラーの腕を捻り上げたまま、右腕を瞬時に首に回した。


「……ッ! 何を……」

「ジンに俺の事を伝えられると後々美味しくないのでな」


 悪いな。感情の篭っていない表情からそう発せられる言葉は、死の宣告のようだった。


「ぐッ……僕には手を出さないって言ったじゃないか……」

「それは、お前を泳がせていた時の話だ。各勢力への『兵器のお披露目』の為にな」

 

 協会のビジネス。その言葉が運び屋スマグラーの脳裏に浮かぶ。

 運び屋スマグラーがその体に「転送魔術書」の永久魔術エターナルマゲイアを刻まれた場所、それはブランが「禁呪」を刻まれた場所と同じ、ギュンターの実験所ラボだった。

 そしてブランと同じく、その身体に刻まれた永久魔術エターナルマゲイアをゴート、パルパス、ハイムに売るために、協会魔術院の実験所ラボからわざと逃し、生きた見本として泳がされていた。


「だから僕は今まであんた達から逃げることが出来ていたのか……ッ」

「……まさか自分の力で逃げれていたなどと、思っていたのか」


 おめでたい奴だ。その一言で、運び屋スマグラーの怒りは頂点に達した。


「……ランドルマンッ!!」


 運び屋スマグラーの身体が発光する。転送魔術が発現される前兆。逃さぬようにランドルマンが両腕に力を込める。

 凄まじい力で締めあげられる運び屋スマグラーの腕と首が悲鳴を上げた。


「ぐ……くッ……」

「お前の仕事は今日で終わりだ。ゆっくりと……」


 安め。ランドルマンがそう口ずさんだその時、背中に強烈な衝撃が走った。

 予想だにしなかったそれに、ランドルマンは受け身を取る間もなく、運び屋スマグラーの上から転がり落ちた。


「くッ……お前……」

「僕達はその子を『殺す』事を手伝うと言った覚えはありませんよ、ランドルマンさん」

 

 蹴りを放ったポーズのまま、そう吐き捨てる様に言ったのは、アルフだ。


「アタシらは『協会職員にコトの事実を聞くため』に協力したんだ。こんなガキをマジで手に掛けようなんて、アンタおかしいよ」

 

 ふざけた事を。

 あと少しの所で運び屋スマグラーの処理を邪魔されたランドルマンの目に殺意が篭もる。


「……運び屋スマグラーに気を取られている間に、さっさと行けばよかったものを」


 コートを払いながら、ランドルマンがゆっくりと立ち上がると、その姿から発せられる凶暴な空気に思わずアルフとユーリアがたじろぐ。

 あの傀儡兵キメラと対等にやりあっていた男だ。僕一人で退けられるだろうか。

 一抹の不安を感じたアルフはユーリアに自分の後ろに下がるよう、促す。


「全員殺す」


 冷たく言い放ったランドルマンが、懐から魔術書を取り出した。

 最初から魔術を発現するつもりか。

 そう判断したアルフが、瞬時に動く。

 

「させませんよッ!」


 爆発的な脚力で地面を蹴ったアルフがランドルマンとの距離を詰めると、左のフックでフェイントを入れ、右の下突きで急所の水月を狙う。フェイントで一瞬間が遅れた。この下突きは避けられない。


「フン」


 だが、ランドルマンは焦る様子もなく、魔術書を持った左手で簡単にアルフの下突きを受け止めた。まるで巨木に腕が止められたのではないかという錯覚がしてしまうほど、アルフの拳を止めたランドルマンの腕は重かった。

 アルフは思わず驚きの表情を見せる。

 多少手加減を加えた下突きだったが、並の人間に止められるはずはない。自分の腕がランドルマンに簡単に止められてしまった事に驚きを隠せなかった。

  

「うわッ……!」


 ランドルマンが半身を捻りアルフの後頭部に手を回すと、強引に上半身を屈ませ、アルフの顔面に膝を叩き込んだ。

 まさにアルフの視界に火花が散り、強烈な衝撃が身体を貫く。


「……ッ!」


 悲鳴を上げることも出来ない一撃だった。多分人間だったら、鼻の骨は粉々になり、とんでも無いことになっていただろう。

 だが、物理攻撃に比較的強い泥人形ゴーレムのアルフでも無傷とは行かない。

 視界が歪み、平衡感覚が乱れてしまう。

 そしてその隙をランドルマンは逃さなかった。


「あがッ!」


 強烈な回し蹴りがアルフの腹部に突き刺さると、ガキンという、岩石が砕ける振動がアルフの耳に伝わった。


「アルフッ!」


 ランドルマンの蹴りに耐え切れなかったアルフの腹部、臍から左わきばわにかけて大きなヒビが入り、その一部が宙に舞った。

 アルフはユーリアのすぐ近くまで吹き飛ばされてしまった。


「終わらせてやるぞ、泥人形ゴーレム


 もう一度魔術を発現させようと、ランドルマンが魔術書を開いたーー

 だが、先ほどまで左手に持たれていた魔術書が、無い。


「油断したね、ランドルマン」


 ランドルマンの後ろ、苦悶の表情でほくそ笑む運び屋スマグラーがランドルマンの魔術書を掲げている。

 一瞬の隙を着いて、転送魔術で奪ったのだ。

 魔術書が無ければ馬鹿力なだけの只の人間。僕を捕まえる手段は無い。

 運び屋スマグラーの顔がそう語っている。


「逃げな、二人とも」

「……えっ」


 運び屋スマグラーの口から発せられたのは意外な一言だった。その視線から、明らかにアルフとユーリアに向けられた言葉だ。


「助けてくれた礼だよ。僕がランドルマンをひきつけている間に……あ、その職員は置いてってね」


 連れて帰るのが僕の仕事だから、と運び屋スマグラーが言う。

 意外と恩義深い少年だな、とアルフは思った。だけど、運び屋スマグラーの少年が言うように、逃げたほうが良さそうだ。


「逃げましょう、ユーリア」

「う、うん」 


 ひび割れた腹部を抱えつつ、アルフが起き上がった。

 と、ユーリアの背後に立つ先ほどの職員の姿がアルフの目に映った。錯乱状態にある職員の表情。


「わ、私も一緒に……」


 連れて行ってくれ。

 そう言いかけた職員の身体が後ろから強烈な力で押された様に、ひとつ、跳ねた。


「うぐッ……!」


 一瞬職員の表情が固まる。

 そして、次の瞬間、その胸元から飛び出してきたのは、職員の血でそまった白銀の刃ーー


「……ユーリアッ!」


 咄嗟にアルフがユーリアの首元に腕を回した瞬間、凄まじい金属音が辺りに響く。間一髪、アルフの腕がその刃の軌道を逸した。

 が、輪切りにされたアルフの腕がボトリと地面に落ちる。


「見つけましたァ……」


 聞きたくなかった声。気だるそうにため息を吐くように漏らす、その声。

 死の宣教師アポストロフ、ロンドーー

 絶命した職員から、愛用の白銀の剣を抜き取ると、闇の中でもわかる生臭い血の匂いが辺りを支配した。その匂いに引き寄せられるのは紛れもない恐怖。


「魔術書を返してもらいますよォ」

「この非常事態のクソ忙しい時に……」


 アルフの身体を支えながら、ユーリアが吐き捨てる。

 前門の死の宣教師アポストロフ、後門のランドルマン。全くもって最悪の状態。どうにかしてユーリアだけでもにがさないと。

 と、少しづつ背後に下がるアルフの目に、夜空に舞う、幾つもの赤い光が映った。北の空に光る、光球ーー

 その光が、モーリスの街を襲う「炎の弾」だと気がついたのはロンドが斬りかかってくると同時だった。

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