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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第15話 依頼主

 運び屋スマグラーーー金さえあれば、好きな所から好きな所へ何でも運ぶ、一握りの人、組織しか知り得ない男。その運び屋スマグラーの居場所へ向かう途中、ランドルマンはそう説明した。

 彼が運ぶのは、物から人まで何でも行けるらしい。運び屋スマグラーが来れない所はなく、行けない所は無い。

 

「転送魔術の永久魔術エターナルマゲイアが為せる技だ」


 ランドルマンはそう言う。

 永久魔術エターナルマゲイア。己の身体に魔術構文を書き込み、そのまま体液を媒体とする魔術書。

 勿論それは大協約違反で、運び屋スマグラーはA級犯罪人として、魔術師協会から賞金をかけられているらしい。だが、客選びにも慎重な運び屋スマグラーは尻尾を掴ませないという。


「俺が行けばすぐに逃げてしまう。だからお前たちがコンタクトしろ」


 ランドルマンのその言葉にアルフは納得できる部分とそうでない部分があった。

 自分達に協力を求めた理由は判った。だが、なぜこの街にその運び屋スマグラーが居る事をランドルマンは知り、そして、何故逃げた職員は一部の人間しか知り得ない、運び屋スマグラーに頼ろうと思い、そしてどうして運良くこの街に運び屋スマグラーが居たのか。


 不審に思いながらもアルフとユーリアはランドルマンの後に続き、しばらく夜道を進んだ。

 どの位歩いただろうか。闇の中にぼんやりと浮かび上がったのは、半壊している十字架。パルパスの廃教会だ。

 この教会を破壊したのは、ゴートだろうか、それともハイムなのだろうか。住まうべき「主」をなくした廃教会はひどく悲しげにアルフの目に映った。


「中に運び屋スマグラーが居るはずだ。行って来い」

「その職員とすでに去った可能性はあるんじゃないですか?」


 傀儡兵キメラが現れてから、もうかなりの時間が経っている。もしその職員が運び屋スマグラーを頼ってこの廃教会に来るとすれば、僕達が傀儡兵キメラと戦っている間に居なくなってもおかしくない。

 だが、ランドルマンは即答する。


「それは無い」

「どうして言い切れるんですか?」


 アルフのさらなる問いかけに、ランドルマンの空気が一瞬凍りつく。

 面倒な奴だ。つべこべ言わずにさっさと行け。

 何も語らず、こちらを見据えているランドルマンの顔がそう語っているように思えた。


「……理由は二つある。一つ、あの職員は事の成り行きを見届ける必要があった可能性が高い。あの職員が傀儡兵キメラ生成に何かしら関与していたのは事実だろう。その事からあの職員はハイム軍がどうなったか、傀儡兵キメラがどうなったか顛末を見届ける必要があったはずだ」

 

 一瞬の間を置き、ランドルマンが続ける。


「そして二つ目。運び屋スマグラーのポリシーだ。どちらかと言うとこっちのほうが大きい」

「ポリシー?」

「奴は夜に『運ぶ』事はしない。日が明るいうちに仕事を終わらせる。例外なく、だ」


 成る程。まくし立てるように説明を終わらせたランドルマンにアルフは妙に納得してしまった。

 だが、ユーリアは違うようだ。


「ずいぶんとお詳しい事」


 ユーリアが明らかな疑惑の目をランドルマンに向ける。確かにランドルマンはその運び屋スマグラーの事に異様に詳しい。


「……理由は話した。さっさと行け」


 俺はここで待つ。丁度廃教会の死角になる一角の闇の中に潜みながらランドルマンが小さく囁いた。

 コンタクトしろと言ってもいったいどうすればいいのか。

 重要な部分を聞いていなかった。


「すいません、ランドルマンさん」


 ランドルマンが溶け込んだ闇にアルフが静かに言葉を投げかけた。

 だが、返答は無い。辺りはシンと静まり返り、遠くで騎兵の馬の蹄が石畳を叩く音がうっすらと聞こえるだけだ。


「どうしましょうか」

「……とりあえず行くしか無いでしょ」


 突然自分達が現れても、逃げられてしまうのではないか。

 アルフはそんなことを思いながらも、仕方がない、とユーリアとともに廃教会に向かうしか無かった。


***


 廃教会の半壊した扉をアルフはゆっくりと開いた。泣き叫ぶ老人の様な音が怖いくらいに静まり返った教会に響く。

 住むべき住人が居なくなった家屋と同じように、そこに居るべき「女神」が居なくなった教会もまた、なにか中身がすかすかで、芯が無くなってしまった様な感覚がある。


「……どなたかいらっしゃいますか?」


 恐る恐る発せられたアルフの声が闇に飲まれた廃教会内に行き渡る。


「誰?」


 男の声が闇の中から聞こえた。まだ若く、幼さを感じる声だ。この声の持ち主が運び屋スマグラーなのだろうか。


「え〜と、お願いがあって来ました」

 

 アルフとユーリアの目が次第に闇に慣れていく。はっきりは見えないが、丁度祭壇の近くに一人影を感じる。

 その姿を確認しようと、ユーリアが松明を掲げ、祭壇へと進む。


「アンタが運び屋スマグラー?」

「あんたら……客か。何処で僕の事を聞いたの?」

「質問してるのはこっちだよ」


 そう答えたユーリアが掲げる松明の明かりが運び屋スマグラーの輪郭を浮かび上がらせる。思った通り、まだ幼さが残る少年だ。


「……そう、僕が運び屋スマグラー。だけど、生憎先客がいてね」

「協会の職員ね」


 ユーリアのその言葉に驚いたのはアルフだ。

 

「ちょ、ユーリア、質問がストレート過ぎますよ!」

「うるさい。周りくどい質問なんか面倒くさくて出来ないっつの!」

 

 さっさと答えなさいよ、とユーリアが運び屋スマグラーに詰め寄った。

 機嫌が良くないですね。そんなユーリアの後ろ姿を見て、アルフがため息をつく。

 

「良く判んないんだけど、あんたら、この男を追ってるの?」


 運び屋スマグラーが自分の後ろを親指で刺す。運び屋スマグラーの背後、崩れ落ちた柱の影に隠れ小刻みに身を震わせている男が見える。


「ええと、彼が職員なら、そうですね」


 多分、とアルフが曖昧な返事を返す。その震えている男がランドルマンの言う職員なのかどうか確認のしようがないが、ここにいるとすればそうなのだろう。


「う〜ん、こっちとしても彼は渡せないんだよね」 


 参ったなぁ、と運び屋スマグラーが頭を掻く。


「依頼主から前金は貰っているしさ。諦めて帰ってくれないかな?」

「いや、僕達としてもそうしたいところなんですけどね……」


 そうも行かないんですよ。そう答えた瞬間、ダン、とアルフが地面を蹴り上げる。ふわりと跳躍したアルフは運び屋スマグラーの頭上を越え、背後の職員の元に着地した。


「ひッ……!」


 押し殺した様な悲鳴を上げる職員の身体をつかもうとアルフの手が伸びる。

 がーー


「力技で僕から何かを奪おうなんて考えないほうがいいよ」


 空気が破裂する音が二度響いたかと思うと、砂埃が舞い上がり、アルフの目前から職員の姿が忽然と姿を消した。


「えっ……」


 姿を消したのは職員だけではなかった。運び屋スマグラーもまた同じく姿が見えない。

 

「アルフ! 入り口!」


 ユーリアの声が木霊す。

 ーー転送した。踵を返し、入り口に視線を移したアルフの目に映ったのは、運び屋スマグラーとその傍らでうなだれている職員の姿。ドアから差し込む薄明かりが二人の影を闇のなかにくっきりと形どっている。

 

「夜は仕事しないんだけどなぁ。依頼主にお金を追加でもらわなきゃ」

「あ、待ってください……!」

 

 と、運び屋スマグラーの両腕が青白く光った。

 転送魔術。逃げられる。

 アルフがそう思った瞬間、空気が割れる音とともに教会の入り口が吹き飛んだ。

 扉が廃教会の外に舞い、二人の姿が消えたーーが。


「あがッ!」


 空に舞い上がった廃教会の扉が地面に落ちた音よりも先に、運び屋スマグラーの苦痛に歪んだ声がアルフの耳に届いた。


「ひぃぃぃッ!」


 続けて聞こえたのは、何が起こったのか判らない協会の職員の悲鳴。

 一体何があったのか。アルフは廃協会の外へ走りだした。


「よう、運び屋スマグラー


 廃協会の外に飛び出したアルフの目に映ったのは、地面に押さえつけられている運び屋スマグラーの姿と、その場から逃げ出そう地面を這いずる職員。運び屋スマグラーの身体の上にのしかかっているのはーーランドルマンだ。


「あ、あんたは……ランドルマン……ッ! クッ、一体どうやって……」


 確かに転送魔術は発現したはずなのに。

 地面に押さえつけられ、腕を捻り上げられている運び屋スマグラーが苦悶の表情で言葉を吐き捨てる。

 

「転送魔術は、その『転送』という名の通り、形をかえずに超高速による移動を行っているだけに過ぎない。その原理を知っている魔術解読師マニピュラーであればこのようにその実体を抑えることなど容易い事だ」

「へ、へぇ、それは知らなかったな」


 勉強になるなぁ、と運び屋スマグラーが笑みを漏らしながら軽口を叩く。だが、ランドルマンが捻り上げている彼の腕が悲鳴を上げると、その表情は苦痛に歪む。


「僕には手を出さない約束だろッ! まさか僕を魔術院のラボに戻すつもり!?」

「違う」


 お前の身体に刻まれた永久魔術エターナルマゲイアに興味はない。俺が今興味が有るのはひとつーー


「この職員に聞こうと思ったんだが、お前に聞いたほうが早そうだな運び屋スマグラー


 一瞬、運び屋スマグラーの表情が固まったが、ランドルマンのその言葉の意味がわかると、その顔から血の気が引いていく。

 そして、ランドルマンは悦に満ちた笑みを浮かべると、ぽつりと囁いた。


「お前の依頼主は、誰だ」

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