第13話 手がかりを知る男
傀儡兵は生物と生物を掛けあわせ、生成される化け物だ。元の生物の長所を活かし、さらに別の生物の長所を加算することで、桁外れのパワーやスピードを発揮することができると言われている。
目の前にいる傀儡兵は見たところ、ライオンと鷹らしき猛禽類、それにトカゲか何かのようないかにも固そうな皮膚を持っている。
正に化け物。
傀儡兵を冷静に分析しながらアルフは息を飲む。
「こんなおぞましい物を見るのは初めてです」
「貴様も同じようなものじゃないのか?」
傀儡兵を睨みつけたままランドルマンが言う。
「……冗談じゃありません。僕は少し変なだけです」
「砕けた腕が簡単に再生するのが、少し変なだけか」
面白い。ランドルマンの口角がつり上がったその時、傀儡兵が動く。
前足で壁面を殴りつけ、瓦礫の散弾を二人に浴びせかける。傀儡兵の強靭な筋力で放たれたその瓦礫は、一つ一つが致命傷になる、凶悪な一撃ーー
「フン」
ランドルマンが魔術書を掲げ、その身体を別の場所に転送する。
「あ、ちょっと……!」
傀儡兵の前に取り残される形になったアルフが慌ててランドルマンを追いかけるように駆け出す。
サイドステップで最初の瓦礫を避け、次の瓦礫は滑り込み躱す。直線的に向かってくる散弾を躱すのは訳ない。
ーーもしあたってしまえば、即死だろうが。
集中力を切らさず、散弾の間をすり抜け、アルフは傀儡兵との距離を詰める。
と、ランドルマンの姿が傀儡兵を挟んで逆側に見えた。魔術の発現をはじめているように見える。
となれば、僕に出来るのは、傀儡兵の注意をこちらに引く事だ。
「ハッ!」
大きく足に力を込め、踏み込み、跳躍する。その動きに傀儡兵はアルフの姿を見失ってしまったようだ。
チャンスだ。そのまま拳を振りかぶり、鱗で覆われた横っ腹に正拳を叩き込む。脚力が乗った強烈な一撃。傀儡兵までとは行かないだろうが、家屋の壁面であれば破壊することも容易い一撃だ。
だがーー
「……痛ッ!」
まるで分厚い鉄板に拳を打ち付けたような衝撃がアルフを襲う。なんて硬さだ。拳が弾かれてしまったため、アルフは空中でバランスを失い、地上に落下してしまう。
鱗に覆われている身体にダメージを与えることは無理だ。となれば、行けるのは双頭部分か。
「下がれッ!」
ランドルマンが叫ぶ。
魔術が発現するーーそう判断したアルフが地面を大きく踏み込み、後方へジャンプした瞬間、傀儡兵の足元が大きく隆起し巨大な岩の針が二本、天を衝く。
「……ッ!」
傀儡兵の身体を捉えたーーように見えたが、傀儡兵は予想していたかのように身を撚ると、巨大な翼を羽ばたかせ、上空に回避した。
針は傀儡兵の鱗をかすめただけでダメージは無い。
そして更に二人をあざ笑うかのように、傀儡兵が上空でさらに身を捻った。
「チッ!」
何かを察知したランドルマンが転送魔術の発現準備に移った。
この動き。傀儡兵が上空に上がったのは逃げるためじゃなくーー
アルフがそう思った瞬間、傀儡兵の巨体が浮力を失い地面目掛けて落下してくる。
なんと滅茶苦茶な攻撃か。
だが、ちょこまかと動く二匹の小虫を同時に踏み潰すには最適かつシンプルな攻撃。
地面がひっくり返ったのかと思うほど地面が跳ね、爆発に近い衝撃が二人を襲う。
悲鳴を上げることすら出来ない凄まじい衝撃。大きく吹き飛ばされ、まるで撞木で突かれた鐘の中に入ったかと思う程、頭の中に反響音が鳴り響く。
「うっ……く」
アルフは飛びかけた意識を必死の思いで繋ぎ止める。
背中に感じるひんやりとした感触が、地面なのか壁なのかも判らない。
「斬り裂けッ!」
間一髪、転送魔術で傀儡兵のあの一撃を回避できたのだろうか、ランドルマンの声が朦朧としたアルフの耳に届く。
幾層もの風が集まり、形どられた刃が傀儡兵の身体を斬り裂く。
金属同士の衝突音が辺りに響いた。
削り取られた傀儡兵の鱗だろうか、幾つもの灰色の破片が舞い上がりキラキラと光を放つ。
「ギャウゥッ!」
思わず身をすくめてしまう傀儡兵のうめき声が轟いた。あの強固な皮膚にダメージが通った。なんという切れ味か。
アルフの目に映るのは、サングラスの奥に光る、ランドルマンの冷たい目。
この男、やはり只者じゃない。相当な魔術解読師だ。なぜこんな人がこの街にいるのだろうか。この化け物と何か関係があるのだろうか。
「頭を狙え」
ランドルマンの声にアルフは我に返る。
この男が何者なのか、今は考えるべきじゃない。集中すべきはこの傀儡兵を仕留める事。
そう考えたアルフが傀儡兵に視線を戻す。相当なダメージを与えたのか、先ほどの一撃で傀儡兵の動きが止まっている。
ーー行ける。
鱗に覆われていない双頭であれば、行ける。
双頭の一つ、鷹の頭を目指しアルフが走りだす。
「ハァッ!」
瓦礫を踏み台にアルフが高々と跳躍する。巨大な傀儡兵の頭上を超えるほどの高さだ。そして、そこから、鷹の頭を狙い落下する。
次の瞬間、アルフの右腕に感じたのは肉を切り裂き、骨を砕く感触。
やはり頭部は鱗で覆われた身体と違い、固くはない。
アルフの右腕が鷹の頭に深々と突き刺さり、その中身を破壊した。
「……ッ!」
鷹の頭を破壊したアルフだったが、その頭にしがみついたまま、体制を崩してしまう。
根本まで突き刺さった腕が今度は抜けない。頭を一つ破壊された事で、傀儡兵が暴れ出し、アルフの身体が宙に浮く。
まずい、離れないと危ない。
なんとか引き抜こうと、左腕で破壊された鷹の頭を掴んだその時だった。
突如、幾つもの爆発が傀儡兵の身体を襲う。爆炎が傀儡兵の身体を覆い尽くし、ぐらりとその身体が揺れる。
「今のは……!」
アルフの目に映ったのは、真紅の獅子が刺繍された幾つもの戦旗。
ハイム軍の装甲騎兵だ。
「装甲騎兵、前へッ!」
「ラァァァァアァァァッ!」
モーリスの街に響いたのは女性の声。漆黒の甲冑に身を包んだ、黄金の髪の女性だ。
その女性の声に呼応するように、騎乗した装甲騎兵達が槍斧を一斉に掲げ、傀儡兵の両翼から猛烈な速度で突撃してくる。
「ギャウゥッ!」
騎兵達は傀儡兵とすれ違いざまに槍斧で斬りつけ、離脱していく。あまりの速さに傀儡兵もされるがまま、幾つもの斬撃をただ受けるしか無かった。
「剣術騎兵前へッ!」
傀儡兵の周囲を旋回しながら、先ほどの女性が再度命令を下す。
走り抜けた騎兵の後を追うように、巨大な盾と剣を持った兵士達が傀儡兵に襲いかかる。
最初の騎兵で動きを封じられた傀儡兵は、近寄るな、と前足で払いのけるが、まとわりつくように集まる剣士に次第に押されていく。
こうなればもう時間の問題だ。そう判断したアルフは、鷹の頭に両足を乗せると踏ん張りながら、右手をゆっくりと引き抜く。
穴が穿たれた鷹の頭から、シャワーのごとく真紅の流血がほとばしった。
「止めを!」
最後の命令を発する女性の声が木霊す。その声が剣術騎兵達の声に沈んで行くと同時に、まとわりつく剣士達に促されるように、ゆっくりと傀儡兵の巨体が崩れ落ちた。
***
なんとか傀儡兵を倒すことが出来たものの、ハイム軍への損害は無視できるものでもなかった。騎兵への損害は軽微だったものの、深刻だったのはやはり、剣術騎兵だった。
ただでさえ人員不足でモーリスの防御陣地構築が遅れているのに、さらにこんな事が起こるなんて。
いくつもの死体袋を悲痛の面持ちで見つめながら、バクーは頭を抱えた。
「バクー少佐!」
「……ラッツ、見つけたか」
「いいえ。ランドルマンさん、それにもう一人居たフードの男共に見つかりません」
「おのれ……この忌々しい化け物は一体何処から来たというのだ」
ランドルマン、アルフ共に傀儡兵を倒した時にはすでに姿を消していた。
騎兵達が到着する前に傀儡兵と戦っていた二人の男から情報を聞き出そうと考えたバクーの思惑は頓挫していた。
「貴様は何か見ておらんのか、ラッツ」
「ええと、僕が見たのは、魔術師協会の出張所中から現れたって事で……あ!」
ラッツは出張所に着くまでの記憶を遡る中、一人の男の姿を思い返す。
魔術師協会の出張所に着く前にあった協会職員。すごく慌てた様な表情で逃げるように去っていった。
もしかしてあの職員がーー
「バクーさん、すべての門を再度閉鎖して下さい」
「……?」
「僕とランドルマンさんが出張所に到着する直前に、慌てて出張所から出てくる職員が居たんです」
出張所のトイレの中にあった死体。あれはあの職員がやったものだろうか。いや、やっていないにしても、何かしら関与しているに違いない。
「そして、その後出張所の下からあの化け物が現れた」
「フム……その協会職員を尋問する価値はありそうだ」
もし、あの職員がこの化け物を召喚した張本人だとすれば、まだ逃げて居ないはず。何かしら企みがあったとすれば、事の顛末を見届けているはずだからだ。とすれば、職員はこれから門に現れる可能性が高い。
「俺は閣下にこの事を伝えてくる。お前はナチと共にこの事を各門を守る騎兵達に伝えてこい」
「了解しました」
すべてが後手に回っている気がする。……ふざけた事はこれで終わりだと良いが。
そう思いながらバクーはもう一度巨大な化け物の死体を一瞥すると、ヴィオラの待つテントに向かい歩き出した。




