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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第一章「失われた魔術」
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第6話 離別

「ララッ! 逃げろッ!」


 ヘスの叫び声がカフェテリアに響き渡る。ララを抑えつけるために襲いかかろうとしている二人の憲兵の姿がヘスの目に飛び込んで来た。彼らまでの距離は数メートル。二、三歩でたどり着ける距離だったが、このままでは間に合わない。そう瞬間的に判断したヘスは、全力で右手に持たれていたピロシキが入った袋を憲兵に向け放った。


「ぶおっ!」


 突然高温のピロシキを投げつけられた憲兵は面食らったようにバランスを崩し、勢い余ってピロシキが陳列された台に派手に飛び込む。陳列台が砕ける音と、大皿が地面に散乱するけたたましい音が、カフェテリアに鳴り響いた。


「へっ……! どうだっ!」


 ヘスは我ながら良い腕だと自画自賛した。が、次の瞬間、陳列台に飛び込んだ憲兵を飛び越え、ララのポンチョのフードを強引に掴む別の憲兵の姿がヘスに目に映った。


「わっ!」

「貴様ッ! おとなしく……!」

「テメェ! キタねぇ手でララを触ってんじゃねぇぞッ!」


 やばいと焦るララだったが、そんなララを援護すると言わんばかりに、トトの爪が憲兵に襲いかかった。


「ぐっ! なんだこのカラスッ!」

「ンの野郎ォォッ!」

「ぐほっ!」


 ヘスが、助走をつけ勢い良くトトの爪に怯んでいた憲兵に体当りする。そのまま地面に押し倒された憲兵は、受け身を取る暇もなく後頭部を地面に打ち付け、昏倒した。


「何突っ立ってんだッ! 逃げろっつってンだろッ! ララッ!」

「逃げるって、ハサウェイさんが!」

「ハサウェイさんの事は後で考える! 今は逃げねぇと、捕まっちまったら……」


 ララはもしかすると最悪処刑されてしまうかもしれない。その言葉をぐっと喉に戻した。処刑されるとはなにも大げさな表現ではない。「非武装条例」が定められている街での「不法持ち込み」を行った罪は重い。それも魔術構文師クラフターが生成した「特殊魔術書」を故意的ではないにしても持ち込んだとあれば、「生成者」と「所持者」両方への死刑も充分にあり得るほどの極刑に処されてしまうだろう。

 持ち込んでしまったのは自分の不注意だ。ヘスがララに「言うな」と言ったのは「生成者」としてララを巻き込みたくないと思ったからだった。


「この糞ガキがッ!」

「……ッ!」


 しまった。ヘスがそう思った時にはすでに遅かった。起き上がろうとしていたヘスを憲兵が図太い腕で抑えつけると、さらに間髪入れず、身動きが取れないように肘でヘスの顔を地面に押し付けた。


「……てめぇ! 離しやがれッ!」

「ヘスっ!!」

「その小娘を捕まえろッ!」


 ヘスを押さえつけたまま、憲兵がララを指さす。そちらを見ることはできないが、背後から憲兵の駆け出す足音がララに向かっているのがはっきりと判った。駄目か。半ば諦めに似た表情がヘスから漏れ出した。

 ――が、その足音達がララを捕らえる事は無かった。


「……ぬわぁぁっ!」


 その憲兵が間抜けだったのか、それとも神様の気まぐれだったのか。その姿を全く認識できていなかった憲兵は気絶していたハサウェイに足を取られる形で、重なるように派手に倒れ込んでしまった。


「痛っ……何、何が、ええっ!?」


 折り重なったその衝撃にハサウェイが目を覚ます。ハサウェイの目に飛び込んできたのは、破壊されている陳列台、辺りに飛び散っているピロシキに、伸びている憲兵と、押さえつけられているヘス。ハサウェイは自分が置かれた状況が全く飲み込めなかった。


「貴様っ! どかんかっ!」 

「うひぃ! ごめんなさいっ!」


 怒鳴りつける憲兵に驚いたハサウェイは「降参です」と情けなく両手を挙げる。が、その瞬間「グチュ」という、聞きなれない音と共に衝撃が彼の腕に走った。


「はぅっ……!」


 これまた運悪く後続の憲兵の股間にハサウェイの肘が見事にめり込んでいる。男であれば、つい顔をしかめてしまうようなポーズのまま、憲兵は悲鳴を上げることもできず口をパクパクと動かしながらその場に崩れた。


「うぇぇぇ!? ご、ごめんなさいぃぃ!」

「くそっ! 貴様っ!」


 「嘘でしょう」「僕は何もしてません」と言いながら手を挙げているハサウェイを押しのけ、憲兵はララに視線を移す。


「小娘っ! そこを動くなっ!」


 憲兵は怒りに満ちた唸り声を上げると、腰に携帯していたピストルに手をかけ、立ち上がりながら素早くララに銃口を向ける。これは威嚇じゃない。憲兵の指が引き金にかかった瞬間、ヘスは押さえつけられた状態のまま、比較的自由に動かすことが出来る左手でピストルを構える憲兵の右足首を力任せに掴んだ。


「大人しくせんと撃つぞっ……どわっ!」


 ヘスに足首を掴まれた憲兵が派手につんのめるように倒れこむと、乾いた破裂音を発し、暴発したピストルの弾丸が天井に深々と小さめの穴を穿った。カフェテリアを包む一瞬の静寂――――ピストル音の余韻が鳴りを潜めた瞬間、その場は叫び声と逃げ惑う人々で混乱の坩堝と化した。


「う、う、撃ったぞっ!」

「逃げろっ!!」

「何してンだっ! ララッ! 逃げろッ! 走れっ!」

「だってヘスっ!」


 両手で口元を覆い、どうしようと、ララの困惑した表情がヘスの目に映る。グズグズしてられない。騒ぎを聞きつけて新しい憲兵達も集まってくるだろう。


「トトっ! ララを連れて逃げろっ! 早くっ!」

「……! オイ、ララっ! 行くぞっ!」


 呆然としているララを必死についばみ、慌ててバサバサと羽を羽ばたかせながらトトが叫ぶ。


「ヘスとハサウェイさんを置いていけないよッ!」


 ララが懇願するように泣き叫ぶ。だが、憲兵達もララを逃がすつもりは無いようだった。

 再度、パン、という乾いた音とともに、ヘスの頭上を空気を切り裂く金切り音が通過して行った。関係の無い一般市民に当たるのを恐れたのか、運良く弾はララを逸れ、壁に命中したものの次はどうなるか分からない。


「小娘が逃げるぞっ! 逃すなっ!」


 辺りに怒りに満ちた憲兵達の叫び声が響く中、ララは涙を溜めた目でヘスを見つめた。ヘス達を残して行けない。彼女の目がそう語っていた。


「頼む、行ってくれッ、ララ……」


 ヘスは身動きが取れないままだが、弱々しい笑みを浮かべ、頷きながら小さくそう言葉を零した。ヘスのその思いがララの心を刺す。

 悲痛な表情を見せながらも、トトに引っ張られるようにララは踵を返すと、逃げ惑う人々をかき分けカフェのテラスに向かい走りだした。ララの背中でもう一度発砲音が聞こえたが、彼女は振り返ること無く一人その場を後にした。


***


 魔術師協会の出張所は未だ「禁呪書」の情報を求め押し寄せた人々の波に飲まれていた。

 ゴート商会が出した賞金は金貨五千枚とも一万枚とも噂されている。そのような大金を手に入れるチャンスはそう有るわけは無く、簡単に「ハイそうですか」と帰る者はいなかった。


「……これは難しそうですね」

「……うむ」


 出張所の入り口に半ば諦めムードで二人の男が立ちすくんでいる。同じ開襟型の青い軍服を着たバクーとラッツだ。

 駅馬車を乗継ぎ、二日かけてビビの街についたのはつい先程だった。魔術の事なので取り敢えず魔術師協会を尋ねたところ、このような状況になっていた、という訳だ。


「取り敢えず出たほうが良さそうだな」

「……そうしましょうか」


 騒ぎが発展し、暴動に近いことにでもなってしまえば、当然のごとく憲兵隊が来る。いや、その前に「協約違反」として捕縛されてしまうかもしれない。その前に取り敢えず去る事が賢明だろう。


「弱りましたね。どこからどう捜索すればいいのか」

「むぅ、バンシーの森に一番近い、非武装中立区画の街といえばビビの街なのだがな」


 出張所を離れ、大通りに出た二人は腕を組み、早速ぶち当たってしまった壁をどう攻略するべきか思案する。ハイムから遠く離れているこの街に息のかかった組織など有るわけがなく、むしろ敵対しているゴート陣営のお膝元というべき場所だ。そんなところに「キンダーハイム装甲騎兵団」の軍服を堂々と着てくる事自体が危険な行為なのだが。


「でも、こんなに『禁呪書』を探しに来ている人がこの街に集まっているということは、やはり何か情報があると思うんですが……」

「うむ。騒ぎが落ち着く時間稼ぎと合わせて情報収集をするか」

「そうですね。そうしますか」


 ふとラッツの耳に出張所の喧騒とは違う騒がしい声が届いた。ラッツの視線の先の角にあるお店から聞こえてきているようだ。野次馬らしき幾つかの固まった人影が遠目に見ているのが判る。


「バクー少佐……」

「……ん?」

「いや、なにか騒ぎが起きているようなんですが、なんでしょうか。あそこに人だかりが……」


 ラッツが指さした先、確かに幾つかの人だかりがバクーの目に映った。


「むぅ、判らんが何か事件でもあったのだろう。関係の無いことであまり時間を使いたくない。情報収集に……」


 と、踵を返そうとしたバクーとラッツの耳に、目の前の雑貨店の店員だろうか、その騒ぎを遠目に見ている、ふくよかな中年女性達の会話が聞こえてきた。


「ねぇねぇ……カフェから逃げた小さい女の子、高位の魔術構文師クラフターらしいわよ。自分で作った特殊魔術書を持ち込んだんだって! 例の『禁呪書』と何か関係あるのかしらね……」

「ほんとに? この街も物騒になったわねぇ」


 二人がほんと嫌よねぇ~と顔を見合わせ吐き捨てる。――――カフェ? 女の子? 高位の魔術構文師クラフター? 例の『禁呪書』? きょとんとした表情で、ラッツとバクーが顔を見合わせる。


「バ、バクー少佐」

「む……うむ、行ってみよう」


 どんな小さなきっかけでも、今はすがりつくのみ。野次馬達に紛れ込むようにバクーとラッツは、騒ぎの渦中にあるそのカフェに急いだ。


***


「あぁ、どうしよう……」


 涙を必死にこらえながら、ララが声を漏らす。

 カフェテリアから二ブロック程走っただろうか、裏路地へ入る小道を見つけそ身を隠すように滑り込んだ。建物の隙間にできたララが丁度入れるくらいの小さな路地。じめじめと嫌な匂いを発している裏路地の空気が、肩で息をするララの精神に追い打ちをかけているようだった。


「トト、どうしよう、ヘスとハサウェイさんが……あぁ、私のせいで……私が作った魔術書のせいで……」


 思わず両手で顔を多い、ララが塞ぎこむ。自分のせいでヘスとハサウェイさんが捕まってしまった。ララは自責の念に苛まれ、壁にもたれかかるようにして天を仰いだ。


「取り敢えず落ち着けよララ。焦ったって仕方ねぇだろ」

「助けなきゃ、何か方法を考えて、助けなきゃ」


 必死に落ち着けと暗示をかけるようにララは両手を握りしめ唇を噛む。


「何か使える魔術書を、私の魔術書店から……いや駄目だ。魔術書は持ち込めない」


 ララが困窮した表情を見せる。何か武器をこの街で買おうにも、ララのような子供に安々と売るお店はないだろう。何も策が出ないまま、ただ時間だけが刻々と過ぎていった。


「ララ、大通りは大丈夫みたいだぜ。憲兵どもは戻ってった」


 焦燥感に駆られるララを守るように、周りを監視していたトトがボソリとつぶやく。憲兵が戻ったということは、ララの捜索を一端中止し、「憲兵本部」にヘスとハサウェイを連行した上で尋問する気なのだろうか。憲兵隊本部に連行されてしまったら簡単には助け出すことができなくなる。本部には入ることさえ困難だろう。


「あとさ、ララ。お前が楽しみにしてた『ラミア魔術書房』このすぐ先みたいだぜ。でっけぇ看板が見えた」


 俺らの古書店とはちげぇな、とトトが的はずれな報告をする。この状況で何をそんな呑気なことを……と、ララは項垂れてしまうが、天啓のごとく、ララの脳裏に一筋の光が差し込んだ。


「ちょっと待って」

「どーしたよ? ララ」

「ラミア魔術書房。そうよ、ラミア魔術書房で魔術書を買えば行けるかもしれない!」

「あん? ラミア魔術書房で? 魔術書?」


 ララの思惑がトトには判っていないようで、何言ってんだ? と首を傾げる。


「いくらラミア魔術書房がデカイ書店だからっつって、そうそう使える魔術書は売ってねぇと思うんだがな」

「だから、作り直すのよ!」

「作り直す?」


 ララは、ほら、とトトに思い出させるように身を乗り出す。


「作り直すって……さっきの『携帯暖房魔術』みたいにか?」

「そう、ラミア魔術書房に売っている魔術書を作り変えるのよ! 私が!」


 ラミア魔術書房だったら豊富な種類の下級魔術書があるだろう。それを改変カスタムすれば。


「でもよ、『携帯暖房魔術』みたいなヤツはやばいんだろ? 次見つかっちまったら終わりだぜ?」

「この街で頼れる人は居ないよ、トト。私達でなんとかしないと」


 この街でなくても、憲兵からヘス達を助ける事を手助けしてくれる人など何処を探しても居ないだろう。母のような存在であるオルガであっても、無理な注文だ。


「仕方ねぇか。んで、魔術書を使ってどうやって助けるのか、算段はあンのか?」


 私に任せて。トトの問いかけに、ララは先ほどとはうって変わり、自信に溢れた表情で静かに頷いた。


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