第12話 共闘戦線
「な、ななななな、何ですかこれは!?」
ラッツが巨大な傀儡兵の威圧感に思わず後ずさる。
この化け物は何なのか。そして、どうしてこんなものが出張所から現れたのか。
「……チッ!」
ランドルマンは迷っていた。
この化け物をこのモーリスに召喚したのがジンなのであれば、何か理由があってのことだろう。それはこれから会うと言っていた、聖パルパス教会と関係がある事に違いない。
となれば、ここでハイム軍と共にこの傀儡兵と戦うのは得策じゃない。
隙を突いて姿をくらますのが良いーーと、ランドルマンが考えたその時だった。
「ランドルマンさん! 危ないッ!」
傀儡兵が雄叫びを上げながら、巨大な前足をなぎ払う。その巨体からは想像出来ないほどの俊敏な動き。
まるでおもちゃのブロックを弾き飛ばすように、いくつもの家屋の壁面を吹き飛ばしながら、傀儡兵の前足から伸びた爪がランドルマンを襲う。
「……ッ!」
傀儡兵のその巨体の為、間合いが判らない。後ろに下がるのは危険だ。
咄嗟にそう判断したランドルマンが身を屈める。
ランドルマンの判断は合っていた。ランドルマンから数メートル背後の街頭がへし折れ傀儡兵の前足はランドルマンの頭上を掠める。
「騎兵ッ! 他の奴らを連れて来いッ!」
「えッ……!?」
ランドルマンが叫ぶ。
傀儡兵は自然界に存在する生物ではない。魔術解読師の命令通りに動く「操り人形」だ。
俺に攻撃を加えるということから、魔術解読師が下した命令は、この街に居るすべての人間を殺せという命令に違いない。
ーー敵味方関係無く、だ。
とすれば、この化け物は俺の任務の邪魔をする障害以外の何者でもない。
「早く行けッ!」
「わ、判りました!」
ラッツが駆け出した事を、音で確認しながらランドルマンは懐から魔術書を取り出す。
運が良ければ、一人で処理できるだろうが、こちらがやられてしまう可能性もある。
「全力で行くぞ」
北部特有の乾いた冷たい風が、傀儡兵の脇を抜ける。その風に乗り、ランドルマンの魔術書がパラパラとめくれたその時、一体の巨獣と、漆黒の狩人が動いた。
***
「何かあったのかな?」
モーリスの北門前に立つ騎兵をじっと観察していたアルフが小さく囁いた。
だが、返事はない。
ちらりと傍らに目を送った先、アルフの肩に寄り掛かるようにユーリアが寝息を立てている。
「ちょ、ちょっとユーリア、起きて下さい!」
「ん……んあっ?」
「何か街の中であったみたいですよ」
ほら、とアルフが門を指さす。
北門の中から、別の騎兵が現れ、何から話し込んでいる。
「ふつーに門衛の交代じゃないの?」
寝ぼけ眼をこすりながらユーリアが「マジ眠い」と伸びる。
「いや、先ほど街の中から変な声が聞こえたんです」
「……変な声?」
「はい。何か獣の雄叫びの様な声です」
と、話こんでいた騎兵が二人揃って慌てて踵を返し、門の向こうに消えた。
「……居なくなったね」
「なりましたね」
「入っていいのかな?」
「入りましょう」
小さく頷いたアルフが身を屈めながら、小走りで門に近づく。辺りを見渡すが、騎兵らしき姿は無い。
と、門の向こう、街中から地面が揺れる程の轟音が聞こえてくる。
やはり何か街の中で起こっている。
「……危なくない?」
ぽつりとユーリアが言う。
確かに、こんな轟音が聞こえる位だ。何か危ない事が起こっているのかもしれない。だけど、逆にその「何か」に関わらなければ、モーリスの街の中で安全に身を隠せるかもしれない。
「危険だからこそ、逆に安全なのかもしれませんよ、ユーリア」
「なにそれ」
ユーリアが訝しげな表情でアルフを睨む。
「大丈夫です。ユーリアは僕が守ります」
「……か弱い乙女をしっかり守りなさいよ?」
責任持ってよ。と漏らすユーリアに、アルフは静かに頷く。
と、ユーリアが自分の服の端を握るのが判った。
絶対守る。命にかえても。
そう改めて自分に言い聞かせたアルフはゆっくりと門に手をかけた。鍵をかけていない門が軋み音を立て、ゆっくりと開くと、アルフの目に凄惨な街の姿を映しだした。
「な、なによアレ」
アルフの影に身を隠しながら顔だけを見せているユーリアが驚きの声を漏らす。
北門から幾ばくか行った先、少し開けた場所に見えるその異形の影。羽根が生えた双頭の化け物ーー
「傀儡兵!」
「えっ?」
「僕のこの身体と同じ、『生命付与魔術』で創られた生き物です!」
門の騎兵が居なくなった原因はあれか。それにしてもかなりの巨体だ。
あれほどの物を生成するには、かなりの熟練した魔術解読師の知識と、膨大な量の媒体が必要になるはず。
「い、行こうよ、アルフ」
そう言ってユーリアがぐいぐいと服を引っ張る。傀儡兵は何かと戦っているようで、こちらに来る気配もない。騎兵達の姿も無いし、幾人か逃げ惑う住民が居る位だ。
「走りますよ」
「うん」
門をするりと抜け、アルフを戦闘に二人が走りだす。目の前に居る巨大な傀儡兵のせいだろうか、遠近感が無く、街の一区画が異様に長く感じる。
と、突如傀儡兵が後ろにジャンプした。只のバックステップなのだろうが、その巨体から、只のバックステップであってもその距離はとてつもなく長い。
遠くに見えていた傀儡兵の後ろ姿がすぐ目の前にーー
「うわッ!」
逃げ惑う住民の叫び声が聞こえたと同時に凄まじい振動と、風圧がアルフ達を襲う。砂塵が辺りに舞い散り、崩れかけて居た家屋から瓦礫が落ちる音も聞こえる。
「ユーリアッ!」
「平気!」
背後に伸ばしたアルフの腕をユーリアがつかむ。すぐそこに傀儡兵が居る。早くこの場から逃げなければ、とーー
「ママッ!」
砂塵の向こうにうっすらと見える小さな影がアルフの目に映った。
ぬいぐるみを片手に抱えた、まだ幼い少女だ。
「ママッ! ママッ!」
少女は屈み込み、足元に転がっている瓦礫に覆いかぶさる。
危険だ。そこにいては、傀儡兵の足に踏み潰されかねない。そう思ったアルフは即座に踵を返し、少女の元へ走り出す。
「……!? アルフ」
「ユーリアはそこにいて下さい!」
走りだしたアルフの目に赤いワンピースを着た少女の姿がはっきりと見える。少女の下、瓦礫の下に見えるのはーー足が瓦礫に挟まって動けない母親らしき姿。
「大丈夫ですか?」
「あ、足が……」
骨が折れているかもしれない。
女性と子供の力ではびくともしなかった瓦礫をアルフは簡単に押しのけ、母親の足の傷口を見たアルフがそう思った。
と、その時。
「アルフッ!!」
ユーリアの声がアルフの耳に届くと同時に砂塵の向こうから、巨大な影が振り下ろされた。
危ないーー
咄嗟に逃げ出すことが出来ないと判断したアルフが立ち上がり、それを両手で受け止める。
「ぐぅッ……!」
凄まじい力。これは、傀儡兵の尻尾だ。
アルフの両足が地面にめり込み、頭上から振り下ろされたそれを受け止めた腕が悲鳴をあげ、亀裂が走った。
「早く……逃げて下さい」
「ひ、ひぃ……」
その現実離れした出来事に、少女も母親も腰を抜かしてしまったのか、もがくばかりでその場を動けない。
アルフの右腕にさらに大きく亀裂が走る。まずい、砕けてしまう。
アルフが諦めかけたその時。
「早く!」
手を伸ばしたのは、ユーリアだ。
そのまま急いでユーリアが少女と母親をアルフの足元から引きずり出すと、少女の手を引きながら母親に肩を貸し、走りだす。
「限界だ……ッ!」
アルフがうめき声を上げたと同時に、右腕が砕けた。だが、瞬時に身を捻り、傀儡兵の尻尾の下敷きにならないように距離を置く。
「ユーリアッ! 大丈夫ですか!?」
「アルフ! 大丈夫!」
二人の声に払いのけられるように、ゆっくりと砂塵が晴れていく。その向こう、アルフの視界一杯に見えたのは、こちらを見下ろす傀儡兵の双頭。
「ユーリア! 離れて下さい!」
蛇に睨まれた蛙とは正にこの事か。傀儡兵の四つの目にアルフの身が竦み上がり、その動きを封じる。
「駄目ッ! アンタも逃げてアルフ!」
ユーリアの声が響く。だが、そちらを見ることもままならない。
「すぐ後を追います! 今は、逃げて下さい、ユーリア!」
そう叫ぶアルフの頭上に傀儡兵がゆっくりと前足を掲げる。叩き潰すつもりだ。
傀儡兵の雄叫びが辺りの空気を震わせ、その足が振り下ろされるーー
「……ッ!」
傀儡兵の前足がアルフの頭上に達しようとした瞬間、金切り音がアルフの目前を横切った。
左から数回にわたって響いた金切り音が右に抜ける。
その音が傀儡兵と交差した瞬間、凄まじい衝撃音が轟き、傀儡兵の巨体が揺れた。
「自我がある泥人形とは珍しいな」
いつの間にそこに居たのか、黒いコートにスキンヘッドの男……ランドルマンが言葉を漏らした。
さっきの金切り音はこの男の……魔術だ。
あれは、転送魔術。でも、普通の使い方じゃない。
まるで助走を付けるように短い転送を繰り返しながら己の力に加速度を上乗せさせ凄まじい破壊力を生んでいる。だが、普通であれば反作用で自分の身体もただでは入れない。その反作用を自分の身体を強化する「活身魔術」で相殺しているという感じだろうか。
初めて見た「転送魔術」の戦闘での活用法にアルフは驚きを隠せなかった。
「あ、貴方は」
「一人では骨が折れていた所だ。丁度良い、手伝え」
この男に警戒感を抱いているのか、巨大な傀儡兵が距離を置き、低い唸り声を上げている。
こうなってしまっては、ユーリアを守るためには、この化け物を倒すしかない、か。
ランドルマンと傀儡兵の姿を注視しながら、アルフがそうどこか諦めに近い結論を出す。
小さな瓦礫がアルフの砕けた右腕に吸い寄せられ、次第に新しい右腕を形成し始めると、傀儡兵は大きく咆哮を上げた。