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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第10話 大切な魔術書

 ランドルマンがモーリスに到着したのは、バクー達がゴートの守備隊を排除して数時間後だった。

 フォルスタでガーランド達と接触したと報告があったのは先日だ。早ければ明日、遅くとも明後日にはガーランド達はモーリスに到着するだろう。ここで待ち構え、現れた奴らを捕らえるーー

 ランドルマンはそう考えていたが、モーリスの正門でそれは頓挫してしまった。


「現在街への出入りは禁止されています」


 門を守っている騎兵、真紅の獅子のエンブレムから推測するにハイムの騎士がそう告げる。


「俺は魔術師協会の職員だ。街の協会出張所に用事があって来た」


 そう言ってランドルマンが協会の身分証を提示する。こんな所で門前払いを喰らうわけには行かない。

 だが、上から「すべての者の出入りを禁じろ」と命令されているのだろうか、騎士は首を縦にふらない。


何人なんぴとも通すなと言われております。お引き取り下さい」

「……上官を出せ」


 らちがあかない。苛立ちを募らせながらランドルマンが低い声でそう漏らした。


「出せ、と言われましても」

「俺は協会の仕事でこの街に来た。業務妨害で貴様を逮捕することも出来る」


 ランドルマンが騎兵を威嚇する。これで通すのであれば問題ないが、無理であれば精神魔術で無理やり入るしか無いか。

 ランドルマンがそう思った時、騎兵の背後の扉が開き、二人若い騎兵が現れた。


「どうしました」

「いえ、この方が街に入れろ、と申しておりまして」

「入れろ?」


 若い男に、若い女。この騎兵の上官だろうか。ハイムに女の騎兵とは、珍しい。

 

「俺は魔術師協会の職員だ。中の出張所に用事がある」

「職員だろうとなんだろうと、今は入れない。また後日来な」


 女の騎兵が吐き捨てるように言う。生意気な女だ。

 ーーまとめて処理するか。

 ランドルマンがそう思った時、もう一人の騎兵が慌てて女の騎兵を背後からはたく。


「ナチ、そんな言い方無いだろ!」

「いたぁッ!」

「スイマセン、今この街に厳戒令が敷かれていまして、市民は現在我々ハイム軍の管理下に置かれています。ですので今街への出入りは出来ないのです」


 男の騎兵が深々と頭を垂れた。

 しかし、丁寧に説明されても従うわけには行かない。


「知ったことではない。入らせてもらうぞ」

「ちょっと、アンタ、話聞いてた!? 今中には入れないって言ってんじゃん!」

「待ってってば! ナチ!」


 掴みかからんと詰め寄ってきた女騎兵を男の騎兵がまたもや押さえつける。

 そのまま殴りかかって来てくれれば事は簡単に済んだものを。

 面倒だ。


「痛いっつってんじゃん! 馬鹿ラッツ!」

「そんなツンケンしなくていいじゃないか。騎士たるものちゃんと礼儀を尽くしてだね……」

「……あのう」


 ぎゃあぎゃあと喧嘩を始めたナチとラッツに、言いにくそうに、最初に居た騎兵がぽつりと呟く。

 

「どうしても出張所に用事があるのであれば、同行して出張所まで行く、と言うのは如何でしょうか? まぁ、中隊長に確認した上で、ですが」

「……えっ?」


 取っ組み合いの格好のまま、ナチとラッツが固まる。

 民間の組織であれば、門前払いしても差し支えないだろうが、相手は世界規模の組織だ。わざわざ、いざこざに発展する火種をおこすようなことは避けた方が良いだろう。バクーさんが許可すれば同行すればいいし、駄目であればーーバクーさんが収めてくれるだろう。


「そ、そうですね。僕が出張所まで同行させていただきます」

「ちょ……ラッツ」


 大丈夫なの、とナチが憂色を浮かべる。


「念のためバクーさんに確認してから、行くよ」


 行きましょうか、とラッツが静かに扉を開くが未だ納得がいかないのか、ナチがランドルマンに怪訝な表情を見せている。


「愛想良くしたほうが良いぞ、女」

「……なッ!?」


 すれ違いざまにランドルマンがそう囁く。


「い、今なんつった!」

「や、やめて下さい! ナチさん!」


 顔を真っ赤にしたナチが、再度ランドルマンに掴みかかろうするが、最初にいた騎兵が後ろから羽交い締めにし、押さえつける。

 そんなナチの姿を見て、ラッツはつい重いため息をついてしまった。

 ナチは類まれな戦略能力と馬術に長け、士官学校を主席で卒業したエリートだが……いや、だからこそ、男勝りで負けず嫌いな所があるのかもしれない。ヴィオラ様のように、もう少し従容たる立ち振る舞いを心がけたほうがいいと思うけどな。


「ほんと、スイマセン」


 ラッツが再度ランドルマンに頭を下げる。

 お前が謝る必要は無い、と口走りそうになったが、ランドルマンはその言葉を飲み込んだ。失礼を詫びられた方が、後々動きやすくなるかもしれない。

 無言で門をくぐるランドルマンの背後「離せ」だの「何処触ってんだ」だのというわめき声が閉じられていくモーリスの正門の向こうに消えていった。


***


「参ったなぁ」


 ヴァルフォーレから、追手を警戒し、細かく駅馬車を乗継いでやっと到着した街なのに、入れないだなんて。

 モーリスの北門で立ち往生する羽目になったユーリアとアルフが頭を掻きながら天を仰いだ。

 

「絶対駄目、ですか?」

「現在街への出入りは禁止されています」

「そこを何とか、さ?」


 頼むよ、とユーリアが門を守る騎兵に柏手をうつ。

 だが、騎兵の返事は同じだった。


「現在街への出入りは禁止されています」

「……チッ! あんだよ、お前はオウムかッ!」


 同じセリフばっか言ってんじゃねえ! と、思わず騎兵に蹴りを入れそうになったユーリアを慌ててアルフが制止する。


「ちょっと、ユーリア、やめて下さい」

「どんだけ苦労してここまで来たと思ってんだっつの!」

「仕方ないでしょう。つい先ほどまで戦闘があったらしいですし」


 とにかく、少し離れましょう、とアルフがユーリアをずるずると引きずりながら門を離れる。

 今は無理でも、モーリスの街に入る方法はあるだろう。逆に、今騎兵に噛み付いて面倒なことになる事だけは避けないといけない。アルフはそう思った。


「……んで、魔術書の発現の仕方、わかったの?」


 北門から少し離れた巨木の傍ら、ユーリアがアルフに背負わせた自分のリュックを指さし、呟いた。

 モーリスに来るまでの旅路でアルフは盗んだ魔術書をずっと読みふけっていた。しかし、魔術解読師マニピュラーの知識があるアルフだったがーーこの魔術書はまだ理解出来ていなかった。


「うーん、まだですね。やっぱり非常に難しい魔術書です」

「まぁ、だろうね。大協約で禁止されている上級魔術書だもんね」

「発現に至るまでの流れはなんとなく理解できたんですが、媒体となるものが良く解らないんです」

「……媒体?」


 はい、とアルフが魔術書をパラパラとめくりながら答える。


「大体は人間の体液を媒体にすることが多いんですが、その記載が無いんです。書いてあるのは……」

「何さ?」

「『炎を捧げ、彼の者を想うべし』って書いてるんですよね。……意味わかりますか?」

「……アタシに判るわけ無いじゃん」

 

 ですよねー、とアルフが魔術書を閉じユーリアのリュックの中にしまう。

 魔術書には、その魔術書を創った魔術構文師クラフターのメモや注意書きが書いてある事が多く、もっとじっくりと魔術書を読めば何か判るかもしれない。モーリスの街で疲れを癒やしながらそうする予定だったがーー

 再度北門に立つ騎兵に目を移し、アルフは深い溜息を一つついた。


「夜を待ってこっそり入るしかなさそうですね」


 モーリスの街を覆っているのは、ユーリアを担いでも余裕で飛び越せる程の壁だ。なんだかんだ言って、ユーリアも疲れているはずーー

 と、自分の身体に身を任せ、ぐったりとしているユーリアにアルフは気づいた。


「……どうしました? 大丈夫ですか、ユーリア」


 やはり長旅で疲れがたまっているのか、先ほど騎兵に突っかかっていた女性ひととは同一人物だと思えないほど、しおらしく、弱々しい姿がそこにはあった。

 ヴァルフォーレで死の宣教師アポストロフを撃退してから、追手の襲撃は無い。巻いたと考えて良いだろうが、それでも気が休まないのは事実だ。緊張状態が続いた上で、疲れも限界。なんとかモーリスの街に入って、休憩を取らないと。


「……なんか、疲れたよ」


 ぽつりとユーリアがこぼす。


「僕もです」

「……早く戻ってよ、アルフ」


 戻って。そう言ってユーリアの手がそっとアルフの冷たい手に重なった。温かみが感じられない、アルフの冷たい石の手。

 その現実がユーリアの疲れた心を締め付ける。


「あの時の約束、まだ果たしてないんだからね、アンタ」

「……この魔術書を発現させて、必ず戻りますよ、ユーリア」


 生前の記憶、そして、生前の身体。

 それを戻すために、そのためにアルフとユーリアは危険を侵して、ヴァルフォーレの教会から魔術書を盗んだ。

 大協約で禁止されている上級魔術、過ぎ去った時を戻す事が出来る魔術書「時空魔術書」をーー

 

「……必ず」


 アルフはもう一度、まるで自分に言い聞かせるようにそう独りごち、ユーリアの頭を抱きかかえた。

 以前の記憶が無く、自分の心の中に滲み出てくるユーリアに感じるこの感情が何なのかは判らない。

 だけれど、それがすごく自分にとって、そしてユーリアにとって大切な物で、昔に「戻る」事でそれが何なのかが判るような気がする。


 待ってていて下さい、ユーリア。

 そう心で問いかけ、アルフはユーリアの額に静かにキスを落とすと、そのひんやりとしたアルフの硬い唇の感触に、ユーリアは思わず一滴、涙を落とした。

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