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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
66/105

第9話 父

 商業都市モーリス。内戦状態にある三陣営の勢力図が交差する地点にある中規模の街だ。

 内戦が始まる前は「南のチタデル、北のモーリス」と言われるほどの一大商業都市で、北部の物流の要だった。

 だが、内戦が始まり、モーリスは地理的にハイム、ゴート、パルパスにとって攻守の要になる拠点だったため、非武装中立区画に制定されず幾度と無く各陣営の小競り合いの戦場となってしまった街からは商人達の姿は消え、昔からこの地に済む人々がひっそりと暮らす、寂れた街と化していた。


「不穏な空気、ですな。ゲルト殿」

「罠、か」


 モーリスにつながる街道脇、茂みに身を潜めながらバクーが小声で囁く。

 バクー、そしてその隣でモーリスの街を睨む騎士、ゲルトも沈黙するモーリスの街を見て胸騒ぎを覚えていた。

 静か過ぎる。

 話によると、モーリスは現在ゴート陣営の拠点として、ゴートの傭兵団が守っているらしい。だがどうだ。目視出来る距離まで来てみても、傭兵団の姿はおろか、見張りの姿すらない。


「バクー、貴様の中隊は左舷に回れ。私の中隊が右舷に回る」

「挟撃を?」

「銃士隊、砲兵隊で正面から威嚇、敵が正面に気を取られている内に、両翼から騎兵隊で押しつぶす」

「承知した」

「バクー」 

 

 急ぎ中隊に戻ろうとしたバクーをゲルトが引き止める。

 フェイスガードから覗くゲルトの顔は引きつり、緊張感があふれているようにバクーの目に映った。


「行軍を優先させるために、師団の大半をランクス近郊に残してきた。動ける部隊も少ない。数が無い以上、スピードが命だ」

「……承知した」


 ヴィオラからの「ランクスからモーリスへ転戦せよ」との令はヨハネ皇子直々のものだった。

 「速度に優れているキンダーハイム装甲騎兵団のその脚力を活かし一両日中にモーリスを落とされたし」

 それがヨハネ皇子からのお言葉だ。

 一両日中。馬鹿げた命令だ。急行軍で行けば一日とかからないだろうが、補給線が伸び、満足に補給を受けることもままならないだろう。

 だが、命令に背くわけにも行かない。

 キンダーハイムの中でも突出して突貫力のある、バクーの中隊と、ゲルト中隊、それに銃士隊一個中隊と砲兵隊一個中隊がモーリス攻略に指定された。鈍重な野戦砲など運べるわけもなく、砲兵隊の装備はは簡易な八十ミリの迫撃砲のみだ。


「いつでも行けます、バクーさん」


 バクーが中隊に戻った時、すでにラッツ達は乗馬し「その時」を待っていた。

 ついこの前まで隊付けの新兵だった若造が一端の騎士になったものだ。ラッツの姿を見てバクーはつい苦笑してしまう。


「な、なんですか、バクーさん」

「いや、なんでもない。銃士、砲兵の威嚇射撃開始後、我々は街の左舷から突入する」

「……静か過ぎますよね。胸騒ぎがします」


 そう言ったのは、ナチだ。

 ナチは女性特有のカンなのだろうか、的を得た提言をすることが多い。女性のカンと言うのは、実戦経験にまさるものがあるのかもしれないな。バクーはそう思った。


「罠の可能性もある。だから我々が確かめるのだ」

「あ、成る程」


 この娘は。フェイスガードを下ろし、バクーが小さく苦笑したその時、街道に轟音が轟いた。

 砲兵隊の発射した迫撃砲が地響きとともに、遠くに黒煙を上げ、それを皮切りに銃士隊による制圧射撃が始まる。

 

「中隊前進!」


 バクーの低い声が響くと同時にバクーを先頭に数十騎が地響きを轟かせながら街を迂回し左舷に回る。ゴートの反撃だろうか、街道沿いの家屋からパンパンと乾いた射撃音と白煙が見えた。そしてその向こうには右舷に回りこむ、ゲルト中隊の姿。

 バクーは手綱を引き、スピードを上げた。


「構えッ!」


 街の西側にある門が視線に映る。接敵の可能性が高い。そう感じたバクーは抜刀の号令を出すと、騎兵達は一斉に槍の穂先に斧頭と逆側に三本のスパイクが取り付けられた長柄武器、槍斧ハルバートを構えた。

 そのまま、大きく回りこみ、西門をくぐるーー


「突貫!」

「ラァァァアァッ!」


 門をくぐった先、開けた広場が見える。そこにあったのは、ゴート軍のものらしきテント。そこから数名の傭兵が逃げる姿が見えた。

 少数。モーリスを守る兵力は少数だ。テントの数と、逃げ惑う傭兵を見てバクーはそう認識した。

 そのまま速度を落とさず広場を突っ切る。黒い波が広場を横切り、逃げる傭兵達の背中に迫ると、ギラリと光る槍斧ハルバートが躊躇なく彼らの背中に薙ぎ払われた。


***


「被害は軽微か」

「はい、反撃にあった銃士隊に負傷者が一名ほど」


 ゴート軍が設置したテントの中、フェイスガードを外すヴィオラにバクーが答える。

 バクーとゲルトの中隊がモーリスを難なく陥落させて間もなく、ヴィオラがモーリスへ到着した。

 部下だけに危険な任務は与えられないと、一個小隊を率いてモーリスへ急行したようで、そんなヴィオラにバクーとゲルトは「閣下らしい」と半ば呆れた笑みを漏らした。

 

「守備隊はわずかだったと聞いたが」

「はい、街の正面と中央に少々。ゴートは予備兵力すら失いつつあるということでしょうか」


 そう答えたのはゲルトだ。

 敗戦が続いているゴートであれば、その可能性は高い。


「ヨハネ皇子から報告を受けた」

「は? 報告、ですか」

「パルパスとゴートが手を組んだらしい」

「……ッ! ま、まさか!?」


 声を荒げる二人をよそに、ヴィオラがテーブルの上に漆黒の兜を置き、傍らに捨ててある椅子に腰掛ける。


「この地が戦場になる可能性が高い。ゲルト、周囲警戒と防御陣地の構築、西方方面軍集団本陣へモーリス確保の伝令を送れ」

「ハッ、直ちに」

 

 防御陣地、その言葉にバクーは訝しげな表情を浮かべた。

 突貫力を武器とする騎兵隊にとって不向きな戦い、それが「防衛戦」だ。命令を下したヨハネ皇子もそれは重々承知なはず。なのに、後方部隊の到着は未だ不明のまま。

 まさかヨハネ皇子はそれを狙ってーー


「不満そうな顔だな、バクー」

「……も、申し訳ありません。ただ、今回の作戦に……」

「貴殿の言いたいことは判る。あてつけではないのか、と思っているのだろう?」


 ヴィオラの言葉にバクーは言葉を飲み込んだ。そうではないかと薄々思っていたが、やはりヴィオラ閣下自信もそう思われていたのか。


「……明日、白鷹騎士団がここに到着する予定だそうだ」

「白鷹……テベスが、ですか!?」


 思わず声を荒らげてしまったバクーは我に返ると思わず口を抑えた。

 

「フッ、テベスは一騎士団を統べる『将軍』であるぞ、バクー」

「ハッ、申し訳ありません」

「キンダーハイムに変わり、モーリスの防衛を引き受けるとの事だ。その代わり……」


 ヴィオラが挑戦的な視線をバクーに送る。妖艶でありながら、どこか恐怖を覚えてしまう艷やかな視線。

 その視線に思わずバクーはドキリとしてしまった。


「我らは更に転戦し、北方方面軍集団が交戦中のラグダに向かい、前線を突破し、ヴァルフォーレへの道を切り開くべしとの令だ」

「なッ……!」


 馬鹿な。ヴィオラの言葉にバクーは言葉を失った。


「過半数の隊を南方に残したまま、我らだけで行けとヨハネ皇子は申されておるのですか」

「……バクー、貴殿が思っている通り、ヨハネ皇子は私からどうしても『爪』をそぎ落としたいらしい」


 ヴィオラの目に苛立ちに似た色が広がる。初めて見る姿だ、とバクーは思った。


「何故、ですか」

「……バクー、ここから先を聞けば、戻れぬ茨の道だ。それでも貴殿は聞きたいか」

 

 黄金のガーリーウェーブの間から覗く真紅の唇の口角が上がり、ヴィオラは艷やかな笑みを浮かべた。

 閣下は私を誘っておられる。茨の道に。


「私はこの騎士団に入った時点で、閣下に忠誠を誓っております。どこまでもお供する所存です」


 その質問は愚問ですぞ。そのバクーの返答にふと、ヴィオラの目が苛立ちから慈しみの色に変わった気がした。


「フフ……頼もしいぞ、バクー」

「ありがたきお言葉です、閣下」


 会釈するバクーに笑みを絶やさず、ヴィオラが続ける。


「……私の目的を教えてやろう」

「は? 目的? と申しますと……」

 

 シュタイン王国の統一、ではないのですか。

 そうと言いかけたバクーの言葉をヴィオラが遮った。


「父を殺した者を探し出し、私の手で殺す事だ」


 その言葉にバクーは息を飲んだ。


「復讐……ということでしょうか」

「そうだ」


 ヴィオラ閣下の父、何者なのだろうか。そういえば、ヴィオラ閣下の生い立ちなど全く存じ上げない。知る必要も無いだろうが、とは言え、何処の家を出たなどの噂は流れてくる。だが、ヴィオラ閣下に関してはそれが全くない。


「閣下のお父上とは何者なのでしょうか」

「私の父は……」


 一瞬ヴィオラが言葉を選ぶように、息を止めた。


「私の父は、シュタイン王国の先王……覇王ランスロットだ」

「……なんですと?」


 バクーは耳を疑ってしまった。

 内戦が始まったきっかけ、それは正当な王位継承者が居なかった事だ。先王に後継者が居なかったため、従姉妹にあたる第一皇子ヨハネ、第二皇女アンナに白羽の矢が立ち、内戦が勃発した。

 

「……まさかヨハネ皇子はその事を?」

「ラグダへの転戦命令で、疑惑が確信に変わった。ヨハネ皇子はその事を知っている」


 ヨハネ皇子は知っている。その上で、ヴィオラ閣下から兵を奪いを死地で孤立させるということは、つまりーー


「まさか、ヨハネ皇子はヴィオラ閣下のお命を……いや、待ってください」


 先ほどヴィオラ閣下は「父を殺した者を探して」と仰った。

 先王は病死されたはず。病気による急死。

 急死ーーまさか。


「……先王は、ヨハネ皇子に暗殺された?」


 この先は茨の道。

 変わらない笑みを携えているヴィオラの顔を見つめるバクーの脳裏に、先ほどのヴィオラの言葉が静かに浮かび上がった。

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