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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第8話 胸を張って言える事を

 寂れた村だ、とスピアーズは改めて思った。地図で見たところ、近くに街らしき場所は無くここは南北に行き交う旅人の休憩地としてもっと発展していてもおかしくない場所のはずだが、それが全くない。

 ひょっとすると内戦の影響なのだろうか。


 季節のせいなのかと最初は思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。もう長い間使われていないと思われる家屋がいくつもある。そういえば、内戦が始まる前はヴァルフォーレへの巡礼者が数多く各地から来ていたものの、当然のごとくそれがぱったりと無くなったと聞いた。

 その余波がこれ、という訳か。


 村の一角、宿場の店主が言っていた通りスピアーズは雑貨屋らしき物を発見した。年季の入った薄汚れている木組みの家、と言っても差し支えない店舗。その古ぼけた扉を開けた店内は意外と小綺麗なものだった。


「いらっしゃい」


 雑貨屋の店主らしき老人の優しい声が店内に響いた。外界と一線を画した穏やかな空気が流れている店内。静かな暖炉の炎の音だけが、辺りを包んでいる。

 店内に居るのは自分も含めて四人。雑貨屋の店主らしき老人と、フード付きのローブを来た性別が判らない人物に、旅人らしき男。

 できるだけ人との関わりは避け、用事を済ませて宿場にもどろうとスピアーズは店主の元に向かった。


「何かお探しですかな?」


 パイプを咥え、紫煙をプカプカと浮かべながら、白い髭を蓄えた店主が笑顔で語りかける。


「食料を探していまして」

「食料? 旅の方ですかな?」

「ええ。明日朝出立するつもりなのですが、まだ先は長いもので、いつくか買えればと」

「あまり置いている物は無いが、あるのは、イノシシの肉にヤギのチーズ、鹿肉のチョップ。後はエールが少し……」


 と、店主の言葉がピタリと止まった。口元からパイプがこぼれ落ち、カツンと床を叩く。

 

「……この店の接客マナーは目を見張る物があるな、ご老人」

 

 スピアーズは視線を老人に送ったまま、いつの間にか背後に忍び寄っていた男の首を掴み捻り上げ、低い声で囁く。スピアーズの背後に居たのは、店内に居た旅人らしき男。

 その男が右手に持っていたらしい小ぶりのナイフが落ち、ストンと床に刺さる。


「な、何故……判った」


 次第に締まっていくスピアーズの指を首がら剥がそうと悶えながら男がそう漏らす。

 

「フッ、次からはしっかりカムフラージュして来い」

「カム……?」

「南方から来たにしろ、ヴァルフォーレから来たにしろ、それは旅人の履くものじゃない」


 そう言って足元を指さす。

 確かに、男のゲートルは薄い布で出来な簡易的な物だった。さらに、汚れ一つ無い、綺麗な物。


「……チッ!」

 

 そう舌打ちしたのは、老店主。カウンターの下に手を伸ばし、スピアーズの目の前に突き出したのは、回転式拳銃ピストルだ。

 先ほどの優しげな目が一変し、獲物を狙うかのような鋭い目に変貌している。

 

「面白い」


 どういう事かは判らないが、はじめから村人達は俺達を狙っていたと言うことか。

 老店主の引き金にかけた指が動いた刹那、スピアーズは半身を捻り、遠心力を加えた後ろ蹴りを放った。

 銃口から身を逸らすと同時に、背後の男に放つ蹴り。右足の裏に男の腹部にめり込んだ感覚を覚えた時と、乾いた発砲音が店内に響いたのは同時だった。

    

「ぐほぉッ!」


 首を掴まれた男がくの字に折れ、陳列台に派手に突っ込む。食器だのといった陶器が砕け散る音が耳をつんざく。

 スピアーズを狙った弾丸は彼の頬をかすめ、天井に穴を穿っていた。 


「ひッ……」


 まさかこの距離で避けられると思っていなかった店主が息を飲んだ。慌てて撃鉄を起こし、次弾が装填されているシリンダーを回転させるーーシングルアクションの拳銃だったことが老店主の運命を左右した。


「女と老人には手を出したくないんだが」


 左手で拳銃を持つ老店主の手を払い、そのまま手首のスナップを使い、無防備になった老店主の顎に裏拳を打ち込む。

 顎からの衝撃が老店主の脳を揺らし、意識を簡単に消し去るーー

 うめき声を上げる暇もなく、老店主はそのままその場に膝から崩れ落ちた。


 完全に気を失っている老店主の姿を確かめ、スピアーズは警戒を解くこと無く、身を翻す。

 店内にはもう一人客が居たはずだ。フードをかぶった客。


「流石ですね、スピアーズ様」

 

 先ほどと同じ場所に立っていたフードを着た客の静かな声がスピアーズに届く。

 女の声。そして、フードの影に見えるその女の顔を見たスピアーズの表情が曇った。


「……お前は」

「スピアーズ様、ユナ様からのご伝言です」


 女はそうささやくと、懐から一つの封書を取り出した。


***


 ヘスが思った通り、宿場内には数名のエージェントと幾人かの村人達が身構えていた。

 その一人ひとりが相当の手練であるであろうエージェントだったが、ガーランドの前に立っていられる事は出来なかった。

 一人は頭を押さえられたまま、壁に打ち付けられ悶絶し、一人は空高く舞い上がり、地面に後頭部を打ち付け、最後の一人は冷静さを失った上に我武者羅に突っ込み、カウンターの一撃を喰らい、悶絶。


「はぁ、まだまだ現役スね」


 怪我をしてハイム軍を退役したと言っていたが、あれは嘘だろ。それどころかこの前よりも更にやばくなってないか?

 その鮮やかな立ち回りにヘスは思わずため息を漏らした。


「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」


 剣とクストゥムがあればもっと行ける、と鼻息あらくガーランドが意気込む。


「ううっ……」


 手練のエージェント達を失い、意気消沈した残りの村人達がじりじりと後ずさる。その表情からは明らかな恐怖が見え隠れしている。


「お前達が協会に協力するのは、善意からか? それとも賞金が目的か?」


 後ずさる村人達にガーランドが問うた。


「……内戦で商売が上がったりなんだ。生活するためには仕方がねぇだろ」


 生きるには金がいる。村人の一人がそう言葉を漏らす。

 俺達の生活の為に死んでくれ。それが意味するものが判っているのか、各々武器を構えてはいるものの、村人達に「迷い」があるようにガーランドには感じた。だがーー


「仕方がない。命を狙うのであれば、それ相応の事は覚悟しているのだろうな」

「……ッ」

 

 ガーランドの言葉に重さが増す。

 その圧力に村人達が息を飲んだその時ーー

 村人達の背後、宿場の入り口が破られ、黒い影が舞い込む。

 揺れる栗色の髪ーースピアーズだ。


「うわっ!」


 スピアーズはそのまま背後から一人の村人の首に水平に手刀を打ち込み気絶させると、もう一人の村人の足を払い体勢が崩れた所に握られた拳を振り下ろす。強烈な鉄槌で地面に叩きつけられた村人もまた、気を失った。


「スピアーズ!」


 無事だった。思わず声を上げたのはリンだ。


「無事だったの!?」

「当然だ。……フッ、心配してくれていたのか?」

「……!」

 

 嬉しいね、と微笑みを浮かべたスピアーズに「しまった」と言いたげな表情を浮かべ、リンが口を閉ざす。


「逃げれそうかい?」

「周りは協会のエージェントだらけだ。行けるだろうが、骨が折れそうだな」


 魔術を使えばたやすくいけそうだが、目立ってしまう。出来るならば使いたくない。

 スピアーズがカミラにそう答える。

 どうやってこの場を脱出するか。馬はすでに押さえられているだろう。何か逃げ道があればーー


「地下道がある」


 と、宿場のカウンターの向こうから、弱々しい声が聞こえた。

 視線を送った先、そこに居たのはこの宿場の店主だ。


「地下道?」

「この村で倉庫として使っている地下道がある。そこを行けば、外れの洞穴に抜けれるはずだ」


 どういう事だ。思わずスピアーズとガーランドが顔を見合わせる。


「お、お前、僕達を狙ってるんだろ! なのになんでそんなことを教える!」


 うぅ、と小さく唸り声を上げながら、ルフが威嚇する。

 罠か。店主の言葉を聞いたヘスがそう感じた。がーー


「私はこの村に来る前はヴァルフォーレで沢山の客を相手に宿場を営んでいてね。だから判るんだよ、アンタ達は聞いたような悪い人達じゃない」


 優しい声で店主が続ける。


「それに、思ったんだ。もしアンタ達を手にかけることが出来たとして……そのお金で生活が出来たとして、私達の子供に胸を張って話すことができるか、ってね」


 そう言って店主は宿場のカウンターの裏、死角になっているカウンター裏の床に設置されていたらしい扉を開けた。


「……本当に申し訳ない。久しぶりのお客だったのに、こんな仕打ちをしてしまって」


 そう頭をたれた店主は、先ほどスピアーズから預かった前金だろうか、金貨が入っていると思わしき袋を差し出した。

 この店主を責める事は誰も出来なかった。

 幾つもの要因が重なって起きてしまった悲劇と言えるかもしれない。

 気にするな、とも言えず、ふざけるな、とも言えない。


「行こう」


 そう切り出したのはヘス。宿場を囲っているエージェント達がいつここに乗り込んでくるか判らない。

 ガーランドは頷くと、警戒しつつも、重い空気を引きずりながら、大きく口を開けた扉の中へ潜っていく。

 

「金は引き取らない」


 去り際、スピアーズが小さく囁いた。


「……ありがとう」

「貴方に女神の祝福を」

「アンタ達にも」 


 閉められる扉の影、変わらない笑顔の店主の顔が見えた。

 願わくば、巡礼者で賑わっていたであろう、以前の宿場村に戻って欲しい。あの店主の笑顔にスピアーズはそう願うほか無かった。


***


「見えた。あれっスね」

 

 空気の流れをたどって、ひんやりとした肌寒い空気で満たされた地下道をしばらく歩いた先、すっかり日が落ち、月明かりが差し込む洞窟の入り口らしきものがヘスの目に映った。

 

「休むどころか、どっと疲れてしまいましたわ」

「で、でも、少し休憩できたし……ね」


 月明かりを受け、怪訝な表情を見せるリンをなだめるようにララがわたわたと言葉を返す。確かに僅かな時間だったとはいえ、ベッドで休めたのは、大きいかもしれない。

 そうね、と小さく零し、リンが大きく伸びた。

 

「……それで、ご飯は買えたの?」


 僕お腹空いたよ、と言いたげにルフがスピアーズに問いかける。

 だがスピアーズはバツが悪そうに虚空を見つめたままだ。


「……途中で、釣りと野ウサギ狩りだな」

「えぇ〜ッ……」


 声を揃えて落胆の声を漏らすトト、アポロ、ルフの声が闇夜に通る。


「ま、なんとかなンだろ」

「……ちょっと、何なの、貴方のその楽観的思考」


 根拠の無い自信でそう呟くヘスに呆れ顔でリンが言葉を刺すと、そのやりとりがどうも滑稽だったのか、クスクスと押し殺したララの笑い声が響いた。


 目的地まで、あと半分。馬を失ったのは痛いが、追手が来ている以上グズグズしても居られない。

 洞窟を抜けた一同は、ガーランドを先頭に、モーリスへの道を再度歩み始めた。

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