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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第3話 裏切り裏切られ

『あの子は元気です。貴方の帰りを待っています』


 そう締めくくった手紙を優しく折りたたみ、コートの内ポケットにしまう。心臓に一番近い所に閉まっておきたいと思うのはセンチメンタルだろうか。

 そんなことをふと思いながら、ランドルマンはサングラスをかけなおした。

 家を出て、すでに1ヶ月以上経っている。

 ガーランドを罠にはめ、その権威を失墜させた上でブランの事を知っている邪魔者を消す。簡単に済むと思っていたが、まさか最初の魔女オリジンの血族が一緒だとは思いもしなかった。その御蔭で今だ奴らの影を追い続けている。


「ランドルマンさん、奴です」


 その声にランドルマンは視線をその先、何の変哲もない建物に送る。主に服の仕立てを行う仕立屋だ。ランドルマンの眼に映るのは、看板を下げ、その家の中に入る一人の男。

 ランドルマンの目的はその男だった。


「行きますか?」


 再度声を漏らしたのは、黒いベストを着た協会魔術院のエージェント。


「独りで行く。お前はここで待機していろ」

「了解しました」


 そう静かに呟いたランドルマンは建物に近づいていく。先ほどの男はこちらに気づきもせず、店の中に看板を抱えたまま入っていった。

 完全に姿がドアの向こうに消えた瞬間、歩を早めランドルマンはドアのノブに手をかける。鍵はかかっておらず、手入れが行き届いているのか軋み音一つ立てず、ドアは開いた。

 ドアのすぐ向こうに見える先ほどの男の姿。


「おや、お客さんかい? すまんね、今日はもう……」


 終いだよ、と言いかけた男の首をランドルマンは躊躇なく後ろから掴み、強引に捻り上げた。


「あがっ!」


 突然の出来事に己の身に何が起きたのか判っていない男は、小さくひしゃげた悲鳴を上げる。そのままランドルマンは絞り上げた男の身体を傍らのテーブルに叩きつけると、テーブルの上に置いてあった花瓶が落ち派手な音を立てた。


「お前に質問がある」


 静かな低い声でランドルマンが問う。


「な、何を……あ、アンタ誰だ!?」

「質問しているのは俺だ。お前はこの店の店主か?」


 重厚な威圧感のある声。対応を間違えてしまえば、死を与えると言葉にするまでもなく、判る殺意に満ちた声だ。

 その店主は得も知れぬ恐怖に、血の気が引いていくのが自分でもはっきりと判った。


「お、お、お、俺はただの仕立屋だ! こんな事されるようなことはなんもしてねぇよっ!」

「……先日、とある女がこの店に来なかったか?」

「へっ!?」


 女? 何のことを言ってるんだ。

 思いもしなかったその言葉に、店主は困惑した表情をみせる。


「女って、そんなのしょっちゅう……」

「年は十七、八ほど。銀髪の女だ」

「ぎ、銀髪……」


 店主の脳裏に先日の記憶がよみがえる。

 来た。確かに来た。雨が続いた最後の日だ。コートを来た銀髪の女、天使の様な美女がこんな店に来たもんだから何事かと驚いたから覚えている。


「来た! 銀髪の女だ!」

「その女は、何時この店に来た」

「ふ、二日前だ。雨が続いた最後の日」

「ここで何を買った」


 ギリ、とランドルマンは店主の首を掴む指に力を入れる。

 早く言え。口に出さない言葉がランドルマンの指を通して、店主の心を責め立てる。


寝袋シェラフ! 寝袋シェラフだ!」

「……寝袋シェラフ?」

「そうだ! 六つ買っていった!」


 ランドルマンの頬がぴくりと引きつった。

 遠出だ。寝袋シェラフを六つ買ったということは遠出、しかも宿には泊まらず野宿のつもりか。俺の追撃を警戒してのことだろう。六つと言うことはスピアーズとガーランド、それにあのララとかいう女も一緒だろう。分散するのであれば目的地は判らんが、一緒となれば、目的地は当てのある街……。

 セントラルのあるヴェルドか、ヴァルフォーレだ。

 足を掴んだ。ランドルマンがそうほくそ笑んだその時ーー


「貴様ッ! 何をしとるかッ!」


 店内に突如怒号が響く。

 ゆっくりと振り向いたランドルマンの目に飛び込んできたのは、漆黒の制服に乗馬長靴、革脚絆、サーベルを帯刀している憲兵だ。

 

「騒ぎ声を聞きつけて来てみれば……貴様、その男を離せッ!」

「たた、た、助けてッ!」


 手足をばたつかせ、店主が叫ぶ。


「離せと言っておるだろう!」


 そう叫びながら憲兵がサーベルを抜く。

 見たところ、他に憲兵は居ないようだ。聞きつけた、と言うことは独りだけということか。

 ーー処理すれば問題ない。

 そう判断したランドルマンが、動く。

 

 憲兵が動くよりも先に、身を翻し、ランドルマンが駆け出す。

 一瞬反応が遅れてしまった憲兵が咄嗟にサーベルを突き出すが、すでに遅かった。


「……ッ!」


 憲兵のサーベルがランドルマンの身体に届く前に、ランドルマンの丸太の様な腕が憲兵のみぞおちを捕らえる。鈍い衝撃とともに、骨がへし折れる乾いた音が辺りに響いた。


「……ぐふぅっ」


 その強烈な衝撃で憲兵が肺の中から酸素がすべて絞り出てしまう。そのまま流れるような動きで、ランドルマンは静止した憲兵の首にヘッドロックの形で腕を回す。

 うめき声すら上げる暇が無い刹那に近い時間。ランドルマンが腕に力を入れたその時、再度店内に響いたのは、骨が砕ける音。

 憲兵の頭が曲がってはならない方向に強引に曲げられた音。


「……ひ、ひぃぃいぃっ!」


 骨が砕けた音を追いかけるように、店主の泣き叫ぶ声が続く。 

 腰が抜けてしまっているのか、テーブルのすぐ脇にへたり込み、必死に足をばたつかせこの場から逃げようと店主がもがく。


「たたたたた、助けてッ……」


 ランドルマンがゆっくりと腕を憲兵の亡骸から離すと、意識を失った憲兵の身体が、そのままドサリと地面に倒れる。

 その口元から滴る鮮血が、床に赤い花を咲かせた。


「い、い、命だけはッ……!」


 次はお前だ、と言わんばかりに歩み寄るランドルマンに店主が懇願する。地面に倒れ、ピクリとも動かない憲兵の姿がより店主に恐怖を与えているようだ。

 と、ランドルマンがサングラスを外した。

 その下に見える、義眼が店主の瞳に映り込む。見た者の心を操る左目の義眼。


「お前が憲兵を殺した」

「ひ……」

「お前がこの憲兵の首を折り、殺した」


 ランドルマンが静かに囁く。その瞬間、店主にはその義眼がギョロリと動いたように見えた。


「俺が……殺した……」


 店主がそう小さくつぶやき、力なくだらりと脱力する。その視線は定まらなず、虚空を見つめたままだ。


「俺が憲兵を殺した」

「そうだ。お前が殺した」


 そう復唱するランドルマンの声に店主はガクリと気を失った。精神魔術が通った証拠だ。暗示で事実を刷り込む。精神魔術の初歩にしてもっとも有効な効力。

 と、静かに立ち上がり、サングラスをかけ直したランドルマンは自分の懐が光っていることに気がついた。携帯していた「念話魔術書」だ。


「……ジンだ」


 小さな魔術書を懐から取り出し、その上に手をかざした瞬間に耳に届く冷たい声。

 その声にランドルマンは息を飲む。

 ジン。協会魔術院の総裁のジンだ。


「……何の用、ですかな」

「フッ、ずいぶんな言葉だな」

「現在、任務中ですので」


 そう言ってランドルマンは視線を店主に送る。

 この店主はしばらく目を冷まさないだろう。このままここで話しても問題ない、か。


「手短に言う」

「どうぞ」

「私はこれからヴァルフォーレへ向かう。ヴァイス司教に呼ばれてな」


 ヴァイス司教……パルパス陣営の最高権力者にして、聖パルパス教会のトップ。司教に呼ばれたと言うことは「例」の話が進んだ、ということか。


「それで」

「セントラルに戻るまでにガーランドを始末しろ。事が進むに当たり、色々と目障りになる」

「そのつもりです」

「奴はモーリスを経由してヴェルドに向かうつもりらしい。昨日チタデルを発った」


 やはり、か。その言葉にランドルマンは笑みを浮かべる。


「知っています」 

「ほう、すでに知っていたか」

「……要件はそれだけですか?」


 冷めた言葉に、ジンの息を殺したような笑いがランドルマンの耳をくすぐる。


「そう慌てるな。もう一つある。……ゴートの連中の事だ」

「ゴートが、何か?」

「……予定通り、ゴートがパルパスの傘下に入ることになった」


 予定通り。その言葉にランドルマンは驚きを見せること無く、淡々とジンの言葉を流し込む。

 ーー全ては計画通りというわけだ。


「成る程」

「……ククッ、何事にも動じないお前を信頼しているぞ。ランドルマン」


 狡猾な男だ。ジンのその一言でランドルマンはそう思った。

 ジンは誰も信用していない。だからこそ、魔術師協会の下部組織とはいえ、世界規模の組織である協会魔術院のトップにまで上り詰めた。

 使えるものを使い、使い終われば捨てる。俺の事もそうするつもりなのだろう。


「また、連絡する」


 ランドルマンの返事を待たずにジンは念話を切った。

 ジンの冷たい声の余韻を残し、静かな沈黙が辺りを支配する。

 すべてを利用し、「仮初の地位」に上り詰めた男。

 ーー覚えておけ。捨てられるのはお前の方だ、ジン。


 「念話魔術書」を懐に滑り込ませ、仕立屋のドアを静かに開けると、冷たい風がランドルマンの頬を撫でた。

 辺りはもう静かな夜に落ちかけている。その夜に溶けこむように、ランドルマンは姿を消した。

 

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