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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第二章「想い出になる前に」
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第25話 夢の扉を

 空から色が抜け落ち、闇夜が忍び寄る足音が聞こえてくる。林道を駆け抜ける二頭の馬の蹄の音が死人のように静まり返った森に木霊する。

 先導するように、ガーランドとヘス、ララが乗った馬、そしてその後にスピアーズとリンが乗った馬が続く。

 だが、カミラのコテージへ急ぐ中、誰一人として口を開くものは居なかった。

 凍てついた風が彼らから言葉を奪っているのではない。


 スピアーズの腕にしがみつくように掴まっているリンの目に移るのは、前を行く馬から力なく垂れ下がっているララの両足。

 それは紛れもない事実。ララがリンを庇い、暗示感応夢ウロボロスを受けてしまったと言う事実。


「……どうして」


 先を行く馬をぼんやりと見つめながら、リンがぽつりと独りごちた。

 悲痛の想いがにじみ出ている、かすれた声だった。

 

「あの子はどうして私を」


 あれほど嫌味を言い、あれほど邪険にしていたのに。

 どうしてあの子は。


「君たちは……」


 手綱を持つスピアーズの静かな声がリンの耳をくすぐった。


「君たちは姉妹なのだろう?」

「……ええ。大嫌いだけれど」

「だが、君はララを気にかけている。それはララが血の繋がった君の『家族』だからだ」

「家族……?」

「ララも君と同じように、君を気にかけていた。理屈では嫌っていても心では違っていた、ということさ」


 スピアーズの言葉にちくりとリンの心が痛んだ。

 判っていたはず。気づいていたはず。ずっと気にかけていたからこそ、あの時バージェスの村でララの前に現れ、そして、気にかけていたからこそ、魔術師協会に協力しようと思った。


「理屈ではない、心……」

「そう、それが愛って物だ」

「愛……私は……」


 胸が苦しい。素直に慣れなかった私が憎い。私を我が子のように見てくれた最愛の女性ひとが殺されたのは、ララのせいじゃない。守れなかった私の非力さをララのせいにしていただけだ。

 リンの視界が滲んだ。

 ごめんね、ララ。

 死なないで、ララ。

 貴女に、ちゃんと謝りたい。


「大丈夫だ」


 リンの心を読んだかのように、スピアーズが続ける。


「俺はララを助けるために、ここに来た。絶対に死なせはしない」


 その言葉にリンの心がうずく。安心する力強い一言。

 チラリと見上げたスピアーズの横顔は自信に満ちた笑み携えていた。

 

「……ありがとう」


 それ以上、二人は言葉を交わさなかった。

 深い闇に覆われつつある森の中、リンの後悔と願いが詰まった涙の雫がひとつ、舞い散った。


***


 カミラのコテージに着いた頃には日はすっかり落ち、コテージの玄関に置かれたキャンドルランプの明かりが静かに揺れていた。

 

「カミラッ! カミラッ!」


 ララを抱えたガーランドの声が闇夜に響く。

 窓からは室内の明かりがこぼれている。中にカミラは居るはずだ。

 と、カミラの心境を代弁しているかのように、コテージの扉が軋み音を立てながらゆっくりと開いた。


「……なんだい、こんな時間に」


 怪訝な表情を浮かべ、カミラが姿を見せる。その足元にはルフの姿もある。


「あれッ? ララお姉ちゃん?」


 ガーランドに抱えられたララを見て、そのただならぬ状況を察したのか、ルフが上ずんだ声を上げた。

 

「カミラ、ララがランドルマンにやられた」

「……何だって?」


 瞬時にカミラの表情が険しくなる。


「やられたって……まさか」

暗示感応夢ウロボロスという精神魔術だ」


 その名前を聞いて、カミラの顔から血の気が引いたのがガーランドの目にも分かった。


「よりによって……。とにかく中に入んな。後ろの連中も」

「婆ちゃん!!」

 

 ガーランドを押しのけ、ヘスがカミラに駆け寄る。表情は冴えず、疲労が目に見えてわかり、今にも倒れそうな雰囲気ではあったが、その目だけはカミラの顔を見据え、力強く輝いている。


「ララを助けてくれッ!」


 ヘスがカミラのローブの裾を握る。

 カミラにはすぐに判った。ララが彼の大切な女性ひとだということが。


「……中に入んな。話はそれからだ」


 カミラが顎でヘスを中へ招く。それに応えるようにヘスが小さく頷き、ガーランドに抱えられているララを見たその時だった。

 身体が悲鳴をあげ、ヘスは思わずその場にへたり込んでしまった。

 

「おい、大丈夫か?」


 へたり込むヘスに、ガーランドが慌てて声をかける。


「身体が痛てぇ……ッ」


 身体がジンジンと疼き、視界が脈打つ。ガガーリンにやられた傷が原因なのか。


「……無理するなヘス君。君の身体も限界だ」


 死の宣教師アポストロフの一人を退けたんだ。その程度で澄んだ事が奇跡に近い。

 戦士をねぎらうかのごとく、スピアーズがヘスに肩を貸す。


「アンタもボロボロじゃないか。その小僧をあっちのソファに。リン、早く扉を閉めな」

「待って。……アポロ」


 カミラに促されるように、暗く落ちた闇にリンがポツリと呟く。

 と、闇夜の中から白と黒のカラスがコテージに舞い降りた。


「見てきたわ、リン」

「追手は来てねぇ。大丈夫だ」


 急いでコテージの中に入りながら、アポロとトトが声を荒げる。馬がコテージに到着してからも今までアポロとトトは上空で追手を警戒していた。


「……ありがとう」


 笑顔で礼の言葉を漏らすリンにトトが目を丸くした。


「なんだお前、急にしおらしくなって」


 変なもんでも食ったのか、とトトが茶化す。


「うっ、うる……!」


 うるさい、と怒鳴り返そうかと考えたリンだったが、チラリとスピアーズの姿をみると、その言葉をぐっと飲み込むと、彼女はコテージのドアを静かに閉じた。

 

***


 コテージと同じ、木組みのベッドに横になっているララが静かな寝息を立てている。ただ静かに寝ている。ララの姿を見ると一見そう思ってしまいそうだが、事態は深刻だった。

 

「完全じゃないが、夢の中に入っちまってるね……」


 ララを見ていたカミラがぽつりと呟いた。その言葉に重い溜息が場を支配した。


「……なんとかならんのか、カミラ」

「難しいね……よりによって暗示感応夢ウロボロスとは」


 ガーランドの問いかけに、カミラもまか重い溜息を零す。


「……知っているのか」

「知っているも何も……」


 再度問いかけるガーランドの言葉に、カミラがベッドの傍らに置いた椅子に腰を落とす。落胆したとも、怒りとも取れる表情を浮かべて。


暗示感応夢ウロボロスはアタシが作った改変カスタム魔術書さ」

「……!?」


 カミラの言葉に思わずその場に居た全員が耳を疑った。


「どういう事?」


 最初に言葉を投げかけたのはリンだった。


「アタシには娘が三人居た、といったね」

 

 カミラが暖炉の上の写真を指さす。若い男女と赤子三人が映った写真。


「この森に逃げ込む前、街を転々とする中、娘たちはクルセイダーに攫われた。アタシは必死に探したよ。だけど、その手がかりすら判らなかった。そんな中現れたのが、魔術師協会の連中さ」

「……魔術師協会が?」

「ガーランド、アンタが協会に入るずっと前さ。そしてアタシに奴らは言った『条件を飲めばお前を保護し、娘たちを探してやる』とね。その条件は二つ。『協会部外者へ魔術書のクラフトをするな』そして……」


 リンの脳裏に嫌な予感が走った。そんなリンを察してか、カミラはチラリとリンを見やり、続ける。


「魔術師協会に、精神魔術書の改変カスタム品を納品すること」

「……何だと」 


 思わずスピアーズが驚嘆の声を漏らした。


「その思惑を知ったのはすぐ後さ。協会の連中はその改変カスタム品を受け取ってアタシを消すつもりだったらしいけどね、それを知ったアタシは間一髪逃げ延びた。そしてこの森に着いた」

「娘たちは?」


 スピアーズがさらに静かに問いかけた。

 だが、カミラは何も返さない。それが、答え。


「……協会はアタシを裏切った。それが現実さ」


 ガーランドの苦い顔がスピアーズの目に映った。

 それが、協会の「闇」か。


「だからアタシは協会が憎いのさ。……だけど、今はそれはどうでもいい」


 今重要なのは、目の前で静かに眠る小さい少女の事。


「ララを助ける手段は?」


 スピアーズが核心を問う。作った本人であれば、対処法も分かるはず。


「助ける方法はひとつ。『心をノック』することさ」

「心を……ノック?」


 リンの声にカミラが魔術書を見せる。夕方にカミラが作り、ララ達に渡した例の「精神魔術書」だ。


「この魔術書を使ってララの夢の中に入り、暗示感応夢ウロボロスの扉をノックする」

「それでララは助かるの?」

「100%じゃないが、ね」


 カミラが立ち上がり、その魔術書をリンに渡す。


「ノックするのはできるけど、開けてくれるかはララ次第、さ」

「……こちらからは開くことは出来ない?」

「ああ、出来ないね。無理やり開いてしまえば、ララの精神は完全に暗示感応夢ウロボロスに侵食される。そうなれば、魔術解読師マニピュラーの『人形』さ」


 魔術解読師マニピュラーの人形。その言葉にあのうつろな目に変貌した協会魔術院のエージェントの姿がリンの脳裏に浮かぶ。

 そうなってしまえば、もうララは戻ってこない。


「どうやったら開けてくれるの?」

「想い、さ」

「……想い?」

「ララに対する『想い』、それにララの中の『想い』それが強ければ強いほど扉を開いてくれる可能性は高くなる」

「……成程、な」

 

 その突如返された返事に全員が驚いた。

 声の主、柱により掛かるように立っているのは、満身創痍のヘスだ。


「ヘス君……!」

「小僧、お前」


 苦い笑みを浮かべ、ヘスがふらふらとリンの元に歩み寄る。


「俺が行く。ララを、呼び戻してやる」


 ガーランドはその身体では無理だ、と漏らしかけたが、ヘスの目を見て思いとどまる。

 執念と決意に満ちた目。ララを戻せるのは俺しか居ないという目。


「……私も」


 ヘスに頷き、そう声を出したのは、リン。

 ヘスと同じく、どこか吹っ切れたかの様な目をしたリンだ。


「私も行く。ララの夢の中に」


 ララを助ける。絶対に。

 二人の脳裏にはその言葉だけがあった。


「……判った。術者はアンタだリン」


 カミラの言葉にリンが頷く。


「必ず戻ってくるんだよ、ララを連れて」

「ああ。絶対に」


 ヘスもまた力強く頷いた。

 まだ身体に残った傷はジンジンとうずき、ララを見る目は脈打っている。身体は限界のままだ。だけど、弱音を吐いている暇は無い。


 ララを絶対に死なせはしない。 

 その想いだけが、ただヘスを突き動かしていた。

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