第24話 魔女殺しのライセンス
「仕置、だと? 笑えんジョークだ!」
間髪入れず、ランドルマンがスピアーズに向け走りだす。
だが、単に走るだけではない。「転送魔術」を発現させ、右に、左にフェイントを入れながらスピアーズに迫る。
これではタイミングを予測出来ない。身構えるスピアーズだったが、次の瞬間ランドルマンの拳がスピアーズの顎を捕らえる。
「ぐっ……!」
スピアーズの身体が崩れる。
更に、正面に居たランドルマンがスピアーズの背後に転送し、背後から強烈な膝蹴りを放った。ミシリ、と身体を通して背骨の悲鳴がスピアーズの耳に届く。
「ぐあっ!」
「まだだぞ、スピアーズ」
ランドルマンがよろめくスピアーズの首に腕を回し、そのままスピアーズの左手を捻りながら、ガッチリと身体をホールドする。
「オッサン!」
ヘスがこちらに走りだしたのがスピアーズの目に映った。
うまい転送魔術の使い方。この男、戦いに慣れてやがる。スピアーズはそう考えながらもランドルマンの腕をほどこうともがくが、その度に捻った左手に激痛が走る。
「そこを動くんじゃねぇぞ、ハゲッ!」
そう言ってヘスがナイフを振り上げた。切っ先がムチの様に伸び、そして撓る。
そして、上空に伸びたそれは一筋ランドルマン目掛けて降り注ぐ――
「……ほう」
咄嗟にランドルマンが腕を解き、スピアーズの身体を蹴りあげた。
ランドルマンとスピアーズの間に距離が開いたかと思うと、その隙間にヘスのナイフの切っ先が舞い降りた。ランドルマンの頬をかすったナイフの切っ先がドスンと地面に深々と突き刺さる。
「それを上手く使いこなせるとは。やるな小僧」
頬にジリジリとした熱い物を感じ、それを親指で拭いながらランドルマンは笑みを浮かべる。
「ハッ……まさか、ね」
スピアーズも同じ心境だった。まさかあのナイフの「状態変化」までしっかり使いこなせるとは。ランドルマンと同じく、つい笑みを溢してしまう。
だが――
「ヘス君、君は早くララの元に。ここから逃げる」
「逃げる?」
「君も俺もすでに限界に来ている。今ランドルマンとやりあうのは賢い選択ではない」
ヘス君もガガーリンとの戦いで受けたダメージは深刻だ。治療魔術で多少癒やしたが、いつ倒れてもおかしくない。それに俺の魔術の媒体になる血液もかなり使っている。
ランドルマンをビビらせるために強気の言葉を吐いたものの、戦うのは無理だ。
スピアーズがそう考えたその時、駅馬車が大きく揺れた。
「ぬぅうぅぅんッ!」
低い雄叫びとともに、人影が二つ窓から飛び出てくる。地面に叩きつけられた二つの人影はグシャリと拉げる音を出し、動きを止める。
「ガーランドのオッサン!」
駅馬車の中、ぐしゃぐしゃに壊れた窓の奥に見えるのは、ガーランドの姿。その険しい表情がヘスの姿を見て和らいだ。
「……おお、小僧!」
「オッサン、無事かッ!?」
ヘスの言葉にガーランドは即座にララを指さす。
「俺は良い! 早く嬢ちゃんを!」
「……ガーランド! ララが!」
響き渡る女性の叫び声。リンだ。
そして、彼女が抱えているのは力なくうなだれているララの姿。
「ララッ!」
ヘスがララ達の元に走る。
嘘だろ、まさか。
だが、駆け寄るヘスの目に飛び込んだのは、紛れも無い現実。
虚空を見つめ、微動だにしないララの姿。
「どうしたララッ!? どうしちまったんだッ!?」
肩を掴み揺さぶるが反応はない。
ヘスの脳裏に最悪の答えが浮かぶ。
間に合わなかったのか、俺は。ララを助けられなかったのか。
「ガーランドッ! 全員を連れてこの場から退くッ!」
スピアーズの声が木霊した。ランドルマンの後ろには更に増えた傭兵と協会魔術院のエージェント達が見える。時間が経てば経つほど、状況は不利になっていく。
「お前は……」
「馬を使うッ! 早くしろッ!」
と、ランドルマンが魔術書に手をあてがった。また転送するつもりか。
だが、二度同じ轍は踏まん。
「弾けろッ!」
「……チッ!」
スピアーズの声にランドルマンは魔術書から手を離し、両手で顔を覆う。ズドンと激しく空気が揺れ、ランドルマンの周りの空気が赤く破裂した。
「ヘス君、退くぞッ!」
そう言ってスピアーズは天高く拳を突き上げる。
目隠しにはなるだろう、最後の魔術だ。
「……逃すなッ! 女共を殺せッ!」
ランドルマンの叫び声。
「また今度ゆっくり相手をしてやる、ランドルマンッ!」
スピアーズが笑みを浮かべ、上げた拳を振り下ろした。
スピアーズの腕が光ると、身体を中心に風が舞う。ぐるぐるとまるで竜巻の様に渦を描きながら、次第に強く、凶暴に。
だが、それは攻撃の為に起こした物ではなかった。
その風に追い立てられるように、砂塵が舞い上がる。広範囲に起きたその風はまるで煙幕のように辺りを支配する。
目隠し。スピアーズの狙いはそれだった。
「くッ! 逃がさんぞ、最初の魔女の末裔ッ! ガーランドッ!」
ランドルマンの声が虚しく響く。
転送魔術に手をかけるランドルマンだったが、右も左も判らない砂塵の中、何処に行けばいいのか分かるはずもない。
「クソッ!!」
思わず走りだし、先ほどまでスピアーズが居た場所に蹴りを放つが、ランドルマンの太い足は虚しく空を切った。
馬の嘶きが聞こえる。
逃げられる。
と、砂塵の向こうに動く人影がランドルマンの目に入った。
「そこかッ!」
逃がさん、とランドルマンがその影を掴む。が。
「ラ、ランドルマンさんッ!?」
怯えたような表情を見せているのは、協会魔術院のエージェント。
思わずランドルマンはそのまま殴りかかりたくなったが、吐き出しそうになった怒りの言葉とともにそれを喉の奥に飲み込む。
「おのれ、スピアーズめ……ッ!」
逃がしてしまった。少なくとも、最初の魔女の末裔であるあの娘二人は確実に。
ランドルマンの中に感じていた、心の奥底から噴き出すような怒りと、独特の背中の疼きが消えている。
「……逃がさんぞ」
ポツリとランドルマンが独りごちる。
その「怒り」と「疼き」。それが最初の魔女の末裔を始末するために神より与えられた魔女殺しの許可証。奴らの存在を嗅ぎ分ける、クルセイダーの力。
次第に落ち着いてくる砂塵の向こう、ランドルマンが予測したとおり、スピアーズ達の姿はもうなかった。
それを確かめ、ランドルマンは静かに踵を返すと、陽炎の様に砂塵の中にその姿を消した。




