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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第二章「想い出になる前に」
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第23話 闇の中からの誘い

「ガーランドさんッ!」 


 豹変したエージェント達の姿に、ただならぬ物を感じたララが叫んだ。

 私には戦う術はない。だから言えることはひとつだけ。

 逃げよう。

 もう、私の事で誰かが傷ついたりするのは嫌だ。


「リンと逃げろ、ララッ!」

「嫌ッ! ガーランドさんも……」


 そう言って駅馬車に再度よじ登ろうとするララの腕をリンが抑えた。

 

「ララ、駄目ッ! ここを離れるよッ!」

「嫌だッ! ガーランドさんが……」


 リンから力づくで離れようとララがもがく。だが、リンの腕がしっかりとララの身体を抑えている。

 駅馬車の中にララを戻す訳にはいかない。それに、ここも安全じゃない。ゴートの傭兵達がーー


「……リン! 危ない!」


 アポロの声が響く。駅馬車の角から現れたのは、数名の傭兵達。

 すでに腰に下げた剣を抜刀し、振りかぶっている。


「らァッ!」


 低く響いた声を発しながら、傭兵が剣を振りぬく。リンの首筋を狙った薙ぎ払い。

 だが、アポロの声に反応したリンは寸手の所でその剣を躱す。傭兵の剣が空気を斬り裂く音が直ぐ目の前を横切り、思わずリンは背筋が凍りついた。

 危なかった。

 擦り寄る死の恐怖にリンの心臓は激しく彼女の胸をノックする。


「……あれっ?」

「カッ、バーカ。何やってんだお前」

「マヌケ」


 リンの首を捉えた、と思っていた傭兵がきょとんとした顔でどこか抜けた声をだすと、それでもお前傭兵か、と別の傭兵が下品な笑い声を漏らした。

 リンの前に現れたのは、いかにも傭兵らしい男達。

 痩けた頬に冷たい目、それに幾つもの生傷。手練の傭兵だということはその身なりだけで十分理解できる。


「おい、……つーか、女じゃねぇか」

「あ?」


 一人の傭兵がリンとララを見て傭兵が舌なめずりしながら呟いた。

 その声にその片割れがその姿を見定めるようにリンとララに視線を移す。


「女って……後ろの奴はまだガキじゃねぇか」

「俺、一度ヤってみたかったんだよな」

「……お前、マジで変態だな」


 良い死に方しねぇぞ、と再度笑い声が上がった。

 思わずリンが後ずさる。彼らのその余裕と、空気、そのすべてがリンに恐怖を与える。

 だが――


「……やってみなさい。私の『相手』は三流の傭兵じゃ務まらないわ」


 気を抜くと崩れ落ちそうに震える膝を抑えつけ、リンが言葉を吐きかける。その言葉に傭兵達の表情が変わった。


「へぇ」

「言うねぇ、嬢ちゃん」

 

 傭兵達の目が冷たく尖る。だが、下品な笑みは浮かべたままだ。

 と、身構えるリンの手に、ララの身体の温もりが伝わった。いつの間にか、ララを傭兵達から守るように己の身体の影に匿っている。


 ――気に食わない。

 どうして私はこの子ララを守ってるのかしら。私はこの子を憎んでいるのに。


「早いモン勝ちでいいよなっ!?」

「お前の後でヤるのは御免だからな、先に行かせてもらうぜッ!」


 傭兵達が一斉に飛びかかる。今度は先ほどのように運良く躱すことは出来ないだろう。


「あぶねぇッ!」


 逃げろリン、とトトの声が響いた。

 逃げろ? 一体私を誰だと思っているの? 私はラミア魔術書房の第一級魔術構文師クラフターよ。

 気に食わない。本当に腹ただしい。その憤りでリンの心から恐怖が消えた。


「どうして私が」


 そう言って、傭兵の動きよりも早く、リンはコートの中から小ぶりの本を取り出す。手のひらサイズの小さい本。

 リンが本の上に手をあてがったその時、一陣の風が舞う。

 そしてその風は、次第に渦巻き、凶暴な竜巻と化した。


「何……ッ!」


 風はとぐろを巻き、まるで龍の様に傭兵達を飲み込み、舞い上がる。灰色に淀んだ風が砂塵を纏い、傭兵達の身体を斬り裂いた。

 風の音とも、傭兵達の断末魔とも取れる轟音が響く。


「……行くよッ!ララッ!」


 そう言って、あっけにとられていたララの手をリンが引く。

 これは、魔術。それも中級……いや上級魔術だ。


「リンさん、これは……」

「質問は後!」


 と、リンの声の合間を縫って、傭兵の怒鳴り声が聞こえた。一人、退路を遮る傭兵の姿が見える。

 だが、リンは躊躇しなかった。ララの手を引いたまま、走る。


「アポロッ! 薙ぎ払って!」


 リンの声でアポロがその傭兵に襲いかかった。くるくると回転しながら、猛烈なスピードで傭兵の側を横切ると、一瞬の間を置き傭兵の目前の空気が弾ける。

 あれも、魔術? アポロの足輪が見えた。魔術構文を刻んでいる改変カスタム魔術書のたぐいだろうか。


「がっ!」


 激しい衝撃を受けた傭兵が悶絶し、地面に崩れる。

 行ける。このまま抜けきれる。

 だが、ララがそう思った瞬間だった。先ほどのリンの魔術の様に空気が渦を巻き、リンの目の前の景色がまるで巨大なレンズを通して見ているかのようにグニャリと歪む。

 火花が飛び散り、激しい金切り音と共に……黒いコートを着た男が現れた。


「……逃がさんぞ、最初の魔女オリジンの末裔」

「ランドルマン……ッ!」


 ランドルマン。駅馬車の中にいたその男が忽然と姿を表す。

 転送魔術。これは転送魔術だ。

 それも私がビビの街で使ったレプリカ魔術じゃない、正式ライセンス版の転送魔術。

 ランドルマンの左手にリンと同じような小さな本が握られている。

 この男もかなりの知識を持った魔術解読師マニピュラーだ……!


「闇に落ちろ。呪われた血族」

「……ッ!」


 ランドルマンがサングラスを外した。まずい、あの魔術だ。夢の牢獄に精神を閉じ込める暗示感応夢ウロボロス

 ランドルマンの義眼を見たリンの身体を悪寒が襲った。


「……リンさんっ!」

 

 身をすくめるリンの耳にララの声が届く。そして脇をすり抜ける、スノーフレークのポンチョ。黒いショートボブヘアが琥珀色にきらめく。

 ララ、何を。貴女まさか――


「ララ、やめてっ……!」


 ランドルマンの前に立ちふさがるララの小さな身体。

 駄目ッ、やめてララ。貴女に守られるなんて、冗談じゃない。

 咄嗟にララを押しのけようとリンがララの肩に手を回す。小さな肩が恐怖で震えていた。


 私のせいで……私の事で誰かが傷ついたりするのはもう嫌だ。


「……ッ!」

  

 ララの喉から押し殺されたような悲鳴が溢れる。

 いやにはっきりとランドルマンの義眼が見える。小さな魔術構文が書かれた義眼だ。

 

 周りから音が消えた。

 痛い静寂と、そして、溶けていくように消えていく、色彩。

 モノクロームの世界が次第に色濃く落ちていく。

 灰色の紙に黒いインクが染みだしていくように。モノクロームの写真が焼け落ちて行くように。


「ララァッ!」


 一つ、リンの声が聞こえた。泣き叫ぶ様なリンの声。

 なんでそんなに悲しそうな声を出しているの? 


 ララの身体から感覚が無くなった。ふわふわとした浮遊感。地面に立っているのか、寝ているのかも判らない。

 その浮遊感に誘われるように、あのざわざわとした悪寒がララの身体に忍び寄る。

 ザラリとした血の味がする。


 ――怖い。怖いよ。


 さらにララの視界が黒く淀んだ。

 闇がさらに広がる。


 そして、広がる闇の中に、ララは見た。

 冷たい声で、闇の中、笑っている。


「……ふふ、こっちにおいで」


 え、あれは――――私?

 漆黒の闇を纏った、私。

 ねぇ、こっちって、どっち? こっちって、何処?

 あ、落ちる。飲み込まれる。

 ヘス、助け




***


「ララッ! 目を覚ましてッ!」


 先ほどのリンの魔術で天高く舞い上がった傭兵達が落ちてきたのと同時に、その場に崩れ落ちたララをリンが抱きとめる。半開きになった目からは、生気を感じない。小さく肩を揺らすが、力なくララの身体は揺れるだけだった。


「ララッ! 大丈夫か!? どうした!!」

「その小娘は向こうの世界に行った」


 ララの肩に留まりうつろなその顔を覗きこむトトにランドルマンが静かに答える。

 やはりララはあの魔術を受けてしまった。私の代わりに。

 リンの腕の中で虚空を見つめるララの姿に、怒りが湧いてくる。

 よくも、妹を……!


「安心しろ、全員送ってやる」

「許さないッ!」


 再度リンの手が動く。魔術書に右手を乗せ、魔術を発現する――が。


「させん」


 ランドルマンがリンよりも早く、魔術書に手を乗せた。ランドルマンの周りの景色が歪み、次の瞬間、リンの首にランドルマンの硬く石のような手がかかる。その表情と同じように冷たい手。


「うっ……!」

「さぁ、堕ちろ」


 ランドルマンの義眼が光った。魔術が発言したのか。

 ランドルマンの手で絞め殺されるのが先か、それともあの魔術でやられるのが先か。

 もうだめだ。リンが諦めかけた、その時。


「おんどりゃぁああああぁぁぁぁぁぁッ!」


 辺りに響く、男の声。いや、少年の声。

 その声と共に、リンの首を掴むランドルマンの腕を目掛けて、赤い炎が地面を切り裂きながら走ってくる。


「ムゥッ!」


 瞬間的に危険を察知したランドルマンがリンの首を離し、距離を置いた。熱波とともに砂塵を巻き上げながらリンとランドルマンの間を炎が走り抜けていく。


「ララから離れろハゲッ!」

「貴様ッ……」


 砂塵の向こうに見えるのは、赤いナイフを持った、日焼けした肌のくせっ毛が強い少年。それに、中性的で美しい、白いボディースーツを着た男。

 ヘスとスピアーズ。ふたりとも傷つき、薄汚れてしまっているものの、その目は生気に溢れ、探し求めていた場所に辿り着いた喜びに満ちている。


「あぁ、どうかしてる。そんな美しい女性に手を上げるなんて」


 優しい声がリンの耳に届く。凄惨なこの場に似合わないその声についリンの鼓動が高まった。


「貴様らッ……何故ここに。ハサウェイとガガーリンはどうした」

「さぁね」

 

 ヘスが知らねぇ、とわざとらしく肩を竦めた。その両手に見えるのは、白銀の篭手。

 その篭手にランドルマンの顔が引きつる。


「チッ……役立たず共が」


 死の宣教師アポストロフも地に落ちたものだ。ランドルマンの声が怒りを含み、放たれる。


「さぁ、ランドルマン。仕置きの時間だ」

   

 スピアーズが笑みを浮かべる。どこか安心してしまう微笑み。

 両手を広げ、威嚇するように歩み寄るスピアーズの姿は、まるで羽を広げる天使のようにリンの目に映った。 

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