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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第二章「想い出になる前に」
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第12話 語らう森

 チタデルの近郊に広がるシュタイン王国を代表する広大な原生林「語らう森」は総面積6,000エーカーを超え、その奥地は未だに人の手が入ること無く、独自の生態系を持つと言われている。森で採取される木材、ウリン材は「鉄のアイアンウッド」と呼ばれる非常に硬く重い木材で国内を始め、はるか東方の辺境国からも買い手があるほどだった。


「ガーランドさん」

「あん?」


 何重にも重なった樹層の隙間からこぼれ落ちる陽の光がちらちらとララ達の顔を照らしている。森の中まで入ることができない駅馬車を入り口で待機させ、ララ達は徒歩で森の中へ足を進めていた。


「この森の名前なんですが」

「名前? 『語らう森』のか?」

「はい」


 ララはこの森の名前、語らう森という名前がどうしてか気になっていた。話に聞けば、人が入ることはあまり無いらしい。木こりや狩人達が採取や狩猟で入るくらいで何が「語らう」のか全くわからない。


「何故『語らう森』って名前なんですか?」

「それは……」

「奥に行けば否応なしに判るわ」


 答えようとしたガーランドの言葉を遮り、リンが吐き捨てた。その口調と表情からどうやらリンは名前の由来が判っているらしい。名前の由来を知りたいが、リンに教えてもらうのは何か癪に障る。後でこっそりガーランドさんに聞こうっと。


「あなた何も知らないのね」


 リンの肩に止まったアポロが見下すように冷めた目でララを射抜いた。全くもって主と似て腹ただしいカラスだ。


「ふん。無知は力って言うでしょ?」

「……ララ、自分でいう言葉じゃないと思うぞ。それ」

「えっ?」


 アポロに嫌味を言ってやったつもりだったララだったが、「あの肥溜めカラスを助けるようで不本意だが」と付け加えた上で、トトが言葉を刺した。


「はぁ、本当に阿呆ねあなた」

「う、うるさい」


 美しい銀の頭髪を耳にかけながらリンが呆れ顔を見せる。ああ、余計なこと言わなきゃ良かった。


「ククッ、まぁ、老婆の元に行けば判ンぞ、ララ」

「おばあさんの所に行けば、ですか?」

「お前にとっても意味があると思うんだがな」


 疎外感に苛まれ眉をひそめるララに笑顔でガーランドが答えた。

 私にとって意味があるとはどういうことだろう。クラフトに関することだろうか?

 だが、その後もその答えはガーランドの口からは発せられなかった。そして老婆の元へ歩を進める一行の目に、その答えがあるであろう一戸だけ建てられたコテージが現れた。


***


 鬱蒼とした森の中に突如現れた木組みのコテージ。マツの木立に囲まれたログハウス型のコテージだ。どこか懐かしい感じがするそのコテージにララは郷愁にも似た感覚が過った。

 

「……ここが?」

「うむ。そのはずだが……」


 ララの問いかけに頷くガーランドだったが、何処か不穏な空気を察知したのか、四名の職員達を辺りに散らせ様子を伺うようにコテージに近づいていく。

 人の気配はしない。

 森の中を通り過ぎる風が起こす葉擦れの音だけが開けたコテージの周囲を包み込んでいる。


「留守……なのでしょうか?」


 ガーランドの影に隠れるようにしてコテージに近づいたララが窓から中を覗き込み囁いた。

 あまり生活感がない室内に唯一、誰かが居たと連想させる小さな暖炉の炎だけが揺れている。

 暖炉に火が灯っているということは家主はそう遠くには行っていないはずだろうとララが思ったその時だった。


「何? あんた達」


 どこからか男の声が聞こえた。

 だが人影は見えない。気のせいだろうか。 

 だが、同じ声が聞こえていたらしく、警戒したガーランドがララとリンを自分の後ろに退げた。


「……誰だ」


 静かにガーランドが叫ぶ。辺りを見渡すが四人の職員以外にやはり人影は見えない。


「そ、それはこっちの台詞だよ」

「……あ」


 ララは気がついた。ゆっくりとコテージのドアを指さす。

 指の先、僅かに開いたコテージのドアの隙間から見えるのは、おどおどと顔を覗かせる動物の顔。


「『あ』じゃなくて、なんなのあんた達」


 ぎぃと扉がさらに開き、そこから姿を見せた動物。小さな子供のオオカミだ。

 白に近いグレーの毛で覆われた小柄なオオカミ。頭を低くし、見上げるように警戒した目線をこちらに向けているそのオオカミは……当然の如く人語を話していた。


「オオカミの癖にヒトの言葉喋ってるぞ」

「……カラスの癖にヒトの言葉喋ってるね」


 人語をしゃべるオオカミ。その姿を見てララは直感した。

 この森の名前「語らう森」ってひょっとして……。


「動物達が語り合う森……という事ですか、ガーランドさん」


 ララの言葉にガーランドが頷く。


「この森は、魔女が住んでいたと言われている森なんだ」

「魔女? 魔女って、まさか最初の魔女オリジンの事ですか!?」


 ララが目を丸くした。

 記憶にある。この前禁呪騒動の時に見たお母さんの記憶の中で語ってくれた最初の魔女オリジンの物語。忌み嫌われてしまった彼女が逃げた森。そして彼女の力で言葉を喋れるようになった動物達。この森が最初の魔女オリジンが居た森?


「そうだ。その昔最初の魔女オリジンが住み、この森を離れ人々に魔術を伝えた。そして『悲劇』が起きた後も残された動物達は彼女の帰りを待って毎日語り合っている」


 犯してしまった罪を終わらせるために使った力。でもあの後彼女はどうなったのだろうか。すべてを終わらせるために行使した力。でも、現にまだ彼女が作った魔術書は世界に残ったままだ。


「カミラは居るか?」

「婆ちゃん? 居るけど、あんた達は何者なの?」

「魔術師協会のガーランドといえば判るはずだ」

「ガ、ガーランド!」


 その名前を聞いて子供オオカミは慌ててその場で一周くるりと回ってコテージの中に消えていった。一周回った意味はなんだろう。


「……入って良いってことですかね?」


 またもや静寂に包まれたコテージの空気にララの小さな声が広がる。


「むぅ、時間が無い。入らせてもらおう」

「レディの家に勝手に入ンじゃないよ」


 突如背後からドスの利いた低い声が聞こえた。突如かけられたその声に思わずガーランドも身をすくませてしまう。

 

「あ、貴女は……」


 思わずガーランドの背に隠れ、上着を掴みながら覗くララの目に映ったのは、魔女という名前がぴったりな深い紺色のローブを着て、長い杖を持つ老婆の姿。白髪なのか銀髪なのか判らない腰の辺りまで伸ばしている髪と、人との関わりを避けてきたと物語る敵意に満ちた目が印象的な老婆だ。


「あ、婆ちゃん、外に居たの?」


 慌てて子供のオオカミが部屋から飛び出してくる。


「畑の方を見て来るって言ったじゃないか」

「そ、そうだったっけ……」


 子供オオカミがしゅんと身を小さくすぼめた。オオカミらしからぬ気の弱いオオカミだ。小柄ではあるものの毛並みやガッシリとした姿は威厳がにじみ出ているが、その気弱さですべて帳消しになっている。


「ひさしぶりだな、カミラ」

「アタシはアンタと二度と会いたくなかったけどね、ガーランド」


 どきな、と杖でガーランドを押しのけ、カミラと呼ばれた老婆がコテージの中に足を進める。

 

「貴女が……」

「……彼女が嬢ちゃんと同じ、『魔女の末裔』の一人、カミラだ」

「えっ!?」


 魔女の末裔という言葉に思わずララは目を丸くした。

 私と同じ……魔女の血……最初の魔女オリジンの血を引く老婆?

 だが、驚いているのはララだけでは無いようだった。


「……あなたが魔女の血を引く……? まさか……」


 リンがぽつりと驚嘆の声を上げた。その表情は何処か失敗した、と後悔しているようにも見える。


「フン、アンタの事は知っているよ。確かリンとか言う魔術構文師クラフターだね。普通とは違う魔術構文師クラフター……違うかい?」


 ギロリと睨むカミラが放った「普通とは違う魔術構文師クラフター」という言葉にリンは頬を引きつらせ言葉を失った。

 普通とは違うとはどういう意味だろう。

 リンの表情から察するに、あまり触れられたくないような空気だが。

 

「答えられないならまぁ、いいさ。ガーランド、アンタが来たのは『精神魔術書』だろう?」

「……ああ。協会の仕事でお前が作る精神魔術書が必要でな」

「残念だけどね、この年で精神魔術書を作るのは難しいよ」


 カミラがゆっくりとコテージの玄関に設けられた椅子に腰掛ける。

 老婆にクラフト、それも上級魔術のクラフトはやはり厳しいか、とガーランドの顔が暗く落ちた。

 精神魔術書は大協約で禁止されている上級魔術書だ。

 簡易的な下級魔術とくらべて上級魔術になればなるほどその魔術構文は複雑かつ高度になる。上級魔術書のクラフトともなれば必要とされる集中力と体力は相当なものだろう。


「それは重々承知だが、だからといって簡単に引き下がるわけにはいかん」

「権力を持って強制的にって魂胆だろうけどさ、無理なのは無理さね」


 アタシを殺すつもりかい、とカミラが呆れた顔を見せる。非協力的な態度ではなく物理的に不可能なのであれば、作ってもらうのは難しいのではないだろうか。ララはそう直感した。

 だが一つだけ、方法がある。それは――


「私がお婆さまに協力しましょうか?」


 ララがぽつりと呟く。

 自分がクラフトに協力すれば、カミラの身体に負担をかけること無く魔術書を作ることが出来るかもしれない。

 だがそんなララにカミラは怪訝な表情を見せる。それは人との関わりを避けてきた老婆の表情だ。


「アンタは誰だい?」

「ララと言います。クラフトの技術はあると思うのですが」

「……ララ!? アンタが?」


 思わずカミラは身を起こし、ぎょっと表情を硬直させてしまう。


「婆ちゃん、ララって……」


 カミラの隣に寄り添うように近づいてきた子供オオカミが小さく囁いた。


「これは意外な来客者だね。アンタ達二人が同時に来るなんて」


 じろりとララとリンの顔を交互に目を配った後、カミラが冷ややかな笑みを浮かべた。

 どうして私の事をこの老婆は知っているのだろうか。


 それにリンの事も――

 ガーランドの影から見つめるララの目に、まるで哀しい円舞のようにふわりと踊るリンの美しい銀の髪が映る。

 リンは何か重要な秘密を持っているんじゃないだろうか―― 

 美しい銀髪の間から覗くリンの表情は何処か硬く、そして何故か哀しげに見えた。

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