第4話 帰還不能地点
ガーランドの手紙が届いたのは、リンが去ってすぐだった。居なくなったハサウェイに代わり、バージェスの村の出張所に配属になった女性の職員がララの書店にわざわざ持ってきてくれた。
関係のない話だがこの職員、黒縁眼鏡で黒髪の女性だったことから「ララの姉か!?」という見当違いの噂が立っていたらしい。
「んで、ガーランドからの手紙には何て書いてンだ?」
「ええと……」
書店の奥、カウンターの向こうに設けられた狭い小部屋でララとトトが職員に渡された手紙を開いている。
ララの隣で、冬場の空気の乾燥を防ぐために鉄製暖炉の上に置かれた「煮崩れたかぼちゃ」のようにずんぐりとしたやかんが白い煙を立てながらしゅんしゅんと小気味よい声を上げている。
「元気にしているか、ララ。小僧とは上手く行ってるか……」
その一文を読んだララは、ぽっと頬を染め言葉を詰まらせる。
「あ? なに赤くなってんだおめぇ」
「う、うるさい。ええと……」
オホン、と一つ咳払いをしたララが仕切り直し、と言わんばかりに言葉を荒らげながら続ける。
「実はあれからとある事件が起きて、お前の力を借りたい。ついてはビビの出張所に来てくれないか……って……」
「事件? 事件ってなんだ?」
ララの肩に乗ったトトが手紙を覗きこむ。ララはもう一度手紙を読み返すが、それ以上は何も書いていなかった。まぁ、事件というくらいなのだから、あまり口外出来ない内容だろう。それを手紙に書くわけはないか。
「さぁ。手紙には書いてないよ。ビビの出張所ってこの前のあそこだよね」
「んだな。来いっつってるけど、行くのか?」
「ん〜……」
急に来いと言われても、とララは眉をしかめた。だけど、私に協力をお願いするということは、きっとあの禁呪騒動と関係がある事件に違いない。
「多分困ってるんだろうなぁ……」
ポツリとララが言葉を零すと、その言葉に「出た」とトトが呆れる。いつものあれだ。頼まれたら断れない症候群だ。
「店、どうすんだ?」
「う〜ん、あまりお店を開けるわけには行かないから話を聞いてから考えよう」
うん、それがいい、とララが難しい顔で頷く。
「俺は別に良いんだけどよ。あ、ヘスにも言っとくか?」
「ん〜、そうだね。ヘスも久しぶりにガーランドさんに会いたいだろうし」
と、ララは別れ際にガーランドが言った、「嬢ちゃんの『特別な友達』と一緒に何時でも来い」という言葉を思い出した。
あれから時間はたったが「特別な友達」が何なのかまだ結論が出ていない。あの騒動をきっかけにヘスとヘスの家族と仲良くなったのは事実で、その関係が当然のようになっていることが「特別」というのではないだろうか。
私にとって「特別な友達」はヘスおばさまとオルガおばさま、それにヘス。トトとはどんな関係なのだろう? 特別な友達なのだが、かれらと同じようにお腹の下がジンジンするような感じは無い。
「ちゃっちゃと行こうぜ、ララ」
ララの肩を離れ、部屋の梁に止まったトトがぼんやりと考えているララにぼやく。
「あ、うん、ごめん。行こう」
小さな部屋にはじんわりとした温かい空気とともに、しゅんしゅんという眠気をさそう優しい音が響いている。どこかその優しさにうしろ髪を引かれる思いがあったものの、ララは意を決したようにガーランドからの手紙を丁寧に閉じると、いつものリュックを背負い、暖炉の火を落とした。
***
「え? ガーランドのおっさんが?」
へぇ、久しぶりに会いたいな、と笑顔をみせながらもヘスは休むこと無く荷馬車に荷物を運んでいる。そんな忙しそうな彼の姿に、ヘスおじさんの手伝いなのかな、とララは気後れしてしまった。
「うん、あまり長い時間は無理だけど、ちょっと行ってみようかと思って。ヘスも行くでしょ?」
ララは「行かない?」とは聞かなかった。
「あ、うん。俺も行きたいな」
どすんと、荷台に荷物をおろしたヘスが汗を拭いながら笑顔をみせると「やった」とララは嬉しそうな笑顔をこぼした。
「ええっと、明日行こうと思ってるんだけど」
だが、ララの「明日」という言葉にヘスの顔が曇った。
「ああ、明日かぁ……すまんララ、明日は親父の手伝いでチタデルのゴート商会に用事があって」
「あ……」
そう言ってヘスは、ポンと荷台の荷物を叩き、御免と手を立てて眉を潜めた。
猫の手も借りたいほど忙しくなった、とヘスが先日言っていた。やっぱり家の仕事だったんだ。どこか残念そうな表情を浮かべながらもララは、しかたないな、と笑顔をヘスに見せる。
「ううん、大丈夫。こっちこそごめんね、急な話で」
「うーむ、しかし、ララとトトだけで大丈夫か? 明後日なら行けンだけどさ」
確かにヘスが居てくれれば安心だが、手紙の感じだとガーランドは急いでいるようでもあった。ララとしてもヘスと行きたかったが、その提案にララは首を横に振った。
「ありがとう、でも大丈夫。危ないお願いだったら一旦戻ってくるよ」
「そうだな。……ぜってぇ一人で危ない事に頭を突っ込むんじゃねぇぞ、ララ」
わかったな、と念を押すヘスにララの心がジンジンとうずいた。ヘスおばさんやオルガおばさんに感じているあれよりも、大きいうずき。ララは少し頬を赤らめながら頷いた。
「ま、俺が付いてれば大丈夫だぞ、ヘス」
「あはは、そうだな。ララはすぐ変なことやるからな、頼むぜトト」
「……ち、ちょっと、それどういう意味?」
ケタケタと笑うヘスとトトを見て、照れ隠しをするようにララが頬をふくらませた。何気ない平和な日常と時間。だが、この日、ララ達が進む道は決まってしまった。
ガーランドから手紙が届くタイミング、ヘスの父の仕事のタイミング。そのちょっとした歯車の掛けあわせによって、未来への道は大きく変わる。その道は「幸福への道」にも、もう戻ることが出来ない「茨の道」にも変貌してしまう。
――もう引き返すことができない地点。
その帰還不能地点が、この日だということをララ達は、まだ知らない。