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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第一章「失われた魔術」
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第2話 お願いを断れなくて

「あら嫌だ、もうこんな時間。戻って夕食作らなきゃ」


 オルガが思い出したかのように独りごちる。一体どの位ここに居たのだろうか……書店の窓から見えるバージェスの空はもうすっかり琥珀色に染まっていた。


「あっ、本当だ、もうこんな時間」


 書店の奥、ララが茶葉が入ったポットを洗いに運んでいる姿が見える。話が弾み、紅茶とピーナッツバタークッキーでティータイムを楽しんでいたようだ。つい口元が緩んでしまうような暖かい紅茶の香りがまだ辺りを支配している。


「じゃあララちゃん、おばさんいくわね。魔術書の修理費ここに置いておくわね」

「……えっ! 駄目です、おばさま!」


 カウンターに数枚の銀貨を出そうとしているオルガを止めようと、慌てて奥からパタパタと小走りでララがカウンターに戻る。


「おばさまには、ポトフをおすそ分けしていただいたり、このポンチョを戴いたりお世話になってるし……お金なんて大丈夫です」

「くれるっつーんだから、貰っとけよララ」

「トトの言うとおりだよララちゃん」


 口を出すトトに、もう、とララがふくれっ面を見せる。

 しかしそれを諭すかのように、オルガが銀貨を二枚ララに優しく手渡した。


「えっ、こんなに……」

「魔術書が売れてないんだったら、魔術書の修理屋をやってみたらどうだい? きっとうまくいくと思うんだけどね。そしたらその時は安くやっておくれよ?」


 オルガがそっとララにウインクする。昔からそうだった。物心つく前に早く母を亡くしてしまったララを、まるで我が子の様にオルガは可愛がってきた。ララは母というものを知らず、母というものがどんな存在なのか、本の中でしか知ることができなかった。しかし、オルガと一緒に居て感じる、お腹の上の辺りがジンジンと暖かくなる感じ……それがきっと母への愛情なのだと本能で感じていた。


「ふふっ、おばさま大好きっ! オルガおばさまの魔術書なら全部無料でやってあげちゃう!」

「まぁ。お金を取らないんだったら、そうねぇ、またおいしいポトフ作ってあげなきゃ」

「えへへっ、おばさまのポトフも大好き」

「ふふふっ。そうそう、トトにも何か作ってあげないと可哀想ね」

「……お~、そうだな、ンじゃ油揚げなんかが良いな」

「味気ないねぇ。でもトトは油揚げ大好きだもんね。それじゃあ、また……明日ね」


 にっこりと笑顔をこぼしながらオルガは書店を後にした。彼女が去った後、ララは彼女から渡された二枚の銀貨を愛おしそうに、まるで親から初めてもらったお小遣いのようにずっと眺めていた。


「結局今日の売上は銀貨二枚かよ?」

「金貨百枚の価値がある大事な銀貨ですッ」

「あん? よくわかんねぇけどよ、晩飯食べたらなくなっちまう位だろ? 銀貨二枚って」

「……トトには、人の気持ちってのが全く判ってないなぁ~」


 銀貨を大切にポーチにしまいながらララが呆れ顔でつぶやく。


「判るわけねぇじゃん。カラスだもん俺」

「翻訳術と一緒に頭が良くなる魔術もやってもらえばよかったのにね!」

「あ、そーだな、ララひとつ頼むよそれ。ンで、それと一緒に魔術でこの貧乏書店をもっとリッチで豪華にしてくれれば御の字なんだけどな。おまけにグラマーなカラス付きのさ」

「何よ『グラマーなカラス』って。見た目は皆一緒じゃないの。ええそうですよ、どうせ私はグラマーとは程遠い乳なしですよっ!」

「……いや、怒るトコそこじゃねぇだろ」


 しかめっ面で小さい口をこれでもかと大きく開き、白い歯をトトに見せつける。

 ――と、壁に立てかけられた時計がララの目に入る。時間は十七時を回っていた。


「いっけない! パン屋さんが締まっちゃう! 行くよトト!」


 ララは慌てて、皮で造られた小ぶりで可愛いワンショルダーリュックを背負い、店を飛びだそうと駆け出すが、店の入口に見えた人影に急ブレーキをかける。久しぶりの客だろうか? 嬉しくなってつい笑顔がこぼれてしまったが、入り口に立つ人影が良く知った少年だということに気がつくと、しぼんだ朝顔のようにララの笑顔は去っていった。


「……あ、なんだよその顔」

「なんだヘスじゃねぇか。てっきり客かと思ったぜ」


 ララの心境を代弁するかのようにトトがつぶやく。ヘスと呼ばれたその少年。ララと同じくらいの年齢だろうか。ブラウンのクセ毛が強いショートヘアに日焼けした肌、小奇麗な茶色いベストに袖口にフリルの付いた白いシャツ、明らかに育ちの良い雰囲気がある健康的な少年だ。


「む。悪い。お客さんと勘違いさせちゃったか」

「あ、ううん大丈夫」

「……ならいいんだけどさ。ちょっとララに相談があって」

「えっ? 相談?」


 背負っていたリュックを下ろしながら困惑した表情でララが尋ねる。


「ヘスが私に相談なんて珍しいね」

「ああ、ちょっと魔術絡みの相談でさ。ここじゃアレだから中で良いかな?」


 周りを気にしながら、ヘスはララの耳元で囁く。また面倒なお願いではないだろうか。ララの脳裏に不安がよぎる。前に来た時は、友人達のパーティで魔術ショーをしたいと言い出し、トトとララが駆り出された。『帽子の中からトトが出てくる魔術書』という物を書き起こし、ヘスに実演してもらったものの……友人のズボンの中からトトが出てくるというとんでもないハプニングで終わった。ズボンの中に入れられたトトは怒り狂い、ズボンの中からカラスを出された友人は泣き叫び、当の本人は大爆笑するという地獄絵図で、今思い出しただけでも――ララは憂鬱になった。


「また面倒なことじゃないでしょうね?」

「む、ひょっとしてまだあの時の事気にしてる? ホント悪かったって……」


 ヘスは面目ないと両手を合わせ陳謝した。


「別にいいけど。謝るならトトに謝ってよ」

「あ〜それもそうだな。ごめんなトト」


 するりと天井からララの肩に降り、ばさりと、ひと羽ばたきしてトトが続ける。


「油揚げな?」

「はいはい、一つでも二つでもあげますよ」


 ふてくされた様な表情のヘスを見てララの顔から笑顔が溢れる。ヘスはララの幼なじみだ。ずっとこの村で父親の仕事を手伝っている。身なりから判るように生活には困っていない。どちらかと言うと裕福な家庭だ。油揚げの一つや二つどころか十でも二十でもたやすいことだろう。


「それで、相談っていうのは?」

「あのさ、知っていると思うけど、ほら、例の事件」


 もちろん知ってるよな? と言った表情でヘスが言葉をこぼす。何のことを言っているのかすぐには判らなかったが、最近世間を騒がせているあの事件がララの脳裏に浮かんだ。


「……禁呪騒動?」

「そう、それ」

「それがどうしたの?」

「ウチの親父の仕事、知ってるよな?」

「えぇ、運送業でしょ? 貿易関係の」

「そう。ウチの会社さ、ゴート商会と繋がりがあってさ。なんというか……まぁ、お得意様って感じ」

「へぇ、知らなかった」

「それでさ……」


 一向に用件が出てこないヘスの話にララは次第に苛立ちが募ってくる。しかしヘスはララのそんな心を知る由もなく、誰にも聞かれてないなと辺りを確認してララの耳元で囁く。


「そのゴート商会から極秘裏に話が来たんだ。例の禁呪騒動の『上級魔術書』を見つけた者に莫大な賞金を出すって」


 ヘスの耳に入る位だったら、全く極秘裏じゃ無いじゃない。とっさにララはそう思った。

 ゴート商会は内戦を続けている三陣営の内の一つ「ゴート陣営」の中心となっている一大貿易商だ。東西への物流の中心になる城塞都市チタデルの元締めで、王の死後、商会の代表「ゴート公爵」は「君主制を廃止し市民による統治を」というスローガンの元立ち上がった。表向きは貿易で得た利益を、戦争孤児院や医療機関などに寄付するなど、慈善活動に熱心だが、きな臭い噂も多い。先日の「ハイム陣営」との会戦で大敗し、多くの兵を失っていた。そのため、次の一手を模索している、といった所だった。


「……やっぱり面倒な相談じゃない。私に手伝って、って事でしょ?」


 やっと用件がわかった、と、憂鬱な気持ちがララの頭を支配した。


「おおっ、話の飲み込みが早いね。そうそう、その通り。この辺りで魔術に一番精通してるのはララだからな」

「嫌だよそんなの面倒くさい。見当もつかないし、お店だってあるし」

「そこをなんとか! 頼むよ、この通り!」


 カウンターに額を押し付け、ヘスが懇願する。そこまで必死になるのはなにか理由があるのではないかとララは思ったが、彼の家の事情に余所者が足を踏み入れるのは良くないと思い、それを聞くのはやめた。


「ん〜、明後日。お店の定休日の明後日なら、ひょっとしたら……」

「ほんと!? いやぁやっぱり頼るべきはララだよな! 嬉しいよ!」

「え? あ、いや、まだ手伝うとは言ってないよ」

「オッケ、じゃあ明後日の朝八時、迎えに来るから!」

「ちょっと、だから、まだ……」

「んじゃな! 助かったよララ!」


 目を白黒させて慌てているララを無視し、一人でまくしたてて颯爽とヘスは書店を後にする。嵐のようにヘスが去った後、訳の分からない沈黙が書店内に立ち込めた。


「……なんかさ、楽しそうだな。宝探しみたいで。ワクワクして来ンな?」

「あぁ〜さっきのさ、約束しちゃったのかな。してないよね。……いや、しちゃったか〜」


 子供のように目をキラキラとさせながらはしゃぐトトとは対象的に、ララはくねくねと身体をひねりながら頭を抱える。いつもそうだった。ララは押しが強い「お願い」をいつも引き受けてしまう。――そしていつも面倒事に巻き込まれてしまうのだ。


「もう、いつもどうして……私のばかばかばか……」

「あ、つーかさ、ララ」

「……何よ?」

「パンは良いのか?」


 思い出したかのようにトトがボソリとつぶやく。嵐の様に去っていった少年に消し飛ばされていた、とてもとても大事な事。


「んあぁぁあぁぁ!!」


 頭を抱えたまま書店内にララのうめき声が響き渡る。ヘスが来るといつも面倒事ばかり。でもヘスは悪くない、断れない自分が一番悪いんだ。そしてララは心に決めた。

 ――今日もオルガおばさまに甘えよう。


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