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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第二章「想い出になる前に」
29/105

プロローグ

ララの古魔術書店第二章スタートです。二日に一回は更新したい!です!

「クソ天気が、俺に恨みでもあンのか」


 吹雪が吹き荒れる中、男は吐き捨てながら天に向い苦虫を潰したような表情を浮かべた。

 昨日まではそれまで静かに降り注いでいた雪のおかげで、辺りはどこか厳かな雰囲気を纏っていたが、今日はまるで弓矢の様に降り注ぐ吹雪で、戦場のまっただ中に放り込まれたような印象さえある。再度ナイフのように肌を斬りつける凍りついた風に男は更に不機嫌な表情を浮かべた。

 白いストライプが入った黒い長めのローブに、そのローブと同じように黒いボンブルグハットを上手く着こなしている男。帽子の間から見えるくるくるとカールしたブラウンの頭髪に、人懐っこい印象がある黒い瞳に中性的な顔立ちで、女性、男性問わず振り返ってしまうほどの美青年だった。


 聖都ヴァルフォーレ――

 ここは聖パルパス教団の総本山にして「第二皇女アンナ」をシュタイン王国の正統後継者と推し内戦を戦うパルパス陣営の本拠地だ。


「神父様おはようございます」

 

 その天使のような姿から何処か絵になるその男と行き交う人々はうやうやしく彼に一礼した。その度に彼は顔を一変させ、まさに天使のような笑顔を見せる。

 天に吐き捨てた男は人々にパルパスの教えを解くパルパス教団の神父……それも裏の顔を持つ「死の宣教師アポストロフ」だった。


「神父様、今日は吹雪きますね」


 男がたどり着いた先、古びた喫茶店の前に来店者の足元に積もった雪をスコップで掻く老人の姿があった。


「ご苦労さまです。こうも降られると嫌になります」

「まったくですね。ささ、温かい店内にどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 先ほどの天に悪態をついた男と同一人物とは思えないほど柔らかい口調で男が言葉を返す。男は表の神父の顔と裏の死の宣教師アポストロフの顔を分けているように、その性格も器用に使い分けているようだった。

 喫茶店の扉を開けた男の冷えきった頬をじんわりと溶けるように温かい空気が包み込んだ。まるで優しい女性の手で顔を包まれたような感覚だ、と男は思った。

 客が疎らな店内。それほど広くない店内に数脚設けられた木製のテーブルの一つに白い花を装飾したブリムが広い、黒のキャペリンをかぶったエレガントな雰囲気を放つ女の姿があった。

 

「相変わらず憎たらしい男」


 その女性に近づいた男にその女がぽつりと呟く。

 ファーがついた黒いドレスを着こなし、ドレッシーなキャペリンと合わせて、麗人といった雰囲気の女だった。


「そりゃあ、物柔らかで優しい神父様で通っているもんで」


 男が女の前の椅子を引きながら鼻で笑うと、その男の言葉に反応するでもなく、店内にチラリと目を配った女が続けた。


「しかもこんな所を待ち合わせ場所に指定するなんて」

「お前となら、夜の酒場かベッドの上で待ち合わせたい所だが、そうもいかんだろう」


 天使のような顔に悪魔のような笑みを浮かべて男がそう軽口を漏らす。

 美しいその顔から時折見せる危険な笑顔は己が持つその「武器」を十二分に使いこなしているといった表情だった。それが女の神経を逆なでさせる。


「あなたと私の関係はもう終わっているのをお忘れ? それともまだ私に未練でもあるのかしら?」

「ハッ、どっちが? お前こそ俺を忘れられないから呼び出したんじゃないのか?」


 上品な笑みを浮かべ、整った口元から吐かれた男の言葉にふぅ、と女が小さくため息をつく。


「……あなたを呼び出したのは間違いだったのかしら」


 吐いたため息とともに、女が殺意の篭った視線を男に送る。だが、それに気圧されもせず男は肩をすくめるだけだった。


「そんなに怒るなよ。俺とお前の仲じゃねぇか」

「あなたは相変わらず弱いのね」

「何?」

 

 キャペリンから流れる黒い艶やかな髪を耳にかけながら女が言葉を静かに零した。


「あなたは昔からそう。自分のフィールドに誘い込まないと強気になれない。この喫茶店もそう。だから私の中に踏み込む事ができずに去っていったんでしょう?」


 美しい女性に心の内を暴露された男の顔が強張った。図星だ。反論出来ない男は黙り込んだ後、一言「うるせぇ」としか反撃できなかった。強気だった男の雰囲気が一瞬で子供の様に小さくしぼんだのが女に手に取るように判った。

 そんな男から目線を外し、女はテーブルに置かれた紅茶に一口、口をつける。


「……今日あなたを呼んだのはこんなくだらない事を話す為じゃないの。そろそろ本題に入ってもいいかしら?」


 女の言葉に、男は何処か不機嫌な表情でどうぞ、と肩をすくめる。本当に子供ね、と呆れたような笑みを浮かべて女が続ける。


「魔術院が動いたわ」

「……ランドルマンか」

「そう。ギュンターの抹殺と『あの少女』の命を狙って」

「あの少女?」


 急かす男の言葉を聞き流すように女がゆっくりと再度ティーカップに指を絡める。口元にそれを運び、スンと紅茶の香りを楽しんだ後、その艷やかな唇に紅茶を運ぶ。


「ララという少女よ」

「……ララ? 誰だそりゃ」

「例の『禁呪騒動』を邪魔した少女よ」


 女の言葉に男はしばらく考えた後、ああ、と思い出したように続ける。


「ハサウェイのガキが言ってた魔術構文師クラフターか」

「ギュンターはどうでも良いんだけどね。あの少女はそうも行かないの」

「へぇ、何故だ? 興味あるね」


 教えろよ、と男が愛くるしい視線を女に近づける。男の長いまつげが女の目に映った。


「……最初の魔女オリジンの血を引く少女よ」


 目を伏せながら女が文字通り言葉を吐き出すように呟いた。何か思い当たるふしがあったのか次第に男の口の口角が音を立てて上がっていく。


「ククッ……なるほど、ね。ランドルマンに先を越される前に、そいつを殺して欲しい、と?」


 任せろ、と男が冷たく笑う。


「違うわ。あなたには……その少女を『守って』ほしいの。ランドルマンから」

「……何?」


 男から笑みが消えた。信じられないと大きな瞳をより見開き、女の顔を見つめる。


「守るって、最初の魔女オリジンの血を引くその少女を、か?」

「そう」

「司教様は絡んでない……お前個人のお願いって感じだな」


 男の言葉に女は何も返さない。男と目を合わせないように顔は伏せたままだ。まるで、心の中を読み取らせたくないと言いたげに。


「……やってくれるかしら」

「フッ。お前のお願いなら、断ることは出来ねえな」


 静かに言葉を放つ女に、男は含み笑いを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。その冷たい表情は、神父の顔から死の宣教師アポストロフの顔に変わっていた。


「……頼んだわよ、スピアーズ」


 硬い表情のまま、女が男の名を口にした。

 男の名はスピアーズ。天使と悪魔の顔を持つ男。

 もう一度笑みを浮かべたスピアーズはボンブルグハットを深く頭に落とすと踵を返す。黒く長いローブが温かい風になびき、うねりのようにはためいた。


「わかったよ。……ボス」


 そう呟いて喫茶店を出るスピアーズが「女神様の祝福を」と店主に優しく囁く声が女の耳に届いた。すでに彼は悪魔の面から天使の面にその表情を変えているだろう。

 だが、依頼をスピアーズに告げた彼女にはもう、先ほどスピアーズに感じた嫌悪感は無かった。

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