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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第一章「失われた魔術」
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第1話 ララの古魔術書店、開店休業中

ララちゃん登場

 「先日のキンダーハイム装甲騎兵団を襲った事件は、封印された上級魔術『禁呪』によるものであると判明」


 古びた書籍が立ち並んでいる古びたカウンターの奥、大きくそう見出しが書かれた新聞を少女が読んでいる。少女の周りにあるのは『辛いものが食べたくなる魔術』と書かれたものや『乳酸を増やして疲労感を与える魔術』、『臭い匂いが好きになる魔術』など、全くもって意味不明なタイトルの本ばかりだ。

 「非武装中立区画」と呼ばれる地域にある小さな村バージェス。その村で唯一の魔術書店『ララの古魔術書店』は、まったくもって使えない魔術書ばかり扱っていると有名な「魔術書店」だった。


「真っ昼間から鳥の鳴き声が聞こえンな。……ああ、カンコドリって奴か」


 熱心に新聞を呼んでいる少女を見下ろす形で、まさにそこに止まって欲しいと言わんばかりに天井から突き出している梁に一羽のカラスが止まっている。なぜ屋内にカラスが居るのかと思ってしまいそうだが、それよりも明らかに不思議なのは――さも当然のようにそのカラスは人語を話していた。


「うるさいなぁ、もう。新聞読んでるんだから静かにしてよ」

「怒ンのそっちかよ。客が居ねぇって馬鹿にしてンだから、そっちを怒れよ」


 新聞の影から見えたその少女は、頬をふくらませ真剣に不満そうな雰囲気を醸し出していた。年齢は十四、五歳ほどだろうか、黒く毛先がカールしている柔らかいショートボブヘア、大きい黒縁の眼鏡にスノーフレークの刺繍が入った大きめのフード付きポンチョというまさに「純真」という言葉が似合う無垢で可愛らしい少女だった。


「ほらこれみてよトト。魔術師協会がこの前の事件は『封印された禁呪』が原因だって!」

「そりゃ、森が一つ無くなったんだ。普通に考えたら、どっかの派閥の『新兵器』か『魔術』のどっちかだろ」

「でも大協約で上級魔術は無くなっちゃってる筈でしょ? なんでいきなりそんなものが出てくるのさ?」

「俺が知るかよ」


 ふてくされたようにトトと呼ばれたカラスが大きくあくびをする。トトは見ての通り人語を話す珍しいカラスだ。もちろんそんな種類のカラスなど居るわけはなく、魔術で人語を話すことができるようになった。そんなトトとララは家族のような、友人のような不思議な関係だった。


「もう本当に戦争は嫌。早くどこかの陣営が勝って終わらせちゃえばいいのに」

「おいおい、急に物騒なことをおっしゃいますネ、ララさん」


 新聞をたたみながら少女、ララが吐き出すように吐き捨てる。物心ついた頃からトトの二人きりだったララは人の命を簡単に奪う戦争が大嫌いだった。

 人の命を簡単に奪う戦争――

 現在この国「シュタイン王国」は内戦状態にあった。そしてバージェスの村がある「非武装中立区画」はその名の通り、武装した組織の立ち入りを禁じている中立地帯だ。


 二年前、一代で小諸国の集合体であったこの大陸を統一し、『シュタイン王国』を作り上げた王が病死した。暗殺されたのではないかと噂されるほど、前触れもない突然の病死だった。そしてその噂が事実だ、と言わんばかりに王の死後、王位継承を巡りシュタイン王国は大きく三分した。王都キンダーハイムのハイム城を拠点とし、「第一皇子ヨハネ」を正統後継者と推す、王室・貴族を中心とした支配階級のハイム人で構成された派閥「ハイム陣営」と、聖都ヴァルフォーレを総本山とした「第二皇女アンナ」を正統後継者と推す、この国の国教である、聖パルパス教会を中心とした派閥「パルパス陣営」、そして城塞都市チタデルを拠点とする一大貿易商「ゴート商会」を中心とした被支配階級のクロムウェル人で構成された派閥「ゴート陣営」の三派閥だ。王不在のまま内戦が始まり二年が経過したが、一向に終わりの見えない均衡した争い、いわゆる「百年紛争」が続く混沌とした時代だった。ちなみに、百年紛争というのは新聞社が勝手につけた名称で、一向に終わりが見えない内戦に皮肉を込めてそう名付けられた。

 そしてそんな最中、二日前に起きた三陣営を揺るがした事件、それがハイム陣営を襲った「禁呪」騒動だった。

 重火器で武装され「最強の装甲騎兵隊」と呼ばれているハイム陣営の「キンダーハイム装甲騎兵団」の一個師団が、バンシーの森とともに焦土と化したのだ。


「でもよ、大協約を取り締まる立場の『魔術師協会』が自分トコの管理ミスでそんな危ないモンが世間に出回ちゃってます、って言ってる様な重大発表だな」

「それもそうね」

「……ララちゃん居るかい?」


 眉間にしわを寄せ、難しい顔をしているララを呼ぶ声が書店の入り口から聞こえた。


「オルガおばさま!」


 書店の入り口からひょっこりと顔をのぞかせている初老の老婆にララの顔にぱっと笑顔の花が咲いた。昔から何かとお世話になり、そしてお世話しているララの古魔術書店の向かいで暮らしている老婆、オルガだ。


「おやおや、やっぱり今日もさっぱりかい?」

「ええ、『ラミア魔術書房』がとなり町にオープンしてからぱったりと」

「いや、その前から居ねぇじゃねぇか」


 眼鏡の隙間からトトをひと睨みしたララが変わらない表情で続ける。ラミア魔術書房は世界を股にかけて魔術書を販売している、大手魔術書メーカーだ。ラミア魔術書房がとなり町にオープンしてからというもの、ララの古魔術書店の様な小さな魔術書店が次々と閉店に追い込まれていた。


「おばさま、今日はどうしました?」

「あぁ、それがねぇ」


 オルガが右脇に抱えていた古ぼけた書籍をララに差し出す。「火気注意」と書かれた大きめの冊子本だ。


「あ、出なくなっちゃいました?」

「そうなの。昨日まではちゃんと出てたんだけどねぇ」

「なるほど、ちょっと見せて下さい」


 ララは困ったわ、という表情を見せるオルガから冊子本を受け取ると、ぺろりと人差し指を舐め、本の上に乗せる。しばし沈黙が書店の中を支配するが一向になにも起きない。


「本当ですね、何も出ませんね」


 ララはそう言うとパラパラと本をめくっていく。


「契約に関しては問題なし……媒体の定義も……問題ない……あっ! ここですね」

「ええっ? もう原因が判ったのかい?」

「はい、ここの魔術成立構文が消えかけていました。古い魔術書にはよくあることです」


 カウンターの上においてあった羽根ペンで幾つか魔術書を書き直し、再度ぺろりと人差し指を舐め、本の上に乗せると、今度は突如トトが止まっていた梁の上に小さめの炎が現れた。


「ぬうわっちゃ! ララッ! てめぇわざとやってんなッ!」

「あはは、ごめんごめん」

「んまぁ! やっぱりララちゃんはすごいわぁ! 簡単に魔術書が治ったわ!」


 ララはそう言って喜んでいるオルガに照れくさそうな表情を見せ魔術書を返す。

 オルガが持ってきた魔術書は、通常の魔術書店で販売している、小規模の火を発現させることが出来る「下級ランク」の魔術書だ。

 人々の生活を成り立たせている「魔術」だが、魔術を発現させるためにはルールがあった。発現させるには、こういった「魔術書」などの魔術構文が書かれた物に、主に人体の体液からなる「媒体」を掛けあわせる必要がある。子供の頃に良く聞かされる「怪我をしたら唾を塗っておけ」というのは唾液を媒体とした下級の治療魔術から来ているらしい。

 中級魔術書以上のものはその構文に記載された「手順」を理解した上で魔術を発現させる必要が有るため「魔術解読師マニピュラー」の知識が必要になってくるが、下級魔術書は、そういった知識がない人でも使えるように単純化した簡易魔術書だった。


「いえ~、そんな。これくらいだったらいつでも」

「ララちゃんが創る腰痛治療書は良く効くって村じゃ評判だもんね。魔術構文師クラフターの資格、持ってたんだっけ?」

「いえ、独学ですよ。ここにある魔術書でよく練習してるんです。暇だから時間はたっぷりあるの」


 そう言ってララが肩を竦めると、二人から笑顔が溢れる。その後、村外れのあのお店のパンが美味しかったとか、どこどこの娘が嫁いだとかそういった井戸端話に花が咲いた。

 ――その間ララの古魔術書店に客は一人も来ることはなかった。


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