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ララの古魔術書店  作者: 邑上主水
第三章「想いの行き着く先で」
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第46話 母と子

「さて、どうしましょうか。一人づつ切り刻んでいくか、それとも腐死体ゾンビ達の餌にしましょうか」


 お好きな方を選んで下さい。

 冷ややかな笑みを浮かべながら、最初の魔女オリジンが言う。


「……簡単に行くと思うな、ハサウェイ」


 強気の言葉を放つスピアーズだったが、その表情に余裕は無かった。

 ロンドと共に対峙したあの時、運良く助かったもののもう一度拳を交えれば待っているのは確実な死だ。それに、ここは逃げることも出来ない異空間。

 退路すらも絶たれた。

 だが、スピアーズはそう思いながらも、死の宣教師アポストロフの努めを果たさんと、独り最初の魔女オリジンの前に立った。


「チタデルで僕の右腕を切り落として戴いた貴方には、最大級のお返しをして差し上げようと常々思っていたんですが、先ほどの手合わせでもうどうでも良くなりましたよ、スピアーズさん」


 貴方への憎しみが吹き飛んでしまうほど僕は素晴らしい力を手に入れました。

 最初の魔女オリジンがスピアーズを軽くあしらう。

 悔しいが認めるしか無い。それほど、最初の魔女オリジンとスピアーズの間には計り知れない力の差があった。


「……何度も言わせるなよ」


 相手が誰であろうと、死の宣教師アポストロフは退かない。

 ただ相手を滅するのみ。

 

「あはは。本当に無駄な事が好きなんですね。……うん、逃げ場のないこの状況では仕方のない事ですか。己の命と引き換えに一矢報いる。そんな所でしょうかね」


 最初の魔女オリジンの言葉にスピアーズが苛立ちを募らせているのが判る。

 手も足も出ない圧倒的な力を持つ相手に、死の宣教師アポストロフとしての使命すら果たせない。

 最初の魔女オリジンに対してではなく、無力な己に対してスピアーズは腹が立っていた。


「ですがね、スピアーズさん。その一矢すら、もはや不可能ですよ」


 そう言って最初の魔女オリジンが「静かに」と言いたげに顔の前で人差し指を天に向かい、指した。

 

「まずは貴方の大事な、銀髪のお嬢さんを消し炭にしてあげましょう」

「……ッ!」


 最初の魔女オリジンが囁いた冷酷な言葉に、スピアーズとリンの表情が固まる。

 そうだ、その顔だ。その顔を見たかったんですよ。スピアーズさん。

 悦に入った笑みを浮かべながら、最初の魔女オリジンが指先をスピアーズの背後に立つリンに向けられた。


「やめろハサウェイッ!!」

「無駄ですよ」

 

 リンを守るように身を乗り出したスピアーズとリンに向け、躊躇すること無く最初の魔女オリジンの指先から紅蓮の矢が放たれた。

 指先の空気が歪むほどの強烈な熱を帯びた魔術。


「アハハッ! そら、消えたッ!!」


 見せて下さい。貴方達が燃え、そしてもがき苦しむ姿を。

 その姿を見逃すまいと目を見開いた最初の魔女オリジンだったがーー彼女の望むその光景は訪れることは無かった。 

 ひらりとスピアーズの前に現れたのはスノーフレークのポンチョを着た少女。ララだ。

 小さな手を広げ、最初の魔女オリジンの魔術をその掌で受けるーー


「テテレスタイ……ッ!」

「まさかッ……!」


 あの時、ラインライツで盗み見た光景が最初の魔女オリジンの目前に広がる。

 ブランが発現させた「天魔の炎槌」が吸い込まれてしまった時と同じように、最初の魔女オリジンの指先から放たれた矢はまるで炎が風にかき消える様に、ララの掌の前で瞬時に消失した。

 

「……まさか、記憶が戻ったんですか?」


 最初の魔女オリジンが初めて見せるうろたえた表情。

 そこには明らかな焦りの色が見えていた。

 ユナが居なくなった今、時空魔術書を発現できる魔術解読師マニピュラーは居ないはず。一体どうやって記憶をーー

 

「貴方は……」


 掌を最初の魔女オリジンに向けたまま、ララが涙に濡れた瞳で睨みつける。


「たくさんの想いを裏切って、そして奪っていく……酷い人です」


 ひょっとしてあのハサウェイさんは戻ってくるのかと思ってた。おっちょこちょいだけど優しくて頼れるハサウェイさんが「ごめんね」って照れながら戻ってくると願ってた。

 だけど……


「……偽りの僕を信じた君が悪いんですよ、ララちゃん」

「ええ、だから……だからこそ、貴方をこのまま放っておくわけにはいかないんですッ!」


 そう叫ぶララの掌が赤く光った。

 掌の周囲の空気が歪み、強烈な熱を帯び放たれたのはーーさきほど最初の魔女オリジンが放った紅蓮の矢だ。


「……なッ!?」


 瞬時の出来事で、最初の魔女オリジンの反応が遅れた。

 避けることができず、咄嗟に左手で紅蓮の矢を受け止める。だが、左手で受けた矢は容易く最初の魔女オリジンの掌を貫いた。


「くッ!!」


 より細く、そして強靭に圧縮された炎の矢は、そのまま彼女の頬をかすめ、乳白色の虚空へと消えていく。

 ジリジリと鈍い痛みが最初の魔女オリジンの頬に浮かんだ。


「僕の……魔術を……」

「あれは『矛の力』……?」


 最初の魔女オリジンと同じように驚嘆の声を上げたのはカミラだ。

 ララの身体に宿ったもう一つの力。全てを受ける「盾」と全てを破壊する「矛」。無意識のうちなのか、それとも時空魔術がララの身体に宿るその力の記憶までも呼び起こしたのか解らないがララは確かにその両方の力を使いこなしている。

 その事実にカミラは驚きを隠せなかった。


「ヘスが記憶を戻してくれました。ヘスの最後の願いが私に全てを思い出させてくれたんです」


 悲痛な表情を出すまいと感情を飲み込みながらララが言った。

 ヘスが残してくれた想い。痛いほど伝わってきた、大切な人の願い。


「ヘス君……あの……あの小僧ッ!」


 ヘスの名を聞き、最初の魔女オリジンの表情が一辺した。

 その目に映るのは怒り、憎しみ、そして嫉妬。


「いつも僕の邪魔をするッ! あざ笑うように僕を否定するッ!」


 怒りに震えながら最初の魔女オリジンが身を捩る。

 僕は間違っていない。力があれば全てを手に入れられるんだ。最初の魔女オリジンの力があれば……僕にもヘス君のような「心」がーー


「……邪魔をするなッ! ジーナの末裔ッ! 私と兄様のォ……!」

 

 動揺によってその心に生まれてしまった僅かな隙を突いてテトラが最初の魔女オリジンの身体を支配した。

 邪魔者は全て消す。

 ハサウェイとは違う欲望への渇望が最初の魔女オリジンの身体を突き動かす。


「消えなさいッ!」


 最初の魔女オリジンが両手を突き出し、魔術の発現に移る。魔術構文も媒体も必要としない、純粋な永久魔術エターナルマゲイアが空気を揺らす。


「ララ殿ッ!」 


 最初の魔女オリジンの両手から放たれた際に発生する強烈な衝撃がララの周りに立つバクー達を襲った。

 魔術そのものの力ではない、発現した際に生まれる「残り火」だけで気を抜けば命を持って行かれかねない。

 だが、彼らには、ただ事の行く末を見守るしか無かった。


「テテレスタイッ!」


 その言葉と同時に、ララの両手に凄まじい衝撃が起きた。

 スピアーズの物とは比べ物にならない程に巨大で強力な炎、空気を裂く程に鋭い風、全てを焦土と化す雷槌。その一撃一撃が、凶悪な上級魔術だったがーーその全てがララの掌の中へ消えていく。

 

「……ああぁぁぁッ!」


 ハサウェイの精神に影響されたのか、半狂乱に陥った最初の魔女オリジンが一心不乱に魔術を発現し続ける。


「もうやめてッ! ハサウェイさんッ!」


 最初の魔女オリジンが放つ魔術の衝撃に必死に耐えながら、ララが叫んだ。

 まるで鏡で光を反射するかのように、ララに向けられた魔術は「矛の力」でそのまま最初の魔女オリジンの身体を襲う。

 そして、次第に最初の魔女オリジンの身体に現れた異変。

 己の魔術によるダメージなのか、それとも凶悪な魔術の副作用なのか、最初の魔女オリジンの身体が次第に崩れていくのが、ララの目にもはっきりと判った。


「私……僕の邪魔をするなァァアァッ!」


 もはや断末魔に近い最初の魔女オリジンの叫びが異空間に響き渡る。

 美しかった雪のような肌は、ひび割れ、魔術を発現した衝撃で舞い散り、その目は赤黒く腫れあがり先ほどまでの気高い魔女の威厳は鳴りを潜め、滅び行く死人の体すら感じる。


 だが、最初の魔女オリジンは狂気じみた魔術の発現を止めることは無かった。魔術を放つ指先から始まり、次第に腕が、そして身体から黒い塵が剥がれていく。

 ーーと、その時だった。


「うッ……!」

 

 魔術を放っていた最初の魔女オリジンが突如魔術の発現を辞めーー己の首を両手で掴んだ。

 一体何が起きたのか、最初の魔女オリジン自身も判らなかった。

 明らかに己の意思と反していると言いたげな表情を浮かべ、苦悶の表情を浮かべる。

 

「なッ……ぐうぅぅッ!」


 最初の魔女オリジンが何かに抵抗しているような唸り声を上げる。

 その呪縛が剥がれつつ有ることで、呼び起こされつつ有る「器」の意思だということにララはすぐ気がついた。


「……お母さんッ!」


 ララは叫んだ。

 お母さんだ。お母さんの意思が最初の魔女オリジンの身体の自由を奪いつつ有る。


「ラ……ララ……」


 引きつった表情からひねり出すような小さな声が最初の魔女オリジンの口から漏れる。その声はハサウェイのものでもテトラのものでもなかった。


「お母さんッ!」

「ララ、リンと……カミラと一緒に……発現するのよ……テテレスタイ……を」


 苦しそうに言葉をひねり出す最初の魔女オリジンにララははっとした。

 テトラを復活させないために魔術の効力を失わせる「盾の力」を発現させる。記憶が戻る前に確かに耳にしたお母さんの言葉。

 だが、魔術の効力を失うその力を発現してしまえばーー


「駄目ッ!」


 それはつまり、ユナの命をつなぎとめている時空魔術の効力も失わせる事になる。

 ヘスに続き、母の命さえも奪われてしまう。

 その事実にララは心がぎゅっと押しつぶされてしまうようだった。


「このまま私の『盾の力』で魔術を跳ね返せば最初の魔女オリジンは自壊するはずッ!」


 現にその身体を支配していたハサウェイとテトラの意識は薄れ、お母さんの意識が戻りつつ有る。


「駄目よララ。これは一時的な……物。魔術で最初の魔女オリジンは……斃せない」

「でもッ……」


 ユナの言葉を証明するように、ボロボロと崩れ落ちる塵の動きが止まった。


「ララ……良いの。はじめからこうなる運命だったの」


 最初の魔女オリジンの口調が、次第にはっきりと、そして確実にユナのものへと移り変わっていく。

 ずっと会いたかった母の姿に。


「やっと、やっと会えたんだよ。色々話したいこともある……たくさん聞きたいこともあるんだよ!」


 今だ両手をつきだしたまま、ララが思いの内を吐き出した。

 もしお母さんが生きていて、会うことができたなら。ずっとそう思ってた。


「お母さんから受け継いだ魔術書店、お客さんは全く来ないけど一人でしっかりやってるよ。バージェスの村ですごく優しくしてくれるオルガおばさんっていう人がいるよ。トトとは喧嘩もするけど、仲良くやってるよ」


 まくし立てるように、腕をつきだしたまま、ぎゅっと掌を握り、小さなその身を硬直させ、ララが言う。

 必死におさえていた感情が溢れ、頬を伝う。


「……私、人を好きになれたよ、お母さん」

「良かったララ。本当に、良かった。甘えん坊で泣き虫だった貴女の大きくなった姿が見れて嬉しいわ」


 這い上がってくる黒い衝動を押さえつけながら、ユナが小さく笑みをララに送った。

 ユナもまた、ララと同じように願っていた。

 生きて我が子に会えたならーー

 

「お母さん」

「……ララッ!?」


 気がついたその時、ララはテテレスタイの発現を止め、ユナの側へと歩み寄っていた。

 危険すぎる。

 今だ私の中に、テトラとハサウェイの精神が残ったままだ。一時的に身体の自由を取り戻せただけでいつララ達に襲いかかるか判らない。

 だが、ユナは「離れなさい」とは言えなかった。


「会いたかったよお母さん」


 ララが両手を広げ、ユナを抱きしめた。

 小さいララの両腕に収まらない為に、まさに抱きついているような格好でララは愛しい母の暖かさを全身で確認するように、しがみついた。


「あぁ、ララ。私も……」


 どれほど貴女達に会えたなら、こうやって抱きたいと思ったか。

 どれほど愛情を注いであげたいと思ったか。

 駄目だと想いながらも、ユナもまた、ゆっくりとララの身体を強く抱いた。


「私には無理だよ」


 母の胸でララが小さく吐き捨てた。

 幼いララには酷すぎる現実。痛いほど判る。

 だけど。だけど……御免なさいララ。


「ララ、時間が無いわ。早くリン達と終わらせて頂戴……」


 苦渋の思いでユナが小さく言葉を漏らす。

 だが、ララの返事は無かった。


「ララ」


 小さくささやきながら、ララの傍らに立ったのは、両肩にアポロとトトを乗せたリンだ。


「お母さんを判ってあげて」

「……ッ!」

 

 リンの口から放たれた意外な言葉にユナは目を丸くした。

 口を開けば小憎たらしいことばかり言っていた昔のリンからは想像できない一言。


「リン。貴女も本当に大きくなったわね」 

「……フン。私は貴女の事なんか……」


 その言葉が強がりであることは、ユナにはよく判っていた。

 そういう所は昔と変わってない。


「おいでリン。貴女のぬくもりを私に感じさせて頂戴」

「……ッ!」


 ユナの言葉にリンがビクリとたじろいだ。

 母は死んだと自分に言い聞かせてきた。大切な人をクルセイダーに殺されたあの時から私は独りで生きていくと決めた。誰にも頼らず、温もりも安堵も要らない。

 だけどーー


「……お母さん」


 そう小さく呟き、促されるまま、リンもまたユナの胸へと身を委ねる。

 こうして二人を抱く資格なんて私にはない。

 

「……最後に貴女達に会えて本当に良かった」


 悔いは無い。

 ユナがそう感じたその時、まるで深海に沈んでいくような感覚がユナを襲った。

 ハサウェイとテトラが戻ってくる。


「カミラ、私がこんなお願いをする資格はないかもしないけれど、二人をお願い」


 ユナに残された時間は無いことを察知したカミラは無言で頷いた。


「トト、貴方もララをお願いね」

「……うっせぇ」


 リンの肩からララの肩に飛び移り、そう吐き捨てるトトにユナは呆れたような眼差しを送った。

 

「ララ、リン、さぁ早く『終わり』の力を。その言葉を言うのよ」


 両手からララとリンの身体を離し、ユナが囁いた。

 せめて意識が途切れるその時まで、成長した我が子達の姿を見ていたい。そう想いながら。


「大好きだよ、お母さん」

「私もよ、ララ」


 そう言うララも、そしてユナもまた涙を流す。

 ララとリンはいつの間にか手をつないでいた。悲しみに押しつぶされないようにしっかりと。


「さよならは言わないよ、ユナ」


 すぐそっちに行くからさ。

 ララとリンの肩を抱き、カミラがぼやく。

 相変わらずの姉だ。ユナは笑みを浮かべ、頷いた。


「……テテ」


 最初に言葉に出したのはララだった。

 ほんの短い時間だったけれど、お母さんとのこの記憶は私の中にずっと残るーー


「レスタイ」


 最後の言葉は三人で優しく囁いた。

 すべてを終わらせる言葉。

 だけどそれは、想い出を心に刻む為の始まりの言葉のようにララには感じた。

 旅の行き着く先で、愛する母に貰った大切な想い出と歩む始まりの言葉。


「うぅうぅぅぅッ! やめろッ! 僕を……私を離せッ!」


 最初の魔女オリジンが最後の言葉を放った。

 だが、その瞳は今だユナの意識が残っていた。

 最後の瞬間まで、優しい眼差しをララとリンに送り続ける。


「僕は……ッ!」


 ハサウェイの声をかき消すように乳白色の異空間に、金色の光が差し込んだ。空を切り裂く、恵みの太陽を連動する優しい光だ。 

 その光に抱かれながら、全ての魔術は効力を失い、最初の魔女オリジンの身体はその内に秘める欲望とともに灰燼に帰した。

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