プロローグ
はじめまして、主水と申します。
オリジナル投稿は初です。
プロローグではまだ主人公はでてきてません(汗)
霧が立ち込める鬱蒼とした森の中、いくつかの人影が列を成してゆっくりと歩いている。「全く鬱陶しい霧だ」一人がそうつぶやいた。木々の隙間から、ちらちらと日差しの欠片が降り注いでいるものの、辺りは薄暗く、時間を感じさせない。
「バンシーの森」とよばれているこの森は一年中霧が立ち込めている不気味な森だった。幽霊が住み着いているという噂から、人々が「幽霊の森」と呼び始めたのが始まりらしい。何気ない木々が、まるでおとぎ話に出てくるモンスターのように見えてしまう。霧そのものではなく、その「幻」が鬱陶しいと彼は思っていた。
「前線を確認して早く戻りましょうよ」
別の一人が震え声でそう語る。深い霧でよく見えなかったものの、人影は四つあった。その四人に共通しているものがある。それはその「身なり」だった。
森の中には似つかわしくない、真紅の獅子が刺繍された青い上着に、足元をしっかりと保護した白いゲートル、それに特徴的な目庇のある、高い円筒形のシャコー帽、そして両手に持たれているのはボルトアクション式のライフル――彼らは兵士、それも「銃」の扱いに長けた「銃士」だった。
「へっ、やっぱテメェは気が細せぇなミーシャ。ビビってんのかよ?」
「び、びびってなんか無いよ! ただ、闇雲に進みすぎて偵察どころか接敵しちゃったら本末転倒じゃないか」
「アドルフ、ミーシャ。集中しろ」
殿を務めている男が注意する。襟章の装飾が他の3人よりも派手なことから察するに下士官だろうか。
「へいへい、判りましたよハンス少尉。まぁ、実は一番びびってるのは俺なんスけどね」
「おいおい、漏らしてるんじゃないだろうな? アドルフ」
「あ~、やべぇス、びっしょりス」
「ハッ、馬鹿野郎」
自分の股間に手を当てがい、周りを茶化すアドルフを後ろからハンスが小突く。
「ところでハンス少尉」
「なんだ?」
「前からずっと思ってたんスけどね、わざわざ俺らが危険を犯してこうやって偵察するよりも、便利な『魔術』を使ってしまえば無駄な労力はかからずに済むんじゃないんスかね?」
「アドルフ、貴様は大協約『グラントール』も知らんのか」
幼稚なアドルフの問いかけにハンスが呆れ顔を見せる。それもそのはずだ。大協約は子供でも知っている世界標準の「魔術に関する協約」だからだ。
気の遠くなるような遠い昔、「最初の魔女」と呼ばれる魔女が創造したと伝えられている自然科学の域を逸した技術、「魔術」。その「魔術」は長い時を経て、万人が容易に扱えるよう「魔術書」として形を変え、人々の生活に溶けこむように普及した。
今では誰もが夕食を作る際に「火の魔術書」を使うし、食器を洗う際には「水の魔術書」を使う。日々の生活で「魔術」を使う事……それが当たり前の事だった。だが、「最初の魔女」が残した「魔術」は人々を豊かにするためのものだけではなかった。一つ間違えば、たやすく人命をも奪う事ができてしまう危険なものも数多く存在していた。そのため、「魔術」を戦争や犯罪行為に利用されるのを避けるために、「危険性が高い上級魔術の生成および行使を禁ずる」とした「協約」が遥か昔に国々の間で取り決められていた。それが大協約「グラントール」だった。
「いや、知ってますがね、こうやって足を使ってンのが馬鹿らしいって話ッスよ。宝の持ち腐れ、猫に小判、銃士に魔術ってね」
「……フッ、貴様のその『軽口』は充分魔術の領域にあると思うんだがな?」
「おっ、褒めてくれてんスか?」
「馬鹿にしてんだよ」
ハンスの返答に、アドルフは戯けた表情をミーシャに見せた。
「いいかアドルフ、我々は与えられた任務をただこなすだけで良い。それ以外の事は考えるな。ミーシャ、我々に与えられた任務は何だ?」
「先日の会戦で敗れ、後退している『ゴート傭兵師団』の現在位置を確かめ、我が『キンダーハイム装甲騎兵団』の進撃路を確保する任務であります」
「そうだ。それだけを考えていれば良い。いいな?」
アドルフとミーシャは無言でハンスに頷いた。任務の事だけを考えていれば良いとは言ったものの、アドルフの言っている事も、もっともだった。大協約によって魔術の軍事利用が禁止されている為に秩序が守られているとはいえ、命をかけた争い事において、綺麗事を並べる必要はあるのか――死んでしまえば終わりだ。彼のように大協約にどこか矛盾を感じている兵士は少なくなかった。
「少尉殿」
チームの先頭を歩く、ポイントマンが低い声でハンスを呼ぶ。ゴート傭兵師団の姿が見えたのか。ハンスはポイントマンの傍らに走ると、アドルフとミーシャに「待機」のハンドサインを出した。
「あれは何だ?」
ハンス達の先に見えるそれは――一人の少年だった。まるで幽霊かの様にふらふらと歩いている少年。年齢は十代半ばだろうか、まだ幼さが残るという表現がふさわしい顔つきだったが、まるで囚人服のようなボロボロになった白衣を纏い、泥と汗で薄汚れた顔、そして視点の定まっていないその目がハンス達にもの恐ろしさを与えた。
「……貴様、そのままゆっくりとこちらに来い」
ハンスがライフルをその少年に向け、静かに叫ぶ。ハンスのその声に他の三人に緊張が走った。普通じゃない。その場の誰もが少年にそう感じていた。だが、少年は自分に向けられたライフルの銃口に恐れること無く、先ほどと速度と方向は変わらぬまま歩いてくる。その異様な雰囲気から、その場の全員が銃口を少年に向けた。
「少尉どうしますか、撃ちますか」
「待て、身を検める」
ハンスが銃を向けたままゆっくりと少年に近づく。より近くで見るその少年は明らかに普通の少年ではなかった。そのうつろな瞳以外にハンスの目に入った「異形」――それは、ボロボロになった白衣の破れ目から見える、皮膚上に書かれた文字。
「アドルフ、こいつの上着をめくれ」
ハンスの命令にアドルフが銃口を器用に使い、少年の上着をめくり上げる。そこにあったのは――体中の皮膚を覆い隠すように書かれた意味不明な文字だった。
「な、なんだこれは」
「し、少尉、こ、これは……」
心当たりがあるような表情でミーシャが続ける。
「ま、ま、ま、魔術構文です……!」
「……魔術構文? 魔術を発現する際に使う『魔術書』に書かれているアレか?」
「ま、間違いありません。ぼ、僕、魔術解読師の経験がありますから」
「なんでこいつ、体中に魔術構文が書かれてんだよ」
得体のしれないその少年に、恐怖が湧き水のように四人を支配していく。危険だ――ハンスの経験がそう叫んだ。
「ミーシャ、本隊に連絡だ。ゴートの連中の罠かもしれん。アドルフ、下がれッ……」
と、何かつぶやいている少年の口元がハンスの目に映る。よく聞き取れない、言葉とも言えない声だ。
「お……おーわれらのー……きし……だん……」
「……何?」
歌だ。少年は歌を口ずさんでいる。それも――自分が所属している「キンダーハイム装甲騎兵団」の軍歌だ。
何故その歌を――そう少年に問いかけようとしたその瞬間、ハンスの視界がぐにゃりと拉げ、凄まじい爆音とともに広大な森林地帯である「バンシーの森」は――この世から姿を消した。
書いててワクワクしちゃうので、なるべく早く次話投稿しちゃいます!
感想なんかいただけるとめちゃんこうれしいっす^^