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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短編ホラー

風鈴

作者: 壱原 一

何かと悩み事が重なり、偶然見た旅行ブログを参考に、仏教系の精神修養を行える単身貸し切りの宿泊施設を訪れた。


還俗したお坊さんの晩年の隠居所だったと言う和風の邸宅で、ひなびた山林に建っている。


大きな庭池にわいけり出した濡れ縁に通じる板の間でもっぱら瞑想する。薄暗く静かで清々しく、とても居心地よく落ち着けた。


特に板の間を背にして正面左右にわたる濡れ縁の右角の軒天の辺りから、鋳物の風鈴の音がしてしみじみ心を洗われる。


3日もすると大分気持ちがほぐれ、濡れ縁で庭の眺めを楽しむゆとりが生まれた。


滞在後半、緑深い佳景かけいを心行くまで味わって板の間へ戻りしな、常の如く清らかな風鈴の鳴りが聞こえ、そういえばどんな物だろうと濡れ縁の角へ寄ってみる。


角を折れると濡れ縁の床板は途切れ、池の水面に擦り替わり、横は板の間の外壁で、上に風鈴を吊るした軒が張り出す造りである。


果たして身を乗り出し覗き込むと、意外や縦にこんもりと陰りがある。生い茂った枝と思われた所、見れば首を吊られた人だった。


軒天から首を吊られている。


首を吊られて揺れている。


薄紙か靄の如くぼんやりと、有るか無きかの微風に吹かれ、仄かに揺れているのだった。


顔はくたりと下を向き、首は伸び、肩は落ち切っている。


着物らしき服の裾の奥から、一筋、しおれたつるめいた物がへばり付き、長々垂れ下がっている。


覗き込んだ顔を上へ向けると、下向きの死に顔と行き合う。


暗然と浮腫むくんだ顔の、弛緩して顎の落ちた口から、傷んだ舌が伸びている。


死んでいると得心した時、穏やかに緑風がそよいで、吊られた人が揺れた口から耳慣れた音が鳴った。


澄んだ鋳物の風鈴の音。


くずおれた頭の内奥ないおうに、上等な鋳物の風鈴が納められているかのようだった。


口蓋こうがいに幾らか籠らせて、無残ななりとはてんで裏腹なすがしい音を奏でている。


去り際、吊られている人の真下の池の底の方に、吊られた人に両腕を伸べ、渋面で目を閉じる人が居ると気付く。


切々と水面を掻き寄せて、険しく厳しい顔をして、押し上げて救わんとしているのか、引き下げて絶やさんとしているのか、どうとも判じられないが、並みならぬ情念には違いない。


去りらぬ過去の残影を、誰に言えるとも無く部屋へ戻り、また瞑想しては風鈴の音を聞いて、滞在を終え俗世へ帰った。


*


浮き沈みは人の世の常、以来、わずらう事があると、件の宿泊施設へ行く。


濡れ縁で風鈴を眺めて、清しい音を聞いていると、段々心が凪いでくる。



終.

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