54. 手作り(1)
ルーカス→瑞希視点
翌朝、ルーカスは目覚めてすぐに感じる腕の中の瑞希の温もりに頬を緩めた。こんなに幸せな気持ちで目覚められる日が来るなんて、考えた事もなかった。いつも歪みで死んでいった者たちの怨嗟の声で何度も目を覚ましていたのに、世界一大切な温もりを抱き締めて眠ったお陰か初めて穏やかな心で眠る事ができたのだ。
すやすやと眠る腕の中の温もりが愛おしくて仕方なかった。俺なんかがこんなに綺麗な子に触れてもいいのだろうかと躊躇ってしまうほど。
そっと柔らかな頬に触れれば、長い睫毛が震えて綺麗な琥珀色の瞳が開かれた。
「ルーカスさん」
まだぼんやりとした瞳に俺を映した瑞希が、嬉しそうにふわりと微笑む。その笑顔を見るだけで、胸が鷲掴みにされるような心地がした。
「おはよう、ミズキ」
声をかけると、瑞希はぱちぱちと目を瞬かせた後でやっと抱きしめられている自分の状況を思い出したのか、ぱっと顔を赤く染めた。
「す、すみません、私、そのまま寝てしまって……」
「ミズキが俺の腕の中で安心して眠ってくれたなら、こんなに嬉しいことはないよ」
「……ルーカスさんは、ちゃんと眠れましたか?」
「うん。ミズキのお陰で、今までにないくらいよく眠れたよ」
俺が答えれば、瑞希はほっとしたように嬉しそうに笑ってくれた。
今日は瑞希の薬に使う材料を辺境伯領にある隠れ家に取りに行くつもりだ。人避けの魔術をかけてある隠れ家は、この何百年で収集した希少な薬草や資料を大量に詰め込んでいる。一人だけなら転移魔術の重ね掛けで午前中の内には帰ってこれるだろう。手持ちの薬草では不足している分を取りに行くねと伝えると、瑞希は「いってらっしゃい」と可愛く手を振って送り出してくれた。
***
「すぐに帰ってくるからね」そう言って転移魔術で姿を消したルーカスを見送ってから、私が真っ直ぐに向かったのは厨房だった。たくさん、本当にたくさんの優しさをくれるルーカスやみんなに少しでもお礼をしたいと思ったのだけれど、私にできることはこんな事しか思い付かなかったから。
「アンナさん、こんにちは」
「聖女様!もう体は大丈夫なんですか?」
「はい!ルーカスさんのお陰で、もうすっかり良くなりました」
「それは……本当に、良かったです」
アンナのいつもの表情にほっとする。私はいつものようにエプロンを身につけて髪を一つにまとめた。その姿に、アンナが慌てたように口を出す。
「聖女様、まさか料理の手伝いに来てくださったんですか?病み上がりなんですから無理しちゃダメですよ」
「本当に体調は良いんです。むしろ、何かしていないと落ち着かなくて」
恥ずかしそうにそう言えば、アンナは仕方ないと言いたげに笑って好きなようにさせてくれた。
アンナが野菜の皮剥きをしてくれている間に、私は夕食のメインの準備にとりかかる。いくつかのハーブとトマトソースを使って作ったタレに肉を漬け込んだら、今度はスープの準備だ。ちょうど時期なのか、大きなカボチャが目に入ったので今日はカボチャスープにすることにした。バターで玉ねぎを炒めてから、かぼちゃと水を入れて柔らかくなるまでコトコト煮込む。それから丁寧に裏ごしして塩コショウで味をととのえた。
(ルーカスさんに、少しでも喜んでもらえるかな……)
サラダのドレッシングも作れば、あとは夕食の直前にお肉を焼くだけだ。
その時、廊下からいつかのようにリヒトとマイクが顔を出した。
「聖女様!お料理をされていたんですか?! もうお体は大丈夫なのでしょうか?」
「はい。ルーカスさんのお陰でもうすっかり大丈夫です」
「それは良かったです!」
「ってか、めっちゃいい匂いするぞ!」
「今日の夕食用に、カボチャのスープを作ったんです」
瞳を輝かせているマイクとリヒトに、私は味見をしてもらおうと出来立てのスープを渡す。
「すげえ!これカボチャなのか?! カボチャってこんなに美味かったのか?! 」
真っすぐな讃辞に、嬉しさで頬が緩む。
「あの、カボチャが好きでしたら、よかったら、カボチャのプリンも作りましょうか?」
「プリンってなんだ?」
「プルプルとした、喉越しの良い甘味……でしょうか」
「野菜で菓子ができるのか?! 食べたい!この前のちょこれえとってのもめちゃくちゃ美味かったからな!きっとそれも美味いと思う!」
期待するような瞳がくすぐったくて、私は二人とおしゃべりをしながらカボチャを茹で、カラメルソースを作り始める。それから茹でたカボチャを裏ごしして、別のボウルで卵と砂糖を擦り混ぜる。小鍋で牛乳と生クリームを温めたら、少しずつボウルに加えていく。そこに裏ごししたカボチャを加えて容器に流しいれ、蒸し焼きにするのだ。
少しして、片づけをしてきますと席をはずしていたアンナが戻って来たと思ったら後ろにはヴァルトとローグまでもが付いてきた。
「お前たちも来ていたのか」
「ヴァルトさん、今日はカボチャのプリンを作ってるんですよ」
「べ、別にアンナ嬢に聖女が菓子を作っていると聞いたから来た訳ではないぞ!ただ、国から託された護衛として聖女の体調を伺いに来ただけで……」
「へー、そうなんですか?じゃあ、上司様のプリンは私がもらいますね」
「な!それは私のものだ!」
アンナとヴァルトの掛け合いの後ろでは、大人数の厨房を見て顔をしかめるローグがいる。
「げ、なんでこんなに揃ってるんだ」
「ローグも甘いもん食べに来たのか?」
「ちが、俺は、妹が聖女のお菓子を喜ぶから……」
「リコちゃん、チョコレート喜んでくれたんですね。良かったです」
あの時悲しい顔をさせてしまったリコちゃんに少しでも喜んでもらえたのならとても嬉しい。丁度蒸し終わったプリンを取り出せば、甘やかな香りとともにしっとりとした鮮やかな黄色のプリンが顔をだした。
「これで2時間ほど冷やせば出来上がるので、もし良かったらこちらもリコちゃんに持って行ってください」
「……冷やせばいいなら、俺がやってやる」
そう言ったローグが小さく呪文を唱えると、冷気がプリンを包んだ。凍ってはいないだろうかとスプーンを入れて一口食べてみると、プルンとした感触そのままに丁度良く冷えていた。
「すごいです!ローグさん、ありがとうございます!」
「……べつに」
間近で見た魔術に感激してお礼を言えば、ローグは照れたようにふいとそっぽを向いてしまった。
夕食のデザートにと思っていたのだけれど、ローグのお陰ですぐに出来上がったため、みんなにおやつとして食べてもらうことにした。カッと目を見開いてカボチャプリンがどれほど美味しいのかを語ってくれたヴァルトの様子にリヒトとマイクとローグはぽかんと目を見開いていたけれど、最後は確かにそのぐらい美味しい!と意気投合したように笑っていた。
「あ、そこに残ってるのは先生の分か?」
調理場に一つだけ残っているプリンを見つけたマイクの言葉に、私はドキリと胸が跳ねる。
「そ、れは……」
(食べてくれたら嬉しいけど、でも……)
その時、口ごもっていた私の背中を、突然温かな温もりが抱きしめた。
「ミズキ!ここにいたんだ」
「ルーカスさん!」
振り返った先には、嬉しそうな笑みを浮かべたルーカスが立っていた。魔法のように突然現れたのは、きっと転移魔術によるものだろう。私が「おかえりなさい」と言えば、とても嬉しそうにへにゃりと顔を綻ばせて「ただいま、ミズキ」と言ってくれる。そのやり取りが、なんだかとても嬉しくて泣きそうになる。
「ミズキは何をしてたの?髪を結んでるのもエプロン姿もすごく可愛いね」
「ゆ、夕食の準備のお手伝いをしてたんです。えと、それから、余ったカボチャで、お菓子を作って……」
何でもない事のように言えばいいと思うのに、どうしても声がしりすぼみになって俯いてしまう。
「ミズキの、手作り……?」
頭上から聞こえる声に、小さく頷く。
「お、俺も、もらっていい?」
「え……?」
「……え?」
ルーカスの言葉に、信じられない気持ちで顔を上げる。驚いたように疑問を口に出した私に、ルーカスもまた固まっていた。私は慌てて声を上げる。
「あ、あの、無理しなくてもいいんですよ?」
「……え……?」
「手作りのお菓子がダメな方って、向こうの世界でもいましたから。ルーカスさんが食べてくれたら、私は、とても嬉しいけれど……、ルーカスさんに無理してほしくないんです」
たしかに食べてもらえたら、とても嬉しい。今のルーカスなら私のために食べてくれるんじゃないかと思うけれど、私は彼に喜んでもらいたいのであって、無理して食べてほしい訳ではないのだ。甘いものが嫌いだったのかもしれないし、手作りのお菓子はやっぱり重くて気持ちが悪かったのかもしれないし……。花祭りのことを思い出し、そう言って気にしないでくださいと笑いかければ、何故かルーカスは顔から血の気を引かせていた。
間空いてしまっているのになかなか話が進まなくてごめんなさい(>人<;)次話は明日には出せると思います!




