表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/55

49. 朝

瑞希視点→ルーカス視点



――とても、嬉しい夢を見た。あなたが幸せそうに笑って、私を見てくれたの。それだけで、私は――





ふと目を覚ますと、窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。

手が何かに掴まれていると感じて視線を下げると、私は目を丸くして驚いた。そこには、私の手を握りしめて眠るルーカスの姿があったから。


「え⁈ ど、どうして……⁈」


動揺する私の声に起こされたのか、ルーカスが瞼を上げる。私はあまりの事に混乱して何故こんな状態にと考えた結果、最悪な推測が頭をよぎった。ルーカスが口を開く前に、私はガバリと頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!私、ルーカスさんの手を無意識に掴んでしまっていたんですか?治療でご迷惑をかけていたのに、さらにこんな……。本当に、ごめんなさい!」


これ以上、嫌われたくない。私は泣きそうになりながら、ギュッと目をつぶって頭を下げた。

ため息でも吐かれると思っていたのに、しかし頭上からかけられたのは初めて聞くような優しい声だった。


「君が謝る事なんて何もないよ。ねえ、顔を上げて、ミズキ」

「!」


頭を下げたまま、私は驚きに目を見開く。


(私の……名前……。どうして?どうしてそんなに、大切なものみたいに、私の名前を呼ぶの?まるで、昨日の幸せな夢の中みたい)


ルーカスに話しかけるたびにガチガチに緊張し、血が滲むほどに握りしめていた手のひらをそっと包み込むように握られる。それに驚いて、私はハッと顔を上げた。そこには、ひどく優しげな、まるで大切な宝物を見つめるようなルーカスの瞳があった。


「体は、もう大丈夫?」


「どうして……?どうして、私のことなんて、心配しているふりをするんですか……?」


私の言葉に、ルーカスの表情が強張る。それでも、私は口を止めることができなかった。


「……もしかして、昨日の私の夢を、魔術で覗いたんでしょうか?後からこんな事私に言う訳ないだろって笑うために、優しくして、いるんですか……?」

「ちがっ」


顔色を変えて慌てて否定しようとしたルーカスの言葉は、ボロボロと流れる私の涙に完全にかき消された。





「お願いします……。もう、ルーカスさんに迷惑かけないようにします。……だから、昨日の夢だけは、馬鹿にしないでほしいんです。馬鹿な妄想女の夢だと、そっとしておいてくれませんか?」


これ以上煩わせないようにと、必死で声を殺して泣く姿に、ルーカスは自分の胸に鋭い氷のナイフを突き刺されたような心地がした。俺が傷つけてきた彼女の傷は、きっと俺の想像以上に深いものだった。いくつもいくつもある傷口は、未だに血が滲んでいて、彼女の心はもう少しで壊れそうなほどボロボロになっていた。――それでも、昨日の夢だと思い込んでいるあのわずかな俺との時間を、生きる縁のように抱え込んで守ろうとする姿が、痛くて、愛おしくて、自分が不甲斐なくて堪らなかった。彼女の痛みに触れるたび、自分のどうしようもなさに死にたくなる。

だけれど、今、一番傷ついているのは彼女だ。たとえ自分がどうなろうとも、彼女を救えるのならばなんだって差し出そう。


「ミズキ、俺はこれから二度と、君に嘘はつかない。誓約するよ」

「え?」


突然の俺の言葉に、真意が分からず疑問の声を上げた瑞希に俺は優しく微笑むと、少しだけその手を放して自身の両手を祈るように握り目を閉じた。


「『この地を守りし神に誓約す。我、ルーカスは聖女ミズキに対し、決して偽りを口にしない事をここに誓う』」

「!!」


神聖な光が部屋に満ちて、そして夢のように消えていく。俺の誓約魔法に、彼女は信じられないものを見るように息をのんで俺を見つめた。琥珀の瞳が零れ落ちそうなほど開かれていて可愛かった。


「やっと、こっちを見てくれたね」

「な、何で!何で、誓約魔法なんてしたんですか⁈そんな大事な事、どうして私に……⁈」

「君だからだよ。君に、どうしても信じてほしい事があったんだ」

「信じて、ほしいこと……?」

「うん。……俺はね、君が好きだよ」


短い言葉に、俺の千年分の想いをのせる。

瑞希は信じられないように、力無く首を振った。


「う、うそです……」

「嘘じゃないよ。ほら、俺は生きてる」


俺の言葉に、琥珀の瞳にじわりと涙が溜まった。誓約魔法を使ったとはいえ、すぐに信じられないのは当然だろう。それだけの酷い態度を、俺はとってきた。ただひたすらに、俺の生を願い続けてくれていた彼女の心を傷つけ続けてきたのは、他でもないこの俺だった。


「ごめんね。俺は昨日、君の記憶を見たんだ。……ずっと、俺たちの為に頑張ってくれていたんだね」


ひゅっと、息を呑む音がした。瑞希の顔色が、真っ青になる。


「歪みの消滅方法を、知ったん、ですか……?」


絶望に震える瑞希を見て、話の順序を間違えたと慌ててその手を握る。その俺の手を、小さな手が縋るように握りしめてきた。


「死なないで、ください……」


二人の握り合う手に、ボタボタと涙が落ちる。


「お願いします、ルーカスさん。一人で、死なないで……!」


絞り出すように、悲痛な叫びをあげる瑞希の姿に、俺は胸が締め付けられた。初めてだったのだ。自分の生を、これほどまでに願われたことが。忌まわしいエルフである俺に、ボロボロに傷つけられている彼女は真っ先に、生きてほしいと叫ぶのだ。

気づけば俺は、華奢なその体を力いっぱい抱きしめていた。


「……ありがとう、ミズキ。俺の生を、願ってくれて」


腕の中の小さな体が、愛おしくて仕方なかった。まるで奇跡みたいなこの腕の中の存在に、抱きしめる俺の腕まで震えているような気がする。その愛おしい少女は、弱弱しく首を振った。


「違います、自分のためです。私は、浅はかにも、自分の欲のために行動して……聖女失格、です」

「違う!……いや、ごめん。こんな風に考えさせたのは、俺のせいだったね」


どこまでも深く彼女の心を傷つけてきた過去の自分を頭の中で何百回も絞め殺しながら、俺は彼女が落ち着くように優しく語り掛ける。


「記憶の中の君はね、俺の為に、他のみんなの為に、本当に一生懸命だった。身勝手なんて言葉とは、正反対のところにいた」


どこまでも、自分を責めていた瑞希。君が自分を責める必要なんて、どこにもなかったのに。


「君の気持ちがさ、とても、嬉しかったんだ。君の側で生きられたらって考えたら……涙が出るくらい、幸せだった」


君の想いに触れるほどに、俺の心は修復されていった。遥か昔に諦めて自ら捨て去ってしまった心の欠片を、君は一つずつ丁寧に拾い集めて抱きしめてくれた。


「散々君を傷つけてきて、何を今更って怒るかもしれない。何度だって謝るし、気が済むまで俺を殴ってくれていい。だけどこれだけは、伝えさせて」


そっと、柔らかな頬に触れる。


「ミズキ、君を愛してる」


潤む琥珀色の瞳を、真っすぐに見つめた。そして、心からの願いを乞うた。


「叶うのなら、ずっと、俺の側にいて」


俺の手は、きっと小さく震えていた。もう、彼女を失う事なんて考えられなかった。拒絶されたらと思えば、恐ろしさに震える。

ああ、俺は彼女にどれだけ酷いことをしてきたのだろう。どれだけ、辛い思いをさせてきたのだろう。本当なら、こんな男拒絶されて当然だ。それでも俺は、懺悔するように、希うように、彼女の小さな手に頭を垂れた。


「ほんと、ですか……?私は、あなたを好きでいて、いいん、ですか……?私は、『瑞希』じゃないのに」


頭上から聞こえた彼女の弱弱しい言葉に、俺はぱっと頭を上げて叫ぶように答えていた。


「そんな奴知らない!君がいいんだ!ミズキ、君を、愛してるんだ!」


ゲームとやらの登場人物なんて知らない。目の前の彼女以外なんていらない。

顔を上げた俺の視界に、涙をいっぱいに湛えた瑞希が映る。ぽろりと零れた雫は、まるで宝石のように綺麗だった。


「私が側にいれば、ルーカスさんは、笑ってくれますか……?生きて、くれますか……?」

「ああ、……約束する」

「私は、きっと長くは生きられません。それでも、いいんですか……?」

「俺が治してみせる。絶対に、君を死なせたりしないから。

だから、俺と、生きてくれる……?」

「っ!」


俺と生きてほしい。そう告げた言葉に、ミズキは息をのんで……そして、ぼろぼろと涙を流した。涙を流しながらも、綻ぶように笑って頷いてくれた君の笑顔を、俺は生涯、決して忘れることはないだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ