46. 記憶(1)
後半からルーカス視点です。
目が覚めた時、真っ先に感じたのは未だじくじくとした腕の痛みだった。その痛みに覚醒を促され、ゆっくりと目を開けるとそこには見覚えのある天井。
私は、離宮の自分の部屋に寝かされていた。
「気が付いたみたいだね」
響いた声の方を向けば、ベッドの横にルーカスが座っていた。
「ルーカス、さん……」
「襲撃があった時の事覚えてる?あの後、重症の君を連れて治療のために離宮に転移してきたんだよ。怪我は治癒魔術で治したけど、毒のせいで今夜は熱が出るかもね」
「リヒトくん、怪我は……」
真っ先にリヒトの怪我を尋ねると、ルーカスはグッと眉を寄せた。
「君以外に怪我人はいない」
「よかった……」
リヒトを守れたことにほっとしていると、ルーカスの苛立った声が響いた。
「何を考えている?半獣人よりもずっと弱い人間のくせに、リヒトを守れるとでも思ったの?死にたいわけ?」
ルーカスの言葉に、びくりと肩が震える。神様からもらったこの生を自分から捨てるつもりはなかった。それでも……、ルーカスの大切な人を守って死ねるなら、きっと私は喜んでこの命を差し出しただろう。それで、正しい聖女が召喚されるなら、私は……。
「リヒトに恩を売るつもりだったかもしれないけど、護衛であるリヒトを庇うために聖女様が浄化の続行ができなくなったなんてなったら、リヒトが人間からどれだけの非難を受けるか分かってる?君の自己満足の行動で、リヒトはさらに人間たちから憎悪を向けられてしまうだろうね」
「っ!」
ルーカスの言葉に、私はざっと血の気がひいた。彼らの迷惑にだけはならないように、したかったのに。ルーカスの大切な人を、守りたかっただけなのに。
(私にはもう、こんな事しかできなかったから……)
なのに、私の考えなしの行動のせいでリヒトを苦行に立たせるところだったのだ。
「ごめ、なさい……」
どうして、私はこんなに馬鹿なんだろう。自分が楽な方に逃げようとして、リヒト達に大変な思いをさせるところだったなんて――。
(こんなだから、私は誰にも必要とされないんだ)
元の世界でも、この世界でも。私は、いなければいい存在だった。
(このまま、消えてしまいたい……)
***
呆然と黙り込み静かに涙を流す聖女様に、苛立ちが抑えきれない。
人間なんてすぐに死んでしまう生き物なのに、何故リヒトを庇おうとした?弱いくせに、何故自分の身を守ろうとしない?
彼女を抱き上げた時のあまりの軽さを思い出す。今にも折れそうな華奢な体をしているのだ、自分の身を一番に心配していればいいのに。
くしゃりと自身の前髪を握ると、俺は彼女を置いて廊下に出た。彼女が生気のない顔で倒れた時の動揺がいまだに消化しきれない。
廊下に出ると、そこには侍女が水の替えを持って佇んでいた。離宮に聖女様を抱えて戻って来た時、突然の事ながらもテキパキと治療の手伝いをしてくれた無表情な侍女だ。
「ああ、ありがとう。聖女様も目が覚めたみたいだから、水差しの替えも――」
バチンッ。
廊下に頬を叩く音が響く。
女性の力だ、たいして痛みはなかったものの、驚いて自分を叩いた侍女を見遣る。彼女は無表情ながらも、よく見ればその瞳に怒りを灯していた。
「驚いたな、いったいどうしたの?君とは話したことなかったと思うけど……」
「これ以上聖女様を――私の大切な友人を傷つけるなら、許しません」
静かな、しかし決意を込めた眼差しで俺を射抜いた後、彼女はさっさと聖女様の部屋へ入っていく。そういえば彼女は、前に聖女様と一緒に街に来ていた侍女だったか。どうやら聖女様とは仲が良かったらしい。
彼女が聖女様の部屋へ消えていくのを眺めながら、今の聖女様を見たらあの侍女はさらに俺への怒りを増すだろうなあとぼんやりと思った。
(悪いけど、止めることはできないんだよ)
明日の朝には、他の皆も離宮に戻ってくるだろう。リヒトはもちろん、マイクもローグもヴァルトも、聖女様を心配していた。……だから、今夜動くことにしたのだ。
今の彼女は、明らかに不安定であり、身体の不調にまで影響を及ぼしている。
(そう、これは治療。彼女の精神不調を改善させるため、精神に入り込んで記憶を見る。――予定通りに)
夜も更けた頃、俺はすっと聖女様の部屋に入った。ベッドの中で眠る彼女の目元は可哀そうなほど赤くなっている。月明かりに照らされる彼女の青白い顔を見ると、なぜか心臓がぎしりと軋むような気がした。それに気づかないふりをしながら、俺は彼女の額に指先を当てる。――そして、小さく呪文を唱えた。




