45. 暗殺
目を覚ました時、私は現実に戻ってきたことを理解した。いつもの野営用のテントの中に寝かされているようで、外からは何人かの話し声が聞こえてくる。
(私、浄化の後で倒れたんだ……)
ぼんやりとした頭の中で、気を失う直前の事を思い出す。
(また迷惑かけちゃった。私は、本当に、役立たずだ……)
頬が濡れているのに気が付いて、ゆっくりと拭う。あの星空の空間での出来事は、夢だったのだろうか?分からない。それでも、その時の記憶は鮮明に残っていた。
「ああ、聖女様!起きられたのですね!」
水を汲んできてくれたのであろう、ボウルを抱えたリヒトがテントの端から顔を覗かせて、私に気が付いて顔を輝かせる。
「……はい、ご迷惑をおかけしました」
「いま、ルーカス先生を呼んでまいりますね!」
止める間もなく、リヒトはテントを出ていく。やがてすぐに、ルーカスが入って来た。
「目が覚めたみたいだね」
「はい……」
言葉少ななルーカスに、私も一言だけ返事を返す。
「……どういうつもり?ここのところ食事もとっていないよね?そんなんじゃ、倒れるのも当然だ」
「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
私の謝罪に、ルーカスの苛立ったような舌打ちが聞こえる。
「同情を誘うつもり?心配しなくても、魔術書のことをみんなにばらすつもりはないよ。だから食事くらいはちゃんととって――」
「……心配、いりませんよ、ルーカスさん。ちゃんと、南の結界石の浄化は行いますから」
ルーカスは、私の体調不良で南の結界石の浄化が遅れる事を心配しているのだろうとそう言えば、なぜか押し黙ってしまった。これ以上私なんかと話すのもきっと気分が悪くなるだろうと、私は話を切り上げるように頭を下げた。
「時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。明日には、ちゃんと歩けるようになります。南の結界石の浄化にも、ちゃんと予定通り向かいます。なので、心配なさらないでください」
「っ……」
そのまま頭を下げていると、しばらくしてルーカスは無言のままテントを去っていった。私はこみ上げてくる胸の痛みに、背中を丸めて口元を抑えた。
「けほっ、うぅっ……!」
私は周りに声が漏れないように、急いで布団を被って胸を抑える。発作の苦しみに耐えながら、私は命の期限を示す砂時計の砂が刻々と流れ落ちていくのを感じていた。
***
東の森を抜け、私たちは王都への帰路の道についている。
みんなに言われるまま馬車の中でもうつらうつらと眠っていた私は、突然ガタリと止まった馬車に目を覚ました。
「どう、されたんですか?」
「それが、子供が一人道端に倒れているようなのです。聖女様はこのままお待ちください」
そう言って、リヒトはルーカス達と共に外に出て行った。ぼんやりしながら、私は窓の外を見た。そこには、犬のような耳がついた少年が倒れていた。
「半獣人……?」
もしかしたら、奴隷商から逃げてきたのだろうか。ボロボロの服を着たその少年を、リヒトが怪我を確認するためにか抱き上げて額の髪を上げた。その顔を見た瞬間、私はゾッと嫌な予感に囚われた。
(違う、違う。だって、ウェスタリア侯爵からの刺客は、防げたはずなのに……)
それでも、体は這うように馬車の外へと飛び出した。動かない体に鞭打って、私はリヒトの元へ駆けた。
(でも、あの子は――ゲームでリヒト君を狙った暗殺者に、とても、似ている)
「リヒト君!!!」
私は驚くみんなの間を抜けて、リヒトの元へたどり着く。その時、気を失っていたはずの少年が目を開いて何か光るものを取り出すのがスローモーションのように見えた。私は、躊躇うことなくリヒトとの間に体を滑り込ませた。
リヒトを傷つけさせる訳にはいかない。
だって、リヒトはルーカスにとってとても大切な人だから。
あなたが悲しむ顔なんて、見たくなかったから。
出来る限りの力でリヒトを突き飛ばした私の腕に、焼けるような痛みが走る。一瞬周りの音が聞こえなくなり、私を刺した少年をヴァルトたちが取り押さえるのが酷くゆっくりと感じられた。とさり、と体が土の上に倒れた衝撃で、やっと周りの音が戻ってくる。
「聖女様!」
泣きそうなリヒトの声と、私を抱きかかえる誰かの温もり。直後、魔術の光が私の刺された腕を包み込んだ。じくじくとした痛みが、ゆっくりと治まってくる。どうやら、ルーカスが私を抱えて治癒魔術を施してくれているらしい。私はその温かさにほうっと息を吐き、段々と遠ざかっていく意識に瞼を閉じた。
「クソッ、毒が使われてる」
ぼんやりとした頭で、焦燥を帯びた彼の声が聞こえてくる。
「リヒト、毒の治療のために聖女様だけつれて離宮に先に戻るよ」
「は、はい!聖女様をお願いいたします」
グッと抱き上げられる感覚と共に、呪文が聞こえた。そして初めて経験するような浮遊感を感じたところで、私の意識は完全に途切れた。




