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43. 魔術書(3)


「ねえ、自分が何をしたのか分かっている?たかが一個人の身勝手でこんなこと、していいと思っているの?」


嘲るような言葉の奥に、彼の強い強い怒りを感じる。


「確かにこの世界は君にとってはたまたま召喚されただけのたかがゲームの世界なんだろう。だけどさ、俺たちにとっては現実で、たくさんの人々が生きている。歪みに怯えながらね。ここら辺はまだいい方さ。けど辺境の地では、歪みのせいで土壌が汚染され、作物が育たなくなっている。幼い子どもたちを食べさせるために、大人たちは必死に働き田畑を耕しているんだ。それでも、お腹いっぱいにしてやれないと涙する親たちがいる。そんな環境、君は見たこともないだろう?」


ルーカスの言葉に、私はぎゅっと痛む胸元を押さえる。その通りだ。私は、衣食住に困ったことはない生活だった。今も辺境伯領で大変な苦労をしている人たちから見たら、とても恵まれた生活だったのだろう。

もしも歪みを消すことが出来れば、瘴気の影響は消えて大地の恵みが戻る。苦しむ子供たちを、これからこの大地で生まれてくる何千、何万の子供たちの未来を助けることができるのだ。……それを、その方法を私はこの手で消そうとした。

病院での読み聞かせで自分に懐いてくれていた子供たちを思い出す。とても可愛くて、大切な小さな命。あの子たちが苦しんでいるなら何を置いても助けてあげたいと、そう、思うのに……。

ーー私は、ハーリアの子供たちの未来を、自分の身勝手で奪おうとしていたのだ。

自分の犯した罪の重さに、血の気が引いてくる。


「君の手で、何千、何万もの子供たちの未来が奪われる。これから行く辺境の地で、やせ細った子供たちに言ってやればいい。お前たちは一生歪みに苦しめられればいいってね。それが君の望みなんだろう?」


私は自分の罪深さを改めて突き付けられて息を吸うのも苦しくなる。喉元に当てた自分の指先も、氷のように冷たくなっていた。


(これは、私の罪だ。私は、ハーリア領の人たちに、謝っても許されない事をしている)


零れそうな涙を、必死で耐える。私には、泣く資格さえないのだから。


(分かってる。ルーカスさんを死なせたくないというのは、私のただの我儘で、自己満足だ。ルーカスさんの事を本当に思うなら、すぐに歪みの消滅方法を教えるべきだった。だって、それが彼の一番の願いだから。

大切な人の、一番の願いを無視して自分の望みを押し付けている私は――なんて、身勝手で醜悪なんだろう……)


震える唇を噛み締め俯きながらも、両手をぎゅっと握りしめる。


それでもーーそれでも、ルーカスがゲームのようにひとり死んでいく事だけは、嫌だったのだ。自分は愛されないと、諦めたように歪みに消えて欲しくなかった。リヒトたちにちゃんと愛されているんだって、知って欲しかった。生きていていいんだって、思ってほしかった。幸せになって、ほしかった。

……それは、全部私の独りよがりな願望だ。



「悪いけど、これはもらって行くよ」


ルーカスが、凍りついた目で私を見下ろし去っていった。


私は地面にうずくまって、真っ黒な手で地面を掻いた。ぽたぽたと、雨でもないのに水滴が落ちて地面を濡らす。


(何も、変えられなかった……)


結局、ゲームの通りにルーカスは空間転移の魔術書を手に入れてしまった。自分の無力さに、どうしようもない絶望感に襲われる。

何の手がかりも掴めなかった私がルーカスを助けられるかもなんて、とんだ思い上がりだったのだ。


(私が、『瑞希』じゃないから……)


きっとゲームでは『瑞希』だからこそ、ルーカスを助ける方法を探し出せるのだ。だって『瑞希』は、明るく道を指し示してくれる、太陽みたいな女の子だったから。

私でも『瑞希』の代わりになれるだなんて、なんて思い上がったことを考えていたのだろう。


「私じゃ、ダメだったんだ……」


誰もいない森の静寂の中に、私の消え入りそうな声がぽつりと落とされ消えていった。



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