4. 旅の仲間
何事もなく謁見を終わらせることが出来た私たちは、王宮の一角に用意された離宮の一室で腰を下ろした。この離宮はゲームの中でも旅の拠点となっていた場所だ。四か所の結界石の浄化をしなければいけないが、浄化には大量の魔力を必要とする。一回の浄化で魔力を使い切ってしまう『瑞希』は、次の浄化のための魔力が回復するまで一か月ほどをこの離宮で仲間たちと過ごすのだ。
(離宮では、好感度を上げるいろんなイベントがあったなぁ)
極度の緊張から現実逃避で離宮の中を見渡す私の他に、この部屋には今現在五人の青年がいる。リヒトが笑顔を浮かべて話しかける。
「聖女様、まずここに居る者たちをご紹介します」
私の正面のソファに座るのは、ゲームのパッケージで中央を飾る正統派王子様キャラである辺境伯の若き領主リヒト・デュオ・ハーリア。私と同じ十八歳で、人間と半獣人の差別をなくしたいと願う心優しい青年だ。黒髪に青い瞳で、爽やかな笑顔を浮かべる好青年。
その隣に座って興味津々に私を見ているのは、太陽のように明るいオレンジの髪に黄色の瞳の半獣人の少年マイク。半獣人は獣化の能力を失って久しいが、まれに先祖返りで獣人の血が強く出る者が存在する。マイクはまさにその典型で、豹の耳としっぽを持ち身体能力が非常に高い。リヒトの一つ下の十七歳で、天真爛漫な皆の弟キャラだった。
すこし離れたソファで一人興味なさそうに座っているのが攻撃魔法の得意な魔術師のローグ。歳はリヒトの一つ上。彼は過去の出来事から人間を憎んでおり、人間である『瑞希』の事も初めは警戒していた。紹介された時もフードで顔を隠したまま、ほとんどしゃべろうとはしなかった。
私たちから離れたドアの横で腕を組んで壁に寄りかかって立っているのは、ルダニア国の王都の貴族であるヴァルト・ラーゼン。立派な剣を腰に下げる赤髪の彼は王都の騎士団長であり、浄化の旅が確実に行われるようにと王からつけられた私たちの監視役でもある。歳は確か二十四歳で、ルーカスも見た目は彼と同じ年くらいだ。旅の仲間の中で唯一の人間である彼は半獣人と話すことはないとでも言うように、目を瞑り沈黙を守っている。
「最後に、僕の後ろにいるのが僕の護衛のルーカスです。子供の頃は僕の守役かつ家庭教師もしてくれていました。治癒魔法が得意で、魔法に精通しているんですよ。今も僕やマイクの魔法の訓練を見てくれています」
リヒトの後ろでソファの背に頬杖をついて自分の紹介を聞いたルーカスは、ニコリと笑って手を振った。軟派な態度を見せる彼は、当然のことながら自分が千年の時を生きる大魔術師であることは誰にも悟らせることはない。ゲームでも、彼ほどの技量をもつ魔術師はいないのに、あくまでも彼は攻撃魔法は苦手なただの治癒術師という立場を保っていた。
「聖女様のことも教えてくれる?」
正面から向けられる推しの笑顔に頬を染めながら、私はコクコクと頷いた。
「あの、私は瑞希といいます。私の世界では、高校生……えっと、学生をしていました。あの、少しでもお役に立てるよう、頑張ります。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた私に、リヒトが爽やかな笑顔を向ける。
「いきなりこの世界に召喚され混乱されているでしょうに、ご協力いただけて誠に感謝いたします。浄化の旅での聖女様の護衛はこのメンバーで行わせていただく予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします」
リヒトの横で、マイクが好奇心を抑えられない様子で聞いてきた。
「なあ、聖女様は別の世界から来たんだろ?どんなところなんだ?」
「そう、ですね……。私の世界では、魔法が存在しないんです。だからこの魔法のある世界に来れて、ドキドキしています」
ゲームと同じ会話だけれど、これは私の素直な気持ちでもある。小さい頃、魔法を使い箒に乗ってどこまでも自由に空を飛ぶ魔法使いに憧れた。
「聖女様の世界には魔法はないのか?」
「はい、魔法は御伽話の中だけのお話でした」
驚いたように黄色の瞳を丸くするマイクに、私は小さく笑って答える。
「獣人もいないのかな?」
「は、はい。人間しかいない世界でした」
ルーカスからの質問にも、頷いて答える。
なぜだろう、ニコニコと笑っているはずのルーカスの瞳が、まるで私を見定めているような気がした。
「突然連れてこられた貴女にはこの世界に慣れるのも大変だと思います、何か不便がありましたら遠慮なく言ってくださいね。こちらも貴女に力をお借りするのですから、遠慮はしないでください」
「はい!私にも出来ることがあれば、なんでも協力します!」
リヒトの言葉に、私は心からそう答える。一方的に知っているだけだけれども、私はこの仲間たちが大好きなのだ。この素敵な人たちが笑って過ごせるように、私にできる事なら何でもしたいと思う。『瑞希』のように、私も彼らに少しでも信頼してもらえるようになりたかった。
(なにより、ルーカスを死の運命から救いたい)
心の中でこぶしを握り決意した私に、頬杖を止めすっと立ち上がったルーカスが笑顔で近づく。
「じゃあさ、さっそく協力してほしい事があるんだ」
「は、はい!ルーカスさん」
推しの接近に頬を染め頷く私に、ルーカスの翠眼がすうっと細められる。
「教えてほしいな。――君、何者?」