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37. 花祭り(4)


その後、私は厨房で料理をする時以外はずっと王宮図書館か自室に籠っていた。いくつもの文献を必死に読み解くも、歪みの消滅方法へのヒントは見つけられずにじりじりとした焦りが生まれてくる。


(最後の結界石の浄化までに、何とか方法を見つけなくちゃ……)


「こほっ!」


口元の血を拭う。

全ての浄化が終わってからも、まだ時間はあると思っていた。なのに、最近発作の頻度が増えてきた。もしかしたら、私の残り時間は予想よりもずっと少ないのかもしれない。


(時間がない。それに、この浄化の旅の途中で、ルーカスさんが自分を犠牲にして歪みを消滅させる方法を見つけてしまうのを防がなくちゃいけない)


本を抱えてふらふらと歩く私に、その時最も聞きたくなかった声が聞こえてくる。


「やあ、聖女様」

「ルーカス、さん……」


ルーカスは何事もなかったかのように私に笑顔を向けてくる。心なしか機嫌が良さそうで、いつもならその事に心から喜ぶことが出来たのに、今日は上手く笑顔を浮かべる事ができなかった。


(ルーカスさんはチョコレートのことを私が知っていことは気づいていないのだから、私もいつものように振舞わなくちゃ。何でもないように、笑うの……)


そう思うのに、ともすれば泣きそうになってしまう顔を隠すために顔を上げることができなかった。


「わ、私……すいません、少し急いでいるので、失礼します……」


逃げるように去った私は、私の後ろ姿を見つめるルーカスが表情を固まらせていることに気づくことはなかった。



そんなやり取りが何回かあった。私はますます部屋に引きこもって、歪みについての資料を寝る間も惜しんで読み込んでいく。そうしていれば、ルーカスに会っておかしな対応をすることもない。


そんな時、部屋をノックする音が聞こえてきた。扉を開けた先には、心なし険しい顔をしたアンナが立っていた。


「アンナさん……?」

「……やっぱり、食事もとられてないんですね」


ぼんやりとした目を向ける私を見て、アンナは小さく眉を寄せた後で腰に手を当てた。


「聖女様、今日は花祭りの最終日ですよ」

「……あ、そうなんですね……」

「ええ、ですから、今から街へ行きましょう」

「え……?」


突然の言葉に驚いてぱちりと目を見開くとアンナは私の手を引いた。


「ほら、今日はなんと、上司様が財布になってくださいます!」


アンナの指さす方へ顔を向ければ、廊下には苦虫を噛みつぶしたような表情のヴァルトが立っていた。


「財布と言うんじゃない!」

「いいじゃないですか。いつも聖女様に天上の甘味を作ってもらっているんですから、今日くらいは聖女様に美味しい物をご馳走したって」

「あ、あの、私はそんな……」


遠慮しようとした私を見て、ヴァルトははあと息を吐きだす。


「……別に嫌とは言っていない。聖女、アンナ嬢の言う通り、いつも素晴らしい甘味を提供してもらっているからな。礼も必要だろう。この前のちょこれぇとという物は本当に素晴らしかったからな。……少しは、気晴らしをすると良い」


ヴァルトの言葉には、不器用ながらもこちらを心配する気持ちが伝わってきた。アンナとヴァルト、二人はきっと、私の様子がおかしいのに気づいて、こうして心配してくれている。そのことが申し訳なくて、でも、目の奥が熱くなった。


「……ありがとうございます、アンナさん、ヴァルトさん……」




連れて行ってもらった花祭りの最終日の催し。街では最後の売り出しとばかりに出店の店主が声を張り上げ、お客さんも楽しそうに買い物を楽しんでいる。


「ほら、これはグーアという角煮のサンドだ」

「もぐもぐ。美味しいですよ、聖女様。遠慮なく食べてみてください」

「お前はもっと遠慮しろ!」


ギャーギャーと言い合う二人の掛け合いに、久しぶりに口元に笑顔が浮かぶ。


(ああ、私はまだ、ちゃんと笑える。――大丈夫、最後まで、頑張れる)



祭りの最後に、家々の窓から通りに花びらがまかれた。空いっぱいに色とりどりの花びらが舞う様子は夢のように綺麗で、私は目に焼き付けるようにその景色を見つめた。ゲームで降りしきる花びらの中笑ったルーカスのスチルを思い出す。いつだってその笑顔に支えられてきた。その笑顔を見れば、私はいつだって笑顔になれた。


(そうだ、私のやることは何も変わらない。私は、私のやるべきことを頑張ればいい。貴方に嫌われていたっていい。初めからそう、決めていたのだから)


きゅっと両手を握りしめて花びらの舞う空を目に焼き付ける。そしてアンナとヴァルトにくるりと振り返った。


「ありがとうございました、アンナさん、ヴァルトさん。……私は、もう大丈夫です」


心からそう言った私の笑顔に、二人はほっとしたような笑みを浮かべてくれた。




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