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36. 花祭り(3)


花祭りの二日目。今日はみんなが外出している。昨日の午後は本宮の侍女たちもお手伝いでやってくる掃除の日だったらしく、アンナも忙しそうにしていた。


「はあ~、他の侍女もいるとサボれなくて困ります」

「お疲れ様でした、アンナさん」


疲れている様子のアンナに紅茶を淹れると、アンナは少しだけ口元を緩めて紅茶を飲み干す。


「やっぱり聖女様の淹れる紅茶は美味しいですね。ほっとする味がします」

「アンナさんに喜んでもらえて良かったです。まだお仕事があるんですか?」

「そうなんですよー。昨日の掃除でまとめられたゴミを焼却炉で燃やさないといけないので、中庭の草もまとめて持っていかないと。あ、倉庫の古いシーツも持ってこないといけないんでした」


はー、とどんよりとした空気を醸し出しているアンナは、私にお茶のお礼を言うと仕事に戻っていった。


アンナと別れて部屋に戻って資料を読み込んでいた私は、先ほどまで雲一つなかった空に黒い雲がうっすらと広がっているのに気づいて窓辺に近寄った。


(午後には、雨になってしまうかも。集めた草が濡れてしまったら、アンナさん困るよね……)


窓から乗り出すように中庭を覗くと、端の方に草の纏められた籠が見える。

いつも一人で離宮の雑事をこなしているアンナに以前手伝いを申し出た時、食事の支度を手伝ってくださっているだけで十分すぎます、これは私の仕事ですからと言われてからは素直に部屋へ戻るようにしていたのだが、今回だけは運ぶだけでもお手伝いをしようと私は中庭に降りて行った。中庭の籠を持ち上げると、少し離れた裏庭にある焼却炉に歩いて行く。そこには、昨日王城の使用人たちが掃除を行ったため、他にもいくつかの籠にゴミがまとめられていた。


(ここに置いておけば大丈夫そう)


その横に草の籠を置いていた時、ふとゴミの中に見覚えのある包みを見つけて、私は一瞬固まってしまう。


――――止めた方がいい。


そう頭は警鐘を鳴らすけれど、私はその包みに手を伸ばしてしまった。



「……あ……」


手に取った包みは、昨日ルーカスに渡したものだった。

かさりと包みを開ければ、中には手つかずのチョコレートがそのまま残っている。


「……はは……」


乾いた笑いが漏れた。


「……馬鹿だなぁ、私……」


今にも消え入りそうな震える声が、鼓膜を震わす。


(……そう、だよね。私なんかの手作りのチョコレートなんて、気持ち悪い、よね……)


足元の地面がぐにゃりと歪んで沈んでいくように、なんだか現実感がないなか立ち尽くす。

浮かれていた自分が、とても、恥ずかしかった。

申し訳なさとみじめさと悲しみで、胸が苦しい。


(私、なんでこんなに浮かれていたんだろう。みんな命がけでこの国の為に戦っている時に、こんな浮ついた考え……。軽蔑されて、当然だ)


喘ぐように、息を吐く。

私は無理矢理に口の端を持ち上げて、笑おうとした。当然のことを、受け止めるように。


(その場で捨てられなかっただけ、良かったじゃない。ルーカスさんに受け取ってもらえたんだもの、それで、十分。これ以上ルーカスさんを煩わせないように

――こんな気持ち、早く、捨てなくちゃ)


震える手でチョコレートを手に取った。馬鹿みたいに一生懸命作ったチョコレートは、焼却炉の熱で溶けかけていて手を汚す。その一粒をぱくりと口に入れると、ぼろりと目から何かが溢れた。


「……?あれ、なんだか、しょっぱい……?はは、私、塩でも入れちゃってたのかな?……よかった、こんなのをルーカスさんに食べさせなくて」


ボタボタと流れる涙をそのままに、私は立ち尽くしたまま、思いをかみ砕くようにチョコレートを食べつくした。



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