35. 花祭り(2)
花祭りは七日間かけて行われる。王都の大通りは色とりどりの花に溢れ、花売りや着飾った人々で溢れかえっていることだろう。
今日は花祭りの一日目。リヒトとマイクは出店を回りに行くがルーカスは離宮に残っていると教えてもらっていた私は、ドキドキする胸にチョコレートの包みを抱えてルーカスを探しに向かった。
花の香りに誘われるように窓の外を見れば、中庭のベンチに座るルーカスの姿を見つけた。
「あ、あの、ルーカスさん」
中庭に出て声をかけると、ベンチで気だるげに本をめくっていたルーカスが顔を上げた。こちらを見る新緑の瞳に心臓が高鳴る。
「やあ、聖女様。どうしたの?」
ニコリと笑ういつもの笑顔に、頬が熱くなってくる。
「あ、あの、花祭りは普段お世話になっている方にお菓子をお渡しすると聞いたので、私の世界のお菓子を作ってみたんです。えと、この前のお礼もかねて……。もし、嫌でなければ、これを……」
何とか言葉を最後まで絞り出し、ルーカスに包みを差し出す。きっと頬は赤くなってしまっていると分かるので、私は顔を上げることができなかった。
もらってくれるだろうかとドキドキしながら待っている時間は、とても長く感じた。
その時、すっと手から包みの重さがなくなる。ぱっと顔を上げると、興味深そうに包みを手に取るルーカスの姿があった。
「……ふーん、じゃあ貰っておくよ。ありがとね」
(……受け取ってくれた……!)
それだけで、胸が歓喜であふれる。ふにゃりと笑み崩れた私の心は、今まで生きてきた中でこれ以上ないほど喜びで溢れていたと思う。
「……聖女様、手を出して」
「え?」
突然の言葉に不思議に思いながらも、素直に差し出した私の手のひらに、ふわりと小さな光と共に一輪の小花が現れた。
「……え?」
「お菓子のお礼」
そう言って、ルーカスはヒラヒラと手を振ってその場を去って行った。
私はルーカスの背中が見えなくなるまで見送ったあと、そっと手元の花に視線を落とす。可愛らしい、小さな薄桃色の花。まるで触れれば消えてしまう幻のように、私は震える指でそっと花弁に触れる。
触れた花は、消える事はなかった。
私はその花を大切に大切に胸に抱きしめた。幸せを抱きしめるように、ずっと、ずっと。
***
部屋に戻ったルーカスはポケットに入れていたチョコレートの包みを取り出していた。無言で包みを見つめていたルーカスは、それをテーブルの上にそっと置く。その時、外から祭りから戻って来たリヒトとマイクの呼ぶ声が聞こえてきた。
「やあ、リヒト、マイク。王都の花祭りはどうだった?」
「はい!とても多くの店が出ていて驚きました。やはり王都は規模が違いますね」
「先生も来てくれよ!午後から出し物もやるらしいんだ」
「はは、そうか。じゃあ一緒に見てみようかな」
そう言ってルーカスは椅子に投げ出していたローブを手に持ちリヒトとマイクとともに部屋を後にした。
テーブルの上には、チョコレートがぽつりと残されていた。




