34. 花祭り(1)
「できた……」
私は手元のラッピングされたチョコの包みを見つめる。
はじめてカカオからチョコレートを作ったため、当然のように何度も失敗を繰り返してしまった。練りが足りなかったのか、初めはざらざらした口触りになってしまい何度もやり直した。すり鉢でする作業は予想以上の重労働で腕が痺れていまでも筋肉痛だが、それでもなんとか食べられるチョコレートを作ることができた。
(ギリギリお金も足りてよかった)
カカオ豆を粉砕した粉は薬の材料として売られており、あまり供給もないためか予想以上に高価だったのだ。いつもヴァルトに作るお菓子の材料は申請すれば彼が調達してくれるのだが、今回は個人的な花祭りの贈り物のため申請する訳にはいかない。あと一度でも失敗していたらもう買えないところだった。
他のみんなの分のチョコレートももちろん準備していたけれど、あまり甘すぎるものは好きではないだろうとルーカスの分だけは特別に甘さは控えめに作っている。彼の好みそうなナッツも加えて作られたチョコレートは、小さな宝石のように綺麗でキラキラとしている。
片づけをしていたその時、厨房の扉が開き、なぜかマイクとリヒトの声が聞こえてきた。
「おっ!ここから甘い匂いがしてくるぜ」
「本当だな。初めて嗅ぐ匂いだ」
驚いて振り返った私と彼らの目が合う。二人もここに私が居ることに驚いたように目を丸くしていた。どうやら二人で離宮を探検していたらしい。
「あ、聖女様がいる!」
「こちらにいらっしゃるとは知らず、失礼いたしました、聖女様。ここは厨房ですよね?何をなさっておられるのですか?」
「あ、こ、こんにちは、マイク君、リヒトく……リヒト様」
そう言えば、ちゃんと名前を呼ぶのも初めてなのだ。辺境伯であるリヒトには様付けの方がよいのかと慌てて言い直した私に、リヒトは気にした様子もなく笑った。
「様なんてつけなくても良いですよ、聖女様。ぜひリヒトとお呼びください」
「あ、ありがとうございます。では、あの、リヒト君と……」
「はい!」
爽やかな笑顔は、ゲームと一緒だ。幼いうちから辺境伯領を背負い苦労をしてきたはずなのに、誠実で真っすぐな笑顔は皆をいつも照らしてくれる。この笑顔をルーカスが守りたいと願うのもよく分かった。
旅の間もよく気にかけてくれていたのに、いまだにちゃんとお礼をできていなかったことが心苦しい。でも、私がリヒトに関わるのはきっとルーカスが良く思わないだろうと思えばあまり近づくことも躊躇われた。ルーカスは、私がこの世界で恋愛遊戯を楽しみたいのだと思っているのだから。子供のように大切に守って来たリヒトに私が近づけば嫌がられるのは当然だろう。
少しでもリヒトとマイクへのお礼になればと、私は甘く作ったチョコレートをお皿に盛って二人に差し出した。
「あの、花祭り用に私の世界のお菓子を作ってみたんです。チョコレートというお菓子なんですが、いつもお世話になっている皆さんに。もしよければ、食べてみてください」
初めての食べ物で躊躇われてしまうだろうかと少し心配だったけれど、渡したチョコレートをリヒトもマイクも瞳を輝かせて食べてくれた。
「すごい!!こんな美味しいもの初めて食べました!」
「おう、いくつでも食べられそうだな!」
笑顔の二人に自然とこちらも笑顔が浮かぶ。くるりと振り返ったリヒトが、笑顔で聞いてくる。
「聖女様、是非ルーカス先生にも食べてもらいたいのですが、少しだけもらって行ってもよろしいでしょうか」
リヒトの言葉に、私はどきりと心臓が跳ねた。
「あ、えっと……」
言い淀む私に、ルーカスに渡すのを嫌がっていると思われたのか、リヒトは慌てて申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「あ、厚かましいことを言ってしまい申し訳ありません!……ただ、あの……ルーカス先生は誤解されることも多いですが、いつも辺境伯領や私たちを守って下さる優しいお方なのです」
リヒトの言葉からは、必死にルーカスを案じる心が伝わってきた。その心が何より嬉しくて、私はふわりと笑顔がこぼれた。
「大丈夫ですよ。ルーカスさんが優しい人であることは、ちゃんと分かっていますから」
私の言葉と表情に驚いたように目を瞠ったあと、リヒトは嬉しそうに笑顔を綻ばせた。私は誤解を解くように、おずおずとルーカス用に用意したチョコレートの包みを取り出した。
「あ、あの、ルーカスさんは甘すぎるものは苦手かと思って、甘さ控えめのものを別に作っていたんです。あとで、お渡ししようかと……」
話しているうちに、私が渡すよりもリヒトから渡してもらった方が喜んでもらえるのではないかと思い浮かんでしまった。高揚していた気持ちが萎んで寂しい気持ちが浮かぶけれど、それよりもルーカスに喜んでもらえればいいのだからと私は包みをリヒトに差し出す。
「これを、ルーカスさんに渡してください」
しかし、リヒトはじっと包みを見つめた後、にこりと笑って手を下げてしまう。
「やっぱり、それはぜひ聖女様からお渡しください」
「え?でも……」
「きっと、そちらの方がルーカス先生も喜ばれますよ」
リヒトの穏やかな笑顔に、なんとなく自分の気持ちを見透かされたような気がして頬が熱くなった。笑顔でチョコレートのお礼を言って帰っていったリヒトたちを見送りながら、私はそっとチョコレートの包みを抱き締めた。




