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31. 自覚(1)


離宮の厨房で、私は本日シュークリーム作りに挑戦していた。

いままでヴァルトとの契約で、パウンドケーキから始まりクッキーやゼリー、アイスやパイなどを作ってきた。毎回ヴァルト用とみんなのデザート用にと多めに作っており、みんなが美味しそうに食べてくれるのがとても嬉しい。そこで今回は、みんなの反応が良かったカスタードクリームを使ったシュークリームに挑戦しようと思ったのだ。焼く時の温度調整が難しいけれど、きっとリヒトやマイクもシュークリームは喜んでくれると思うのだ。


(やっと出来た……!)


何度か失敗したものの、なんとか成功することが出来た。

やはり魔力で動くオーブンは元の世界のオーブンとは違って細かい温度調節が難しく、試行錯誤の連続だった。しかしそのおかげで、成功したシュークリームはヴァルトに絶賛され、食堂でもみんなが美味しそうに食べてくれたようだった。


(喜んでもらえて良かった。……失敗した分は、責任もって自分で食べよう)


私がお皿に山盛りの萎んだシュー生地を部屋へ持っていこうとしていたところ、掃除などの仕事を終わらせてきたアンナが厨房にやって来た。


「あれ、聖女様、それどうするんです?」

「失敗してしまったものなので、部屋で食べようと思って」

「……それ、クリームをつけて食べれば味は普通に美味しいんじゃないですか?」

「あ、そうですね。形が潰れてしまっただけなので味は変わらないです」

「じゃあ、私も食べていいですか?シュークリーム、とっても美味しかったので」


アンナの言葉に、私はぱあっと笑顔を浮かべる。


「もちろんです!あ、じゃあ私、紅茶もいれますね!」


一緒にお茶が出来る事が嬉しくて、私はいそいそと準備する。自分用にクリームを作るのは億劫でそのまま食べるつもりだったシュー生地に、クリームを綺麗に載せて中庭でとれたベリーも載せる。そして丁寧に淹れた紅茶をついでテーブルについた。


「すごく美味しいですよ、聖女様」


アンナがお世辞は言わないことを知っている私は、もぐもぐと食べるアンナの賞賛に笑顔を浮かべる。


「そう言ってもらえて嬉しいです!みんなの評判も良かったようなので、近いうちにまた作りますね。実は、次はマカロンにも挑戦しようと思っているんです。きっとアンナさんにも気に入ってもらえると思って……」


夢中で話していた私を眺めていたアンナが、ぽつりとこぼす。


「……前から聞きたいと思ってたんですが……。聖女様って、どうしてそんなに頑張れるんですか?」

「え?」

「だって、ただでさえいきなりこの世界に召喚されて、なんの義理もないのにこの国のために働かなきゃいけないなんて、私だったらやってられないですよ。それなのに、魔獣のいる森で結界石の浄化して、さらには毎日夜遅くまで調べものしてるみたいですし、ハーリアの人たちのために料理して、美味しいお菓子作りに試行錯誤して……」


あまり表情が変わらないアンナだけれど、今のが私を心配して言ってくれている事は分かる。なんだかんだ、アンナとは厨房でいつも顔を合わせているのだから。


「……心配してくださってありがとうございます、アンナさん」


ひとりお昼寝する時間が何より至福だと言って人付き合いも面倒くさがるアンナだけれど、目の前で困っている人がいれば静かに手を差し出してくれるような優しい人だ。

私は心からの笑みを浮かべて口を開いた。私が望んでしていることだと、分かってほしくて。


「大丈夫ですよ、アンナさん。だって私はこの世界に来て、とても幸せだから」

「幸せ……?」

「はい」


私は温かなカップを両手で抱え、白い陶器のカップの中でくゆる紅茶の淡い紅色を見つめた。少し躊躇いながらも、私は自然と口を開いていた。


「……こんな事言うと、変に思われるかもしれないんですが……。私、実は以前から一方的にですが護衛についてくれているハーリアの皆のことを知っているんです」


異世界の聖女が彼らを知っているなんて通常は考えられないことだ。詳しく話せない私の話なんて普通なら一笑に付されるだろうけれど、アンナなら笑ったりせずに聞いてくれる気がした。

案の定、アンナは突っ込むことなく静かに私の話を聞いてくれている。アンナのその気遣いが、杏さんとかぶり懐かしさで泣きそうになった。


(杏さんにゲームの世界に召喚されて推しに会えたって言ったら、詳しく教えてって、詰め寄られそうだけど)


心の中で小さく笑う。


「私、彼らの姿にずっと励まされてきたんです。そして大切な推しができて、私は彼に心を救われました」

「推し?」

「誰よりも大切で、幸せになってほしい人のことです!」


私は胸を張って笑顔で告げた。杏さんから教わった、大切な言葉だ。生きる糧であり、その人のことを考えると、今日も頑張ろうって思える、何より特別な人。


「だからこの世界に召喚されて、会えるはずがなかった彼に会えて、私、本当に嬉しいんです。少しでもみんなの役に立てる今が、夢みたいに、幸せなんです」


といっても、私には料理くらいしかできないんですが……そう言って恥ずかしげに頬をかく私の言葉に、アンナが考えるように口を開く。


「……その推し?の人のこと、好きなんですか?」

「はい!もちろんです」


迷うことなく笑顔で答えた私に、アンナは首を傾げた。


「それって、恋人になりたいの好きってことです?」

「……え……?」


私は突然の言葉に思考が停止してしまう。焦ったように、勢いよく頭を振って否定の言葉が口をつく。


「え、そ、そんなんじゃないんです!ただ、幸せになってくれたらって……。わ、私なんかじゃ、とてもルーカスさんに釣り合いませんし……」

「あ、聖女様が好きな人ってやっぱりルーカス様なんですね」

「……あ!ち、ち、ちが、」


焦りで口をすべらせ顔色を赤から青へとせわしなく変えている私に、アンナさんは呆れたようにこぼす。


「この前街でルーカス様に飴をもらった時の表情を見れば、誰でもわかります」

「あ……」



……ああ、やっぱりこれ以上、誤魔化すことなんてできないのかもしれない。

私は力なく手を下ろして膝の上でぎゅっと握りしめる。


――私は、ルーカスさんの事が好きなんだ。推しとしてでなくて、ただ、一人の男性として――。


アンナに指摘されて、さすがにもう、自分を誤魔化せない事を悟った。そして、自分の身勝手さにずんと落ち込む。



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