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30. 飴


西の浄化が終わって離宮に戻ってきてから数日後。私は、街に買い出しに行くと言うアンナについて街にやってきていた。この数日は歪みと魔術関連の資料を読み込むのに没頭していたため、久しぶりの外出だ。

買い込んだ食材などを抱えながら、私はアンナに感謝を告げた。


「連れて来てもらってありがとうございます、アンナさん」


嬉しそうな私の様子に、アンナは不思議そうに首を傾げる。


「荷物持ちをしてくださっているんですから、むしろ私の方がお礼を言わなければいけないと思いますけど……?」

「一緒に街を散策できて、今日はすごく楽しかったんです!だから、お礼を言いたくて」


誰かと一緒に来ただけで、通るのが怖かった街の通りが色付いて見えた。アンナはここには何のお店があって~と色々とお店も紹介してくれた。まるでずっと憧れていた友達とのお買い物のようで、本当に嬉しかったのだ。


その時、通りに面した可愛らしい看板のお店に目が引き寄せられる。


「ここは……」

「ああ、ここは装飾品のお店ですね。若者向けのお店で、値段もお手頃で人気なんですよ」


アンナの説明を聞きながら、私の目は店先に並べられた髪飾りのなかの緑のリボンに引き寄せられていた。


「きれい……」


そのリボンは、艶やかな深みのある綺麗な翡翠色をしており、端に小さな花が淡い金糸で刺繍されていた。リボンの生地は光沢があって、光にあたると明るい森の新緑のような色にも見える。


(まるで、ルーカスさんの瞳の色みたい……)


その時、ほうっとそのリボンを見つめていた私の背後から、たった今思い浮かべていた人物の声が聞こえてきた。


「おや、聖女さま、奇遇だね」

「!」


驚いて振り返った先には、ラフな私服姿のルーカスが立っていた。いつもの魔術師のローブを脱いでいるだけなのに、雰囲気がかなり違って見える。その完璧な容姿で立っているだけで、スポットライトのあたったモデルのように店中の女の子の視線を集めていた。


「ルーカスさ……」

「ちょっとルーカス様、これ、はやく買ってきましょうよ」

「っ!」


ルーカスの横には、彼と腕を組む美しい女性がいた。金髪を高く結い上げ、しっかりと化粧をほどこして綺麗なワンピースを纏っており、周りからの視線を浴びて上機嫌そうに胸を張っている。きっと、デート中なんだろう。ルーカスほど素敵な恋人と街を歩けたなら、誇らしく思うのも当然だろう。

ルーカスは、来るもの拒まずいろいろな女の子とデートを楽しんでいるとの描写がゲームでもあった。


(綺麗なひと……。ルーカスさんと、お似合い、だな……)


「ごめんごめん、今行くよ。あ、聖女様、良かったらそのリボンも一緒に買ってあげようか?」


彼の手元には、宝石のついた華やかな髪飾りがあった。華やかなこの女性には、きっととても良く似合うだろう。国から支給されたいつもの服を着こんで化粧もしていない自分が、途端にみすぼらしく思えてルーカスの前から逃げ出したい衝動に駆られてしまう。

彼女の射るような視線にも気づいた私は、俯いてぶんぶんと頭を振る。


「だ、大丈夫です。見ていただけなので。私、アンナさんと買い出しの途中なので、失礼しますね」


そう言って私は逃げるように店を後にした。これ以上、ルーカスと女性の様子を見ているのが辛かった。


(馬鹿だなあ。そもそもお洒落をしたところで、聖女じゃなければ私なんて、あの綺麗な女性と比べたらきっと視界にも入れてもらえないのに)


私は俯いていた顔を上げて、アンナに誤魔化すように笑みを向ける。


「ごめんなさい、突然飛び出しちゃって」

「いいですよ。荷物も重いから、そろそろ帰ろうと思ってたんです」


何でもないようにそう言ってくれたアンナの優しさに、私は泣きそうになりながら笑ったのだった。

しかし城に歩き出そうとした私たちに、後ろから声がかかる。


「ちょっと待って、聖女様」


間違えるはずもないルーカスの声に心臓がどきりと跳ねて振り返ると、彼女さんはお店で待っているのかルーカス一人だけがこちらに速足でやってきた。


「はい、これ」


促されるまま両手を差し出すと、その上にぽんと可愛らしい小さな包みが置かれた。目を見開く私に、ルーカスが何てことないような笑顔で口を開く。


「最近流行っている飴細工だよ。さっきリヒト達へのお土産にたくさん買ったから、聖女様にもおすそ分け。じゃあね」

「あ……」


ルーカスはさっと身を翻すと先ほどの店に戻っていく。

私はキラキラとした宝石のような色とりどりの飴を馬鹿みたいに凝視していて、きちんとお礼を言うことも出来なかった。


……だって、心が喜びで溢れ出しそうだったから。


ただのおすそ分けだって分かってる。それなのに、どんな宝物よりも輝いて見えた。ついさっきまでの悲しみなんて、もう跡形もなくなっていた。


「聖女様、どうしました?」


動かない私の顔を覗き込んたアンナは、小さく目を見開く。


「……ア、アンナさん。私、変な顔してなかったでしょうか?ルーカスさんに、変に思われてはいなかったでしょうか?」


弱弱しい私の問いかけに、アンナは真面目な顔でこくりと頷く。


「大丈夫ですよ、変じゃないです。可愛いだけです」

「えっ⁈」


きっと私の顔は、真っ赤に染まっているのだろう。熱い頬を両手で隠すように俯くと、くすりとアンナが笑ったような気配がした。



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