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28. 西の結界石(3)


それから数日後、私たちは西の結界石にたどり着いた。平坦な地形だった北の森と違い、西の結界石は切り立った崖の上に建てられている。

それまでの道程で、ルーカスに対して挙動不審になってしまわないかと心配していたけれど、なんとか誤魔化すことが出来て私はほっと息を漏らした。


「……浄化を始めます」


前回の浄化の際にマイクに怪我を負わせてしまったことで緊張していたけれど、今回は魔獣の襲撃も退け、誰も怪我することなく浄化を終わらせることができた。


(良かった……)


ほっと息を吐いて地べたに座り込む。見上げた結界石は、清浄な空気を放ちながら美しく輝いている。

今回は初めから全力で魔力を流し続けていたせいだろう、酷い貧血の時のように視界が白黒になり足が立っていられないほど震えていた。


「大丈夫、聖女様?俺が抱えてあげようか?」


すぐそばで守ってくれていたルーカスがおどけた様に言うのに、小さく首を振った。


「大丈夫です。少しだけ休ませていただければ、自分で歩けますから」


自分を抱えさせるなんてそんな迷惑かけられなくて、私は少しずつ回復してきた足で何とか立ち上がった。魔力の枯渇は生命にも直結しているのかもしれないと感じるほど、身体が警報を鳴らしている。冷汗が流れてくるけれど、気力で足を踏ん張った。


(大丈夫。このくらいの痛みなら、ちゃんと歩ける)


崖から降りようとしているみんなの後を、ゆっくりとついて行く。するとくるりと振り返ったルーカスと目が合った。


「ねえ、聖女様」

「?どうされましたか、ルーカスさん」


痛みや辛さを顔に出さないようにするのには自信があった。だから私は、ルーカスに笑って首を傾げてみせる。ルーカスはじっと私を見つめて口を開こうとした。――その時、彼の目が開かれ鋭い声が放たれた。


「っ避けろ!!」

「え……?」


疑問の声が口から洩れるのと同時に、ドンっと体に衝撃が走る。

視線の先に、とても小型のネズミのような魔獣がこちらに牙をむいているのが見えた。


(っ魔獣に突撃されたんだ。どうしよう、このままじゃ、崖から落ちる――!)


結界石の浄化を終えたことで完全に油断していた。恐らく張り直された結界の内側に取り残されていたのだろう。非常に小型のため、探査に引っかからなかったのかもしれない。

空中に放り出されながら、周りに注意を払っていなかった自分を責めたけれど、もはやどうすることもできない。


(また、失敗しちゃった……)


泣きそうになりながら落下の痛みを想像してギュッと目を閉じたけれど、予想していた痛みは訪れなかった。

気づけば私の体は逞しい腕の中で抱きしめられていたのだ。


「チッ」


私を庇うように抱きしめたルーカスが、短い呪文を唱える。まわりにふわりと風が渦巻いたと感じた瞬間、バキバキと木の枝を折りながら私たちは崖の下へと落下した。


生きて着地できたのだと理解できた瞬間、バクバクと鳴る心臓。次の瞬間、私はハッと抱きしめられている腕の中から体を起こしてルーカスを見た。彼は顔をしかめて自身の血で赤く染まった腕を振っていた。


「はー、油断した。こんな対処もできなかったなんて格好悪いな~」


私を庇うためにルーカスに怪我をさせてしまったと理解した途端、顔から血の気が引く思いがした。


「ああ、聖女様は怪我はない?」

「私の事なんていいんです!そんなことより、早く自分の腕を治療してください!」


私の剣幕にぱちぱちと目を見開いたルーカスは、すっと左腕の怪我に手をかざして治癒魔術を使った。魔術の光が消えた跡には、怪我など元からなかったかのようにまっさらな腕が確認できた。そっとその腕に触れて確認して、私は泣きそうになった。


「よ、良かった……」


ホッとして泣きそうになる目元をぐいっと拭う。そうして私はルーカスに深々と頭を下げた。


「私を庇ったせいで怪我をさせてしまって、ごめんなさい」

「別に、聖女様が謝る事じゃないよ。俺たちは君の護衛だからね。国王から、浄化が終わるまでは命を懸けて君を守るよう命令されてるんだから」

「命を懸けるなんて、言わないでください……」


泣くのを耐えるように俯く私に、ルーカスは不思議そうに首を傾げる。


「もう傷跡もないのになぜそんなに泣きそうになってるの?そもそも半獣人は頑丈にできてるから、こんな怪我で死ぬわけもないし」

「例え魔術で治せても、傷付いたら痛くて、苦しいです」

「……」

「あなたに、辛い思いは、して欲しくないんです……」


感情の高まりとともに、浄化での魔力枯渇による震えがぶり返す。私はなんとか意識を繋げようとするけれど、話し終えるとともに限界がきてしまった。


(こんなところで倒れたら、さらにルーカスさんに迷惑をかけてしまうのに……)


「おいっ⁈」


初めて聞くルーカスの焦ったような声を最後に、私は意識を手放した。



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