21. 料理(2)
「ルーカス先生、祭りの途中で先に王都に帰るなんて何してたんですか?」
「いやー、ごめんね。可愛い女の子に王都のパーティーに誘われちゃってさ」
「せんせー、ちょっと前もそんな事言ってただろ。大丈夫か?いつか女に刺されんじゃないか?」
リヒトとマイク、そしてルーカスも戻ってきた事で、静かだった離宮は途端に賑やかになった。今、彼らは離宮の食堂で夕食をとっている。今日はローグもいるようだ。彼も王都に自宅があるため、ほとんど離宮に来ることはなかったのだ。
今日の夕食は、手作りのドレッシングで和えたサラダと丁寧に裏ごししたコーンスープ、そしてメインに昨日から漬け込んだチキンの香草焼きを用意した。帰って来たみんなが美味しく食べてくれたらと、一生懸命に考えた料理だった。
「うわ、うまあ!リヒト!これめちゃくちゃうまいぜ!」
「本当だな!料理人が変わったのだろうか」
「うん、これは美味しいね」
食堂から漏れ聞こえてくる声を厨房の隅で聞きながら、私はだらしなく緩みそうな口元を両手で覆って隠した。きっと隠せていない頬は赤く染まっているだろう。
「……聖女様、変な顔してどうしたんですか?」
「え!あ、いや、その。……みんなが、美味しいって、食べてくれるのが嬉しくて……」
「それなら、向こうの食堂で皆さんと一緒に食べたらどうです?こんな隅っこにいないで」
アンナの言葉に、私は咄嗟に口をつぐむ。
『わあ、これ、なんていう料理なんですか?初めて食べた!』
『ワーテルっていうシチューだよ』
『私、これ好きです!他にも食べたことのないもの、たくさんこの世界にあるのかな?』
『じゃあ今度、街を案内してあげる。君がこの世界を少しでも好きになってくれたらうれしいからね』
『わあ、ありがとうございます!』
ゲームで『瑞希』とみんなが楽しく会話をしながら食事をする場面を思い出す。しかし私は、ふるふると頭を振ってあり得ない願望を消し去った。
『瑞希』のように少しでもみんなに信用してもらえるように頑張ろうとは思っているけれど、でしゃばってみんなに不快な思いをさせたくはないのだ。みんなが帰って来た時、お帰りなさいと迎えた私に、みんなは挨拶を返してくれた。それだけで十分すぎるほど幸せなのだ。
「いいんです。私がいたら、気を使わせてしまうから。ご飯は、楽しく食べてほしいですから」
「……そうですか」
何も聞かずにいてくれるアンナの優しさをありがたく思いながら、私は一人分の食事を持って自分の部屋へと向かった。「……いただきます」食堂から漏れる笑い声を聞きながら、いつものように一人手早く食事を済ませる。
「……よし、頑張ろう」
食事を終えた私は、王立図書館から借りてきた資料を黙々と読み始めた。ヴァルトに頼んでもらった閲覧許可証で、私は王立図書館からいくつも文献を借りてきていた。幸いな事に、何故か召喚された時からこの国の文字は読めるようになっていたのだ。
(歪みや聖女の力について書かれた本……。何か、ヒントがあるかもしれない。ルーカスさんが犠牲になることなく歪みを消滅させるためのヒントが)
これらの文献は、長く歪みを研究しているルーカスはとっくに読んでいるかもしれない。私なんかが今さら何かを発見できるのだろうかといつも不安にもなる。それでも、少しでも可能性があるなら諦めるつもりはなかった。
(だって、ルーカスのルートでは確実に彼が生き残る方法があるはずだもの。絶対に、見つけてみせる)
そうして今日もまた、私の部屋の明かりが消されたのは皆が寝静まってからずっと後のことだった。




