20. 料理(1)
パーティーの翌日。寝る前に冷やしたおかげか、目元の腫れももう目立つことはない。アンナにも変に思われることはなく、ほっとしながら私はせっせと手を動かしお菓子を作っていた。
家にいた時と同じだ。やるべきことに追われて忙しくしていれば、余計な事を考えなくてすむから。
(私、昨日はルーカスさんにお礼も言えなかった。嫌っている私のことも、助けてくれたのに……。今度お話しできた時は、ちゃんとお礼を言わなくちゃ)
手を動かしながらそんな事を思っていた私の耳に、部屋の奥から大きなため息が聞こえてきた。
「どうされたんですか?アンナさん」
アンナは無表情を崩すことなく、今日もお気に入りのソファにマイ枕を持ち込んで寝そべっている。これで仕事はしっかり終わらせているのだから優秀かと思うのだが、アンナの場合は「お昼寝時間を一秒でも長く確保する為に素早く仕事を終わらせるのです」と宣っていた。ちなみにこの離宮全てをアンナ一人で掃除するのはさすがに大変なため、週に一度は王城の使用人が入って掃除を行っているとのことだ。アンナは主に毎日の食事と洗濯、そして主要部の掃除や物品管理を担っている。
「ふふ、こんな所をヴァルトさんに見られたら怒られてしまいますよ?」
最近は厨房に来る度口酸っぱくアンナに就業態度について説教をしているヴァルトを思い出してそう言えば、アンナは真面目な顔で口を開いた。
「ほんと、あの上司様、お母さんみたいですよね。私いつか、はいお母さんって返事をしてしまいそうです」
アンナの言葉にその場面を想像してしまい、私は思わずクスクスと笑ってしまった。説教など右から左に流しているアンナを見れば、少しヴァルトが可哀想にすら感じてしまう。
「うちの母からも良くお説教されてたんですよね。怠けてばかりいると“エルフ”が来るぞって」
アンナの何気ない言葉に、私は一瞬息をのんで言葉が紡げなくなってしまう。
「……どうして、エルフなんですか?」
声が震えないようにつとめながら、私はアンナに問いかける。アンナはああ、と得心したように頷くと説明してくれた。
「ああ、聖女様は異世界から来たから知らないですね。この世界では、歪みはエルフのせいで発生したと言われてるんですよ。だから子供の頃から、エルフは恐ろしい魔物だと教えられています」
「っ!」
(う……そ……。エルフがそんな風に言われているなんて、知らなかった……)
「え、どうしたんですか、聖女様。顔色悪くないですか?」
「い、いえ。大丈夫です」
今も必死にこの世界の人々を守ろうとしているルーカスを思うと胸が痛くてたまらなかった。国中の人からこんな風に言われて、どれだけ辛い思いをしてきただろう。ルーカスは何も悪くなんてないに。
悔しさでグッと唇を噛むが、アンナにこれ以上変に思われないよう私は話題を変えた。
「と、ところで、なぜさっきため息を吐かれてたんですか?」
「ああ、明後日にはハーリアの人たち帰って来るらしいじゃないですか。いや、仕事だからしますけど~、それでも料理が今の三倍、洗濯も三倍になってしまうのは私のぐうたらライフにとって大きな危機です」
キリッと言い切ったアンナは、さらに怠そうに体をソファに埋め込んでいる。
(そっか。もうすぐみんな辺境から帰ってくるんだ)
辺境のハーリア領へは、王都から馬車で片道一週間以上かかる。ウィンを送り届けるついでにハーリアのお祭りに参加してきたリヒトたちが離宮に帰ってくるのだ。
(そういえば、ルーカスさんは昨日は離宮には帰って来なかったのかな。……一緒にパーティーに参加した女性と、夜も一緒にいたのかな……)
何故か胸がツキリと痛んだが、私は気のせいだと頭を振ってアンナにずっと考えていたお願いをした。
「あ、あの!もし良ければ私もお料理の準備、お手伝いしていいですか?」
これまでの会話で分かったことだけれど、アンナはあまり料理が得意ではないとの事だった。確かに毎回同じ味付けで、変わるのは肉か魚かということだけ。スープはいつも同じものだった。「これが唯一私がまともに作れる料理なのです」とはアンナ談だ。
「……私は有難いですけど、無理してないですか?なんか最近目の下に隈ができてません?」
じっとこちらを見つめて言うアンナに私は驚いて目を丸くする。この世界で、私の様子を気にかけてくれる人がいる事にじわじわと心が温かくなる。ましてや、元の世界での恩人である杏さんにどことなく似ているアンナには初めから親しみを感じていた。
「大丈夫です。ちょっと本を読んで夜更かししてしまっただけなので。それに私、お料理は好きなんです」
(前の世界では、ずっと家事は義務のように感じていたけれど。でも、ルーカスさんやみんなの為に料理ができると考えると、とても嬉しい)
ニコニコ笑う私の言葉が本心からだと分かったのか、アンナには「聖女様は神様だったのですね」と大真面目に感謝されて料理を任せてくれる事になった。もちろん、ちゃんとヴァルトにも了承を得た。
(ルーカスさんは、あんまり食に興味はないとゲーム内で言っていたけれど……。でも、ちょっとでも美味しいものを作って、笑顔になってくれたら嬉しいな)
その日は何を作ろうか、みんなは何が好きだろうか。何を作れば、喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えていると気持ちが上向いてきて、私はたくさんのレシピを頭の中で考えながらなかなか寝付くことができなかったのだった。




