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18. パーティー(3)


ラングに連れて行かれたのは、休憩室として使用されているのであろう部屋の一つだった。

部屋の真ん中にある大きなソファに座るように促され、そっと端に座る。しかし、わざわざ距離を取るように端に座ったにも関わらず、ラングは私のすぐ横に腰を下ろした。


「あの、ラング様。私はもう大丈夫ですので、どうぞ会場にお戻りください」


居心地が悪く、穏便に距離を取りたくてそう言えば、ラングは笑いながら手元のカップに紅茶を注ぐ。


「父から聖女様のお世話をするよう言いつかっておりますからね。せめてお茶ぐらいお出ししないと」

「ですが、少し一人で休みたいと思いまして……」

「そうですか……。それでは、こちらの紅茶を聖女様がお飲みになったのを見届けましたら、私も会場へ戻ることにいたしましょう」


意外とあっさりと戻ることを了承されて、私はほっとしてカップを手に取った。


(親切で言ってくれていたのかな……。でも、一口だけ飲んだら会場に戻ってもらおう)


私はもらったカップの中身をゆっくりと口にした。そしてお礼を言おうとラングを振り仰ぐと、口の端を持ち上げ笑うラングと目が合った。


「ラングさま……?……っ!」


その直後、どくどくと心臓が早鐘を打ち、身体から力が抜けて行くのが分かった。


「え……?」


とさりとソファに倒れ込んだ私を見下ろしながら、ラングが楽し気に口を開く。


「ははは!随分と簡単に。いやあ、異界の聖女様はとても純粋なんですねえ」

「なにを……」

「ああ、紅茶に少し痺れ薬を混ぜさせてもらっただけですよ。大丈夫、後遺症はありません。一時間ほどで効果も切れる」

「……なんで、こんなこと……」


私の問いに、ラングはガラリと雰囲気を変え、嗜虐的な笑みを浮かべて宣った。


「私はね、逆らえない女が泣き叫ぶ様を見るのが大好きなんだ。私に許しを請う姿は最高にゾクゾクするだろう?平民の女や半獣人の女には最近飽きてきていたんだが……異界の聖女様なんて、こんな機会なかなかない。とても興味があったんだよね」

「そんな……」


ラングの手が首元をなぞる。私は初めて感じる嫌悪感に、必死に腕を伸ばしてラングを押しのけようとするが、薬のせいか全く力が入らない。それがとても恐ろしかった。そんな私の腕を軽々と抑え込むと、ラングが楽しくて仕方ないと言うように口の端を上げた。


「君、今は父上の機嫌を損なう訳にはいかないんだろう?大人しくしといた方がいい」


ラングの言葉に、身体が固まる。

これがラングの独断なのか、侯爵も承知の事なのか私には判断できない。ここで騒ぎになれば、今までしてきたことが無駄になってしまうかもしれない。


(ここで私が我慢すれば、全て収まる。みんなの、役に立てるなら……)


そう思い込もうとしたけれど、スカートの端から手を入れられて大きな手で直に足を撫で上げられたところで、耐えていた涙がボロボロと零れてきた。

触れられる手が、気持ち悪くて仕方がない。怖くて怖くて、震えが止まらなかった。


「ははは、いいね、その涙。逃げたいかい?だけど残念、人払いしてるから誰も助けになんて来てくれないよ」


分かってる。そもそもこの世界に、助けを求められる人なんていない。私はこの世界の異物だ。そして、この世界の人々にとって、歪みの消滅方法を知りながら隠匿する裏切り者でもある。誰も、助けてなんてくれる訳ない……。


(今さら、どうしてそんなことで泣きたくなるんだろう。元の世界でだって、家族にさえ、いらないと言われた人間なのに……)


ボロボロと泣きながら、思い浮かべるのはルーカスのことだった。治療の痛みで苦しんだ時も、家族の事を思い出して泣きそうになった時も、いつもルーカスの事を思えば心が強くなれたから。

それなのに、今は余計に涙があふれて悲しみに囚われる。

脳裏に思い浮かぶのは、『瑞希』に向けられる笑顔ではなく、私に向けられた冷たい眼差し。それでも――。


「ルーカスさん……」


助けを求めるように、来る訳もない大切な人の名前が口をつく。


その時、突然一陣の風が閉じられたはずの部屋の中に吹き込んだ。

それに疑問を抱く間もなく、「グアッ!」という悲鳴とともに上に伸し掛かっていた重みがなくなった。


「だ、誰だ!私にこんなことして、タダで済むと思ってるのか?!」


「――怖い怖い、なにされちゃうのかなぁ?」


場違いなほどにおどけた声が耳に届く。

良く通るその声に、私はぶわりと目頭が熱くなった。



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