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17. パーティー(2)


「はい。次の浄化は、西の結界石と決まっております」


私の言葉に、周囲の温度が下がったように感じる。私を試すような声音で、侯爵が口を開く。


「聖女様、異世界から来られた貴女には分からないかもしれませんが、東の地はこのルダニア国にとって非常に重要な地なのですよ。“混ざりもの”の辺境伯は教養もなく、そのことを分かりもせず西の地を次の目的地と決定してしまったようだが、聖女様は従う必要はないのですよ?」


その言葉からは、東をないがしろにされた恨みが垣間見える。しかしそもそも、次の浄化の地の選択をリヒトに押し付けたのは国王だ。東のウィスタリア侯爵と西の貴族の対立が激化しており、どちらを立てても国王への不満が噴き出す。だから国王は恨まれ役をリヒトに押し付けたのだ。リヒトはただ、人命優先で瘴気の被害が東よりも多い西の地を選んだに過ぎない。しかしそんなことを言っても、聞く耳は持たないだろう。私が半獣人を支持した時点で、彼らは私の言葉にも耳を傾けなくなる。

――私はこれから自分の口から吐くことになる酷い言葉に耐えるように、血が滲むほど拳を握りしめ、口を開いた。


「……侯爵様、私が“混ざりもの”なんかの言葉に従っている訳ないじゃないですか」


私の言葉に、侯爵は意外そうな顔をする。


「ほう?では、聖女様は東の結界石の浄化を優先すべきという考えに賛同してくださいますかな?」

「それはできないのです。これは、国王陛下からのご命令ですから」

「陛下は浄化の順序は辺境伯に一任したと仰っていたが?」

「ええ、良きに計らえとおっしゃったそうですわ。そして、辺境伯は馬鹿正直に被害状況を比較して、瘴気の影響が大きい西を選んだそうです。彼の中では、国王命令に従っているつもりなのですよ」

「しかし……」

「たかが辺境の半獣人には、高位貴族である侯爵様たちのお考えなど分かるはずもございません。侯爵様にご無礼を働いてしまったということさえ、気づいていないようでした。そんな者たちのこと、侯爵様がお気にかけることはないと思うのです。獣が粗相をしたとて、人間は本気で怒りはしないでしょう?」

「ほう?」


私の言葉に、侯爵は面白そうに笑みを浮かべた。私は酷い言葉をしゃべるごとに喉が切りつけられるような痛みを感じながらも、にこりと笑顔を作って侯爵に笑いかける。


「むしろ、ここは侯爵様の御心の広さを皆に示す良い機会だと私は考えます」

「広い心で西が優先される現状を許してやれと?こちらにはどんなメリットがあるのかな?」

「頭の足りぬ半獣人の愚かな選択を許してやることは、それはひいては決定権を与えた国王陛下の選択を支持するということになりませんか?上手く世論を動かせば、此度のことで陛下に恩を売ることも出来ます」


言い切って口を噤むと、私は緊張しながら侯爵の反応を待った。

こんな小娘の言葉、一笑に付されてしまう可能性もあった。それでも、少しでも興味を持ってくれたなら――。


「ハハハハハッ!」


突然、侯爵が可笑しそうに笑いだす。その顔は、とても機嫌が良さそうに見えた。


「いやはや、聖女様は素晴らしいお考えをお持ちだ。良いでしょう、その考えに乗って差し上げます」

「では……!」

「ええ、この度は西に譲ってやる事としましょう」

「っ、ありがとうございます!」


(良かった……、本当に、よかった……!これで、リヒト君に暗殺者が送り込まれることはないはず)


ほっとして座り込みそうになってしまうが、何とか足に力を籠める。少しでも役に立てたことが、私でも何かを変えられたことが嬉しかった。


「おや、聖女様、ふらつかれたようですが大丈夫ですか?」

「は、はい。このような華美なパーティーは初めてで、少し人に酔ってしまったようです」


誤魔化すようにそう言えば、侯爵は誰かを呼び寄せた。近くにいたのだろう、すぐに歩み寄って来たのはヴァルトと同じくらいの年齢の男だった。侯爵と同じ茶褐色の髪の男は、見るからに贅を尽くしたような華美な服装を見せつけるようにたなびかせてやって来た。


「お呼びですか、父上」

「ああ、聖女様が具合がお悪いようだ。休める場所にお連れしてやってくれ」

「畏まりました。聖女様、私はウィスタリア侯爵家の次男、ラングと申します」


仰々しく礼をしたラングのニタリとした笑みに一瞬ゾクリと悪寒を感じた。


「い、いいえ。そのようなご迷惑をおかけする訳にはまいりません。すぐに良くなりますので……」

「遠慮なさることはございませんよ、聖女様。大切な御身、何かあっては大変です。……それとも、私のエスコートではご不満ですか?」

「い、いいえ……」


せっかくウィスタリア侯爵が納得してくれたのだ。今、彼の子息を避けるような言動をすることは悪手だ。事を荒げる訳にはいかない私は、その手を取らざるを得なかった。


「聖女様、是非またお話しましょう」

「はい……」


機嫌良さげに笑うウィスタリア侯爵に頭を下げ、私はラングと共に会場を後にした。



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