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12. 追憶(1)


――私は、家族にとっていらない存在だった。


お母さんはいつも私なんか産まなければと言って私の事を見ようとしなかった。

お母さんは私を産むときに酷い出血を起こして、なんとか一命はとりとめたものの酷い衰弱症状が続いて生きがいだった仕事も続けられなくなってしまったのだ。家でずっと生気が抜けたような表情のお母さんを見ていられなくて、お父さんもまた仕事に逃げるように家に帰ってこなくなった。寂しくて、でもお母さんを困らせたくなくて、私はずっと部屋の隅で膝を抱えて静かにしてた。少しでもお母さんの役に立ちたくて見よう見まねで家事を手伝おうとしたこともあったけれど、お母さんが私を見てくれることは一度もなかった。


(はやく、大きくなりたい。そうしたら、きっとおかあさんの役にたてるもん。……そうしたら、私の事、見てくれるよね……)


しかし私が七歳の頃、お父さんとお母さんは離婚して、私は渋るお父さんに引き取られることになった。お母さんは私を引き取ることを頑なに拒絶し、精神的に子育ては無理だと判断されたのだという。

悲しくて、でも泣けなくて。心から何かが欠けていくようだったけれども、お母さんは私がいない方がきっと幸せになれるのだという事が分かっていたから、私はギュッと唇を噛んで俯くしかなかった。


それからしばらく後に、お父さんは新しいお母さんと同い年の妹を連れてきた。

新しいお母さんと妹を初めて紹介された時、お父さんは優しげな笑顔を二人に向けていた。初めて見たお父さんの笑顔にとても驚いたのを覚えている。

新しいお母さんもお父さんも優しい笑顔で妹の頭を撫でていた。その姿に、私の胸はドキドキした。お母さんが妹へ向ける笑顔に、どうしようもないほど見惚れた。


(私の、新しい家族……。私にも、笑いかけてくれるかな?頭を撫でて、くれるかな……?)


だってずっと、憧れていたのだ。

小さなころ、公園で迎えにきた母親に笑顔で飛びつき手を繋いで帰る親子の姿を見た時から、ずっとずっと、憧れていた。

私はいつも一人で帰ってきては冷たいご飯を食べていた。我儘を言ったらきっとお母さんを困らせてしまうから言えなかったけれど、ほんとうは一度でいいから迎えに来てほしかった。笑って、「帰ろう」って、言ってほしいと思ってた。ううん、迎えに来てくれなくてもいい。「おかえり」って、言ってくれるだけでもいいの。一緒にご飯が食べたかった。笑顔を向けてほしいと思ってた。頭を、撫でてほしいと思ってた。


役に立てたら、喜んでもらえる?勉強を頑張ったら、褒めてもらえる?私にも、微笑んでくれる?


幼い私はそんな希望を胸に頑張った。新しいお母さんに喜んでほしくて、家事も頑張ってできるようになった。妹に好きになってほしくて、頼まれたら私の持ち物はなんでもあげた。


だけど、いつの間にかお母さんの代わりに家の家事を全てするようになっても、一度たりとも家族の笑顔が私に向かうことはなかった。それでも、「あなたが家事をしてくれて助かるわ」「お姉ちゃん、課題ありがと。またよろしくね」たまにかけられるその言葉をもらうだけで、頑張れた。家族の役に立てているのだと、思い込むことができた。


中学に上がる頃には、食事は一人で取らされるようになっていた。お父さんとお母さん、そして妹が楽しそうに食事をする声を聞きながら、私は一人自分の部屋で食事をした。皆が寝静まってから独り家族たちの食器を洗いながら、私は何かに縋るように、祈るように願っていた。


(もっと頑張れば、私も家族の中に入れてくれるかもしれない。一緒に、食事をしようって、言ってくれるかもしれない。もっともっと、頑張れば……)


誰より早く起きて洗濯をして朝ごはんを作った。食べ終わったみんなの食器を片付けて学校へ。放課後はスーパーで買い物をして帰り、すぐに夕ご飯を準備した。家族がリビングで楽しそうにおしゃべりしながらご飯を食べている声を聞きながら、お風呂の準備をして、洗濯物を畳んだ後で一人分の食事を持って物の少ない殺風景な自分の部屋で夕飯を食べる。妹の課題を終わらせて、その後からやっと自分の勉強に取り組んだ。その、繰り返し。



……いつか、家族の中に入りたい。その願いは、結局叶うことはなかった。


高校二年の春、学校で倒れた私は病院ですぐさま入院するよう告げられた。病院に呼び出されて面倒そうに医師からの私の病気と余命について説明を聞いたお父さんとお母さんは、「無駄な金をかけさせて」と吐き捨て必要書類の記入だけ終えると早々に帰っていった。


誰も来ることのない病室で、白い天井を見つめながら私はやっと認めたのだ。


(……ああ、みんなにとって、私は家族じゃなかったんだ)


本当は、分かってた。どんなに頑張っても、お父さんもお母さんも妹も、私を家族の中には入れてくれないんだって。それでも、もう要らないと捨てられるのが怖くて、本当のひとりぼっちになるのが怖くて、家族に縋り付いていたのだ。


(なにが、ダメだったのかなぁ……。どうすれば、愛してもらえたのかなぁ……)


視界に広がる白い天井が歪んでも、冷たいものが頬を濡らしていっても、それを拭うことはなかった。どうせ、誰もこの病室には入ってこないのだから。




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