11. 言葉
「――それは違うよ」
静かなルーカスの声は、染み込むようにゆっくりと紡がれる。
「死ぬべき命なんてどこにもない」
大きな声ではなのに、ルーカスの声は不思議なほどに良く通って私の元にも届く。私はその言葉にはっと息をのんだ。どくりと大きく跳ねる心臓を抑えるように、胸の前で握った両手に力がこもる。
「この世に生まれ出る命は、みな世界に望まれて生まれてくるんだ」
今までの飄々とした態度は鳴りを潜め、ルーカスはその翡翠の瞳に静かな光を灯していた。長い長い年月を生きてきた英知を宿すその宝石のような瞳。まるで、この世の真理を告げられているような静かな声だった。
「誰に蔑まれても、生を否定されたって、そんな外野の言葉に耳を傾ける必要なんてない。君が生きる権利は、誰にも奪うことはできないものだ。君がこれから先の未来をどう生きるかだって、決めるのは君だけの権利だ。もちろん、奴隷になるくらいなら死んだ方がいいという選択も君のものだけれど、……ほら、今、その首の奴隷の証はなくなった」
先ほどの男が置いて行った鍵で、ルーカスは子供の首にかけられていた首輪を外す。あっけなく軽くなった首元を、子供は呆然と見つめた。
「ほら、君が死にたいと言った原因はなくなってしまったね。じゃあ、この後君はどう生きたい?」
「ぼ、僕は……」
ぐっと唇を噛んだ子供は、泣きそうに震える声で言葉を紡いだ。
「……自由に、生きたい。もう、地下室に閉じ込められないで、青空のもとで、生きたい……」
「うん。君、名前は?」
「……ウィン」
「ウィン、上を見てごらん」
上を振り仰いだウィンの瞳に映ったのは、どこまでも澄み渡った青空だった。同じように空を見上げたルーカスが、ゆっくりと視線を戻してウィンを見つめた。
「今日はこんなにも晴れ渡った青空で、そして君は自由だ」
ふっと笑ったルーカスの笑みはとても優しくて……。私は、息をするのも忘れてその美しい横顔を見つめていた。
ウィンは泣きそうに顔をゆがめると、震える声でルーカスに問いかける。
「混ざりものの僕でも、幸せに、なれるのか……?」
俯く子供の頭に手をおいて、ルーカスは良くできましたと言うように、小さな笑みを浮かべる。
「なれるさ。君がそう望むなら。君がこれから幸せになる権利だって、誰にも奪えないものなのだから」
「そうだぞ!君は、これから辺境伯領に来ればいい。半獣人の仲間がたくさんいる」
「そうだ!贅沢出来ねえけど、仲間で助け合ういいとこだぞ!」
リヒトとマイクが明るい声で子供を促す。
「君が笑って生きられる道を探しなさい。最後に笑って逝けたなら、それで君の勝ちだ。誰が何と言おうと、今まで必死に生きてきた君は自分を誇っていい。――偉かったな」
「っ……ぅ、うぁぁっ」
ルーカスの言葉に、子供は目を見開いた後、くしゃりと顔をゆがめて大声を上げて泣き始めた。
(ああ、やっぱり、ルーカスさんは、『ルーカス』なんだ。私の心を、救ってくれた人……)
慈しむように子供の頭を撫でているルーカスの姿を見つめる私は、暴れ出しそうな胸をギュッと抑えて立ち尽くしていた。
嬉しさと苦しいほどの切なさで、目頭が熱くなる。愛おしさに、胸が痛いほど締め付けられる。
青空のもとで色が溢れるように、世界が、色づいたような気がした。
――私は、この言葉を知っていた。何度も何度も繰り返し見た、とても大切な場面だったから。