表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/14

1. プロローグ


私には、大好きな乙女ゲームがあった。


『世界を繋ぐ光』ーー異世界に聖女として召喚された高校生のヒロインが、彼女だけが使える光魔法を駆使して仲間と共に瘴気を封じる王道ファンタジー。主人公のデフォルト名が『瑞希』で私と同じだった事もあって興味を引かれた。


舞台は瘴気に覆われた大地唯一の王国ルダニア国。遥か昔は大陸全土に人が住んでいたが、やがて瘴気に蝕まれ今ではこの王国が最後の砦となっていた。千年前に伝説の大魔術師が構築したと言われるルダニア王国を覆う大結界の維持のため、光魔法を使う事の出来る人間が百年ごとに異世界から召喚される。それが『瑞希』だった。


何よりも私を惹きつけたのは、個性的で魅力あふれるキャラクター達だった。一緒に戦う仲間達は、皆重い過去や覚悟を秘めながらも前を向いて歩くとても素敵な人たちだった。そんな仲間たちと絆を深め、真っ直ぐに人々の為に立ち上がる『瑞希』に憧れた。


そして私は、仲間の一人である魔術師ルーカスが大好きだった。


彼は仲間の一人である若き辺境伯リヒトの護衛であり、治癒魔術が得意な軟派な魔術師として登場する。初めは飄々として人の良さそうな仮面を被って主人公に接するけれど、その裏では常に冷静にリヒトや仲間達に害はないかと探っているような少し怖いキャラだった。

なぜそこまで警戒が必要なのか――それはこの国の歴史に起因する。


この世界にはかつて人間だけではなく獣人、エルフ、ドワーフが存在していた。エルフとドワーフは寿命は長くとも数が少なく絶滅したと言われているが、獣人は強い肉体を持ち繁栄していた。それでも人間と比べればその数はずっと少ないものであり、いつしか純粋な獣人も数を減らし、かつての獣人の国ハーリアでも獣人と人間の混血である半獣人がほとんどだった。すでに獣化の能力を失っており見た目は人間と変わらないのだが、人間至上主義のルダニア王国では彼らの事を“混ざりもの”として蔑んだ。しかし強い武力を持つハーリア国に表立って攻撃を加えることはなく、表面上は穏やかな住み分けができていた。


そんな世界に、突如何の原因も分からぬままに“歪み”が発生する。


歪みから湧き出る瘴気は生き物の精神を狂わせ、動物達を恐ろしい魔獣へと変容させた。段々と広がる瘴気に人は生活の場を奪われ、土地を追われたハーリアの人々も、最後の砦であるルダニア国へ逃れるしかなかった。

もちろんルダニア国は初めは混ざりものを拒絶していたが、ハーリア王家の者がルダニア国王に絶対服従の忠誠を誓い、魔獣を狩りルダニアへの魔獣の侵攻を防ぐ肉壁となる事を承諾したため瘴気の最前線である辺境の地を治める辺境伯の地位を与えた。そうして今現在も、ハーリア辺境伯領は命をかけてルダニア国を守りながらも、王都の人々から奴隷のように見下される状態が続いているのだ。大結界維持のための聖女の護衛も、ルダニア国王から押し付けられたものだった。


屈辱の歴史の中でも、辺境伯領主であるリヒトはそれでも半獣人と人間との共存を望む心優しく真っ直ぐな青年だ。そんなリヒトや辺境伯領の仲間達を陰から守っているのが、ルーカスだった。


ルーカスは決して優しいだけの人ではない。

人間と半獣人の融和を訴えているリヒトを邪魔に思う者は多い。そのリヒトを暗殺しようとした者たちを、彼は裏で顔色を変えることなく殺してみせた。それが例え裏切り者の半獣人であっても、当然のように。そしてそのことを誰にも悟られる事なく、何事もなかったかのように穏やかに、飄々と笑う。

彼は人間が嫌いで、もしかしたら半獣人も嫌いでーー。

ニコニコと人の輪に入っていけるくせに、誰にも本心を見せない、誰も心の内には入れようとしない。そんな人。


でも彼は一度だけ、『瑞希』に心の欠片を僅かに打ち明けたことがあった。


『俺はね、これでも結構ロマンチストなんだよ。死ぬまでに一度くらい、心から誰かに愛されて、そして愛してみたいって思ってるんだ』


おどけたように、冗談のように零したその言葉が彼の心からの願いであったことは、後のエピソードで判明する。

それは彼が登場する、最後の回。


そこでは、死ぬ前の走馬灯から彼の過去が明らかになる。


彼は周りには自分も半獣人だと言っていたけれど、本当は滅んだとされる純粋なエルフの唯一の生き残りだった。ーーーそれも、瘴気の原因となった……。




 

彼は生まれながらに莫大な魔力を持って生まれた。五歳のころには親でさえ近づけば恐怖を抱くほどの魔力を持ち、制御できずに暴走させてはモノや人を傷つけた。

幼い彼は誰かを傷つけるのが恐ろしかった。誰も傷つけたくなかった。

そのためルーカスは親に押し込められるがままに森の奥の塔の上に幽閉された。


この力が制御できれば、いつかは親が迎えに来てくれるかもしれない。それだけを希望に、ルーカスは独学で制御の訓練を行った。魔力の暴発で何度も身を切り裂くような痛みに襲われても、一人きりの塔の中で耐え、そして古の塔に眠っていた古書で多くの知識を蓄積し、膨大な魔力の制御のための試行錯誤をたった独りで繰り返した。

そんな日々が何年も続き、ある時ルーカスは魔法の根源に触れる。

精霊の声を聴き、その言葉を操る。

それは、信じられないような才能だった。今まで何百年も積み上げられてきたエルフの魔術を覆すような。

圧倒的な天性の才能と他の追従を許さない明晰な頭脳でもって、幼い彼はたった一人で新たな魔術理論を編み出した。


それでも、ルーカスはまだ十歳の少年でしかなかった。

親の愛を、心の奥底で希求していた。


ちょうど十歳の誕生日。完全に魔力を制御できた今なら両親も温かく迎えてきれるのではないだろうかと、彼は魔法を使ってはじめて塔の外に降り立った。

ドキドキと胸に小さな希望を抱えながら記憶にあった実家の窓をそっと覗く。そこには、記憶にあるままのお母さんとお父さんに挟まれて美味しそうにシチューを食べさせてもらっている幼子の姿。微笑ましそうに口の周りをふくお母さん、頭を撫でるお父さん。幸せの象徴のような、家族の姿。


(あれは、なに――?)


……ああ、『ごはん』だ。塔に幽閉されてから何年も、縁がなかったから忘れていた。



「おい、なんだお前は。こんな襤褸を纏った奴がこの村に何の用だ⁈」


ぼんやりと窓から家の中を眺めていたルーカスに、野太い声が浴びせられる。排他的なエルフの村では、子供であっても見慣れないものは排斥の対象だ。ざわざわと集まって来た村人の中に、家から出てきたお父さんとお母さんもいた。


「ぼく、は、ルーカス、です」


何年かぶりに発生した声はかすれていたけれど、両親には届いたようだった。

思い出して、くれるだろうか。もしかしたら抱きしめて、くれるだろうか――?


そんな幼い願いは、怒鳴り声と共に無惨に破り捨てられた。



「化け物!!」

「なんで、生きているの……?」



悍ましいものをみるような表情で見てくるお父さんと、子供を抱き締めて恐れるように後ろに下がるお母さん。

頭の中は真っ白だったけれど、ルーカスの優秀な頭脳はきちんと状況を理解していた。


(そっか……。しんでて、ほしかったんだ……)


そうだよね、だって、塔にいれられてから、一度もごはんが運ばれてくることなんてなかった。普通の人は、ごはんを食べなきゃ、死んじゃうんだよね。

なのに、死んでない僕は――


(そっか、ぼくは、ばけものだったんだ)


目が熱くて、目の前が滲む。

立ちつくすルーカスの頭を、お父さんがむしる様に掴んで村の外へと引きずる。

抵抗することもないルーカスは引きずられ、体中に傷ができるが誰も助けようとはしなかった。皆が気味悪そうにルーカスを見ている。


(みんな、ぼくにしんでほしいんだ……)


ガラガラと、何かが崩壊する音を聞いた気がした。

ルーカスはもう何も感じられなくなったかのように、死んだように引きずられる。


しかしその時、大きな声がお父さんを止めた。


「その子供を離しなさい!」


声と共にルーカスは大きな腕に引き上げられる。ぼんやりと瞳を上げれば、そこにはお父さんよりも年上に見える立派な服を着たエルフの男性がルーカスを庇うように立っていた。


「ゴーシュ様!」


驚いたように姿勢を正したお父さんに、男性は厳しい顔を向ける。


「これはどういうことだ。この子はお前の子なのか⁈」

「そ、そうですが、こいつは化け物なのです!もとから恐ろしい魔力を持って私たちを傷つけていましたが、この五年間食べ物も与えていないのに生きているのです!」

「幼子になんてことを!ただでさえエルフは数を減らしているのだぞ!宝たる子を死なせるような真似、恥を知りなさい!よい、この子は私が責任をもって預かろう」


グイッと視界が高くなり、ルーカスは初めて自分が抱き上げられていることに気が付いた。


「まったく、酷いことをする」


そう言った男性はルーカスの怪我に手をかざす。すると温かな光が溢れて見る見るうちに怪我は治っていった。


「今日から、君は私の息子だ」


そう言って笑顔を向けてくれた男性に、ルーカスは何も考えられない中でぼんやりと頷いた。ただ、初めて向けられた温かな笑顔に、なぜか涙が止まらなかった。

親が子を想うような、あたたかな無償の愛を、ずっとずっと求めていたから。



連れていかれたのは、隣町にある生家よりもずっと大きくて立派な家だった。

男性はゴーシュと言って、エルフを纏める長の役目をしている男だった。エルフは人口が少なくこの近辺の森の中に五つほどの集落しかないが、そのエルフたちの中で最も魔力のある者が長として選ばれる。ゴーシュは魔術に優れた、皆から尊敬を集める立派な長だった。


生まれてから恐怖で歪んだ顔しか向けられた事のなかったルーカスは、ゴーシュの元で初めて人らしい暮らしを送った。笑顔で頭を撫でてくれるゴーシュに、ルーカスは初めて心からの笑顔を浮かべた。ゴーシュの為であれば、何でも出来ると思っていた。


しかしその二年後、村を襲った嵐と共に穏やかな日常は崩壊した。

その嵐は例年よりも非常に激しく、村や畑が崩壊する危険があった。ルーカスは、この村が好きだった。なにより、困った様子のゴーシュを見て、役に立ちたいと思った。


今まで目立たぬように生活していたルーカスは、その日ここに来て初めての魔法を使った。神々しいばかりの、圧倒的な魔力の込められた結界魔法。それは嵐など意にも介さず、村を守った。


「凄いわ!貴方のお陰で助かった!」

「これほどの魔法、誰も成し遂げられなかったものだ!」


わっと喝采を叫ぶ人々に、ルーカスは初めてのフワフワとした感情を伝えたくてゴーシュを探した。しかしその日、彼を見つけることはできなかった。



……その数日後、ルーカスは家の地下で両手両足を縛られ血だまりの中に横たわっていた。


「……どうし、て……?」


血と共に吐き出された微かな問いに、ナイフを手に目を血走らせたゴーシュは答えた。


「私は人と人との間での魔力の移譲の研究をしていてなあ。元からお前のその魔力を何とか手に入れたいと思っていたんだ。……だが、もういい……。エルフの中に、私よりも魔法に優れた者はいちゃあいけないんだよ」


優し気な笑顔の仮面の下に隠されたプライドが高く嗜虐的な顔をもう隠すことなくさらけ出したゴーシュに、ルーカスは乾いた笑いを上げた。


「……はは、ははははっ!……そんな、ことで……」


笑える、話だった。だって貴方が望んだならば、僕はいくらだってこんな魔力渡してあげたのに。

僕が目障りだというのなら、そう言ってくれれば、すぐにでも村を出て行った。

それなのに自分の手を汚してまでこんな事をするほど……僕は、憎まれていた――。


「……は、……ははは……」


――それは、どんな悪魔の描いたシナリオか。

まるで奇跡のような偶然が重なって、それは起った。


ルーカスが倒れていたのは、ゴーシュの魔力転移の試作の魔法陣の上で。

そこには規格外の魔力をふんだんに含んだルーカスの血が行き渡り。

ルーカスの心臓にナイフが付きたてられる寸前、彼の恐怖に精霊が感応し彼を別の場所へ転移させようと魔力を操り。

命の危機に瀕した魔力暴発によって、全てが滅茶苦茶にかき混ぜられ。


――そこに、“歪み”が発生した。


どこの世界に繋がったのか、そもそも異世界の空気はこの世界の生き物にとって毒でしかないのか――。

その歪みから発生した瘴気で、その一帯は死の森と化したーー。



***



……その回想を見た私は、ぼたぼたと涙を零していた。自分でも訳が分からなくなるくらい、胸が苦しくて。



呆然と立ち尽くし、同胞のエルフの絶滅の原因となってしまった自分を呪うルーカスの姿が悲しかった。

必死に瘴気を食い止めようとしても、歪みを消滅できずに慟哭する姿に涙が止まらない。

やはり自分は化け物だったのだと笑う彼を、誰か救ってと心から願った。


その膨大な魔力のせいか、それから青年の姿のまま長い時を生きることになるルーカス。何度も裏切りを目にし、誰の事も信じられない。それでも誰かのために頑張ろうとする人の事を見捨てることの出来ない彼の姿が眩しかった。

贖罪のように瘴気の研究を続け、陰から辺境伯領の人たちを守り続ける姿に胸を打たれた。

全てを打ち明けていなかったとしても、それでも旅の中で絆を深めた仲間と笑い合う姿が涙が出るほど嬉しかった。


だけどーー。


そんな彼は、最後に、歪みを消滅させるためにその中に身を投げしまう。


『ああ、やっぱり化け物の俺は、愛を見つけられなかったなあ』


最後のそのつぶやきが、痛くて痛くて、たまらなかった。




ずっと誰かに愛されたいと願っているくせに、誰も愛せない彼を、誰でもいいから幸せにしてあげてほしいと願ってた。

恋愛じゃなくてもいい、友愛でも、家族愛でも。

人の中に居ながらも、たったひとりのように感じている彼の手を、誰かに握ってほしかった。

人の死を見送り続けていた彼が、それでもどうか最後まで、笑っていてほしいと思っていた。

そんなことを、馬鹿みたいにずっと願ってた。


なのにゲーム画面の奥のルーカスは、たった一人で歪みの奥へと消えてしまった……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ