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8話:再起

 酒場でルナという少女の情報を得た次の日、カイは、彼女の家へと向かった。木造の小さな家は、街のはずれ、ファルムの森の入り口からほど近い場所にひっそりと建っていた。しかし、何度か扉を叩いても返事はなかった。


「留守か……。」


 家を後にし、王都の広場へと向かう。この時間なら、買い物に出ている可能性が高い。

 広場は、多くの人々で賑わいいつもの熱気をもっていた。焼き菓子の甘い匂い、色とりどりの果物、活気のある商人の声が響く。彼は、その人混みの中から、目的の少女を見つけ出した。



 彼女は、パン屋の店先で母親らしき女性と話していた。金色の長い髪を揺らし、愛らしく笑う。だが、その瞳は絶え間なく周囲を見渡し、何かを探していた。


(金色の長髪。あの子が酒場の店主が言っていたルナか……)


 カイは、彼女に近づくと、母親らしき女性に会釈をした後、優しい声で話しかけた。


「君がルナだね?少しお話をきかせてもらってもいいかな?」


「カイさん……私に何か用ですか?」


 ルナは、一度母親の顔を見上げてから、ぎこちなくカイの方に向き直った。


「最近、よく森で女の子と遊んでいると聞いてね。」


 ルナはその言葉を聞いて、はっと息を呑んだ。


「リリィのことですか……?リリィになにかあったんですか!?ここ何日か、森に来なくなって……!」


 まくしたてるように言った後、彼女は一呼吸置いた。


「……あ……ごめんなさい。」


「ちょうど私も探しているんだ。その子のお母さんやお父さんからも何か聞いてたりしないかい?」


 ルナはその言葉に目を伏せた。しかし、カイの真剣な表情を見て、意を決したように話し始めた。


「リリィは……その……家族はいないらしいんです。それに私が初めて会ったのも豊穣祭の一週間前で、まだ知らないことも多くて……。」


「でも、優しくて困ってる人を見過ごせないような子なんです!だから何かに巻き込まれたんじゃないかって心配で……!」


 彼女の切実な言葉に耳を傾けながら、カイは、胸の内の柔らかい部分が刺激されるのを感じていた。


「そうか……。最後に会ったのはいつだった?」


「最後に会ったのは豊穣祭の次の日のお昼です。」


 カイはルナの潤んだ目から逸らした。真っ直ぐな青い瞳に、今脳内に浮かぶ残酷な考えが見透かされてしまうような気がした。


「その時、何か変わった様子はなかったかい?」


 ルナは暫く考え込んだ。


「いえ、特には……。」


(王宮に侵入者が入ったのは、豊穣祭の次の日の夜……その日、侵入者はセレスの蹴りを受けて負傷をした。)


 カイは、目の前の少女を安心させようと、優しい声で言った。


「そうか。ありがとう。私も何か分かったら君に伝えるようにするよ。」


「ありがとうございます……!」


 彼女の強張っていた口元が僅かに緩むのを見て、カイは眉を下げた。


「それと……私が探していたことは秘密にしておいてもらえるかな?そうと知ったら、リリィもびっくりしちゃうだろうから。これでも、私は雷神王様の側近でね……。」


「わかりました……!」


 ルナは力強く頷いた。


 カイは、彼女に別れを告げると、その場を立ち去った。広場を後にする彼の脳内では、既に一つの結論と呼べるものが、確固たる輪郭を成していた。




 その日の夜、王宮内のリディアの私室。

 カイは、リディアとセレスに調査結果を報告していた。

 机の上には、ファルムの森や聞き込みでの調査結果と、リリィとルナの人相書が並べられていた。


「ファルムの森に、リリィという少女が豊穣祭の少し前から出入りするようになっています。」・・・


 一通りの説明の後、彼は静かに結論を述べた。


「侵入者はこの少女と見て間違いないかと。」


「そうですね。私も、その通りだと思います。」


 セレスが落ち着いた声で同意を示す。リディアは、人相書きを手にとる。


「こんな少女がなぜ……背後には”誰か”がいるはずよ。」


「私の能力があれば捕らえることは可能です。確保して、尋問を行うのも手かと。」


 セレスが進言する。リディアは逡巡した後、尋ねた。


「……現時点で、リリィという少女、あるいは不審な人物による被害は町で確認されてるのかしら?」


「いえ!むしろ、ルナの証言によれば、リリィは人助けを好んでいるようです。」


 リディアはもう片方の手でルナの人相書きを手に取る。その顔は、無垢な少女にしか見えなかった。


「二人が共犯という可能性は?」


「明確な根拠は特にないのですが……それはないと確信しています。」


 カイは確かな声で断言した。


「あなたのその手の勘は外れませんからね……。」


 セレスは彼から目を逸らし、資料を再度確認しながら言った。


 リディアは、揺るぎない覚悟を宿した目で、二人を見つめる。


「カイ、貴方にはルナの監視をお願いするわ。リリィはまたルナの前に現れるはず。ただし、証拠をつかめるまでは、尾行は最低限でいいわ。」


 彼女はそこで、一度言葉を区切って、自分の手を見つめた。

 

「例えば……能力を使用する瞬間を目撃するとか。それまでは、リリィは侵入者ではなく守るべき国民である可能性も否定しきれない。」


「はっ!承りました。」


「セレス、貴方にはカイが不在の間のフォローを任せるわ。それと、リリィの素性の調査を頼めるかしら。これも時間がかかっても構わないから、慎重にお願い。」


「お任せください、リディア様。」


 二人は、リディアの言葉に恭しく頷いた。




 リリィは、この数日間、宿屋にこもりきりだった。簡素なベッドで、乾いたパンをかじる。


(やっと、痛みが引いてきた……)


 ベッドから起き上がり鏡の前に立つ。服をそっとめくった。セレスに蹴られた左腹部は紫色に腫れている。


 腫れている部分の端っこを、指の先端が触れるかどうかの位置でおそるおそる撫でた。


「痛っ……!!」


 反射で涙を漏らす。その目を擦りながら、自分を叱咤する。


(軽い運動くらいならもう大丈夫。任務を再開しなくちゃ……!)


 この数日の間、彼女は自らの敗因を徹底的に分析していた。セレスの能力、カイの能力。そして何よりも、リディアの雷撃。


(……情報が足りない。もっとこの国のことを知らないと。)


 彼女はそう結論づけると、重い腰を上げた。


 宿屋への長期間の滞在も、不審がられる危険がある。まずは、宿屋を出て新たな隠れ家を決める。そして、情報収集を再開する。更に、もう一つ、彼女を町へと向かわせる理由があった。


「ルナ……」


 豊穣祭の次の日、別れ際に交わした「またね」という約束。


 ルナは照れるといつも、赤くなった顔を隠すように逸らす。その横顔から覗く笑顔を思い出すと、不思議と心が軽くなった。

 ルナのことを考えている間だけは、冷たいパンに味を感じられた。灼熱の痛みも川の清流にあてられたかのように和らいで感じられた。


(もう一度だけ、会って話がしたい……それから、また任務に戻ろう。)


 その感覚はもはや麻薬ですらなく、砂漠の中で飲む一滴の水のようだった。それがなければ生きていくことなどできなかった。

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